第759話 困ったでプリンス
ヨラン王子はお前だ……って、何を言い出すのだ。
ところが、このわけのわからない話に、同僚達もノアやレイネアンナも静かなものだ。
「えっと、それでは、私が皆を欺すことになるのでは?」
「欺す……そんなことは無い。お前は、ヨラン王国の主だった者達を前にして、決められたセリフを話すだけだ。一応、設定は、王子だが、細かい事は気にするな」
ヨラン王は楽しげに言って、ギャハハと笑った。
いやいや。細かく無いだろ。
「王子じゃないってバレたらどうするんですか?」
何を言っているんだ、王子なわけないだろうというのが普通の反応だろう。
オレだったらツッコミを入れる。
「え? 王が側にいて、王子として皆に語れば王子なのでは?」
ところが、オレの抗議に答えたのは、ヨラン王ではなく、レイネアンナだった。
まるで常識のように、彼女は王子の事を語っている。
「いやいや、どう考えても、おかしいでしょう。血のつながりとか無いですよ」
「王が決めた事ならば、それが正しい事になるかと存じます」
オレが何を言っても、レイネアンナは当然のように答える。
話が噛み合わない、常識が違うらしい。
「法律とか、その辺りは?」
「王様が法律だから、王様が決めたらそうなるらしいです」
法律について口にしたところ、カガミが答えた。
同僚達も納得済み?
コイツら、他人事だと思って……いや、ちょっと待てよ。
「ミズキ、お前、さっき飛行船がどうとか言っていなかったか?」
「え? なんのことかな。ワタシイッテナイヨ」
ダウト。
「もしかして、買収されたのか?」
飛行船ごときの為に、オレを売り渡すような同僚達の裏切りが悲しい。
「いや。買収というより、リーダは働いたほうが良いと思います。ノアちゃんの教育の為にも」
「そうそう。働いたほうがいいって。最近、ゴロゴロしてばっかりじゃん」
「働く?」
「王子としての任務があると思います」
「ちょっと待て、束縛しないと言っていただろう」
「そうだな。俺は束縛しないが……リーダ、お前が働きたいなら、好きにすればいい」
怖えぇ。
裏切ったばかりか、さらには労働を押しつける同僚達が怖い。
「まぁ、あれだ。リーダは水鉄砲でやり過ぎたりしているから、働いてノアちゃんに立派な姿を見せといたほうがいいと思うぞ」
「そうっスね。ノアちゃんも、先輩が働くところ見たいっスよね」
「リーダ、働くの?」
ノアが身をグッと乗り上げオレを見た。
そんな、キラキラした目で見ないでほしい。
オレは働きたくないのだ。
「あのね、働いているリーダって格好いいんだよ」
オレの内心など知らないノアは、隣に座るレイネアンナにそんな事を言った。
なんとかせねば、わけのわからない演説を押しつけられたあげく、働くはめになる。
何か言わねば。
「あの……」
「それにさ、リーダって、王子らしいじゃん」
「うん。あのね、私もリーダって王子らしいと思うよ。格好いいもん」
ノアはともかくミズキは適当に言いやがって。
「オレのどこが王子らしいんだよ」
「ほら、雰囲気。それに王子らしい言葉が似合いそうじゃん」
雰囲気?
そうかな。ちょっと気品とか有る感じなのかな。
「でも、王子らしい言葉って何だよ」
「いつも言ってるじゃん、語尾にプリンスって」
「何の事だ?」
「ほら、いつものように言っていいんだよ。遠慮せずに。困ったでプリンス……って」
「プッ」
カガミが噴き出し、皆が笑う。
何が、困ったでプリンスだ。
「言ってねぇよ。どこの世界に語尾にプリンスってつけるヤツがいるんだ」
「いいな。似合うぞ。大変でプリンス……とか」
「がんばるでプリンスってのもいいっスね」
本当に、他人事だ。皆して面白がりやがって。
「あのね。王子様って、白馬に乗るんだよ」
「あはは。いいねノアノア。リーダに白馬は、似合う似合う」
「えへへ」
「ギャハハ。王子は白馬に乗るか。白馬ならば、聖光騎士団に言えばいくらでも用意するだろう」
「きっと神官の人たちノリノリで応じてくれるよ。やったじゃん。リーダ」
ノアは大真面目に提案し、皆がそれに乗っかる。
こんな事に付き合っていられるか。
「いや。良い申し出だとは思いますが、演説の内容は変えましょう」
ということで毅然とした対応を取る。
王子なんてやるわけにいかないのだ。
「それは出来んな。あの場でも約束しただろう。拒否する権限はお前には無い」
そういや、そうだった。
オレでは無くて、ハロルドか……。
「では、ハロルドに……」
「ちょっと待ってて。今度は私の番だね、ママ」
それではハロルドにと、あたりを見回していると、ノアが椅子から飛び降りてしゃがんだ。
『バシュ』
聞き慣れた音がして呪いから解き放たれたハロルドが立ち上がる。
「拙者は、別に異論はござらぬが」
ところがハロルドもオレの演説に同意らしい。
どいつもこいつも。他人事だと思って。
憤慨するオレを見て、ハロルドは腕を組み、言葉を続ける。
「姫様は、星降りの聖女として世に名をはせた。ともすれば、逆に姫様を狙うよからぬ者も現れるやもしれぬ」
「狙う?」
「左様。姫様の為を思えば、権力の後ろ立てがあったほうがよい。大丈夫だとは思うが、帝国や魔法王国が姫様の身を引き取ろうと言うかもしれぬ。姫様の身を利用するために」
「ノアを引き取る?」
「例えばレイネアンナ殿の出身、グラムバウム魔法王国は、外からはよくわからぬゆえ、杞憂かもしれぬ。考えればキリが無い。姫様はその身分としては脆弱ゆえ。だが、姫様の最大の理解者であるリーダが、大国ヨランの王子となれば、そのような心配は無くなる。故に、拙者は、リーダが王子として演説する事に賛成でござる」
「そっか」
ハロルドは真剣な様子だった。
彼なりに、ノアの将来に何かしらの不安があるのだろう。
ノアの為か……。
「それが拙者の同意する理由でござる。飛行船も、温室も、マヨネーズの認定制度なども、そんな裏取引など無くとも、拙者はこの件に賛成でござる」
そっか……って、やっぱり裏取引してやがったのか。
「お前ら……」
「別にリーダがどうしてもというなら、別に温室は辞退しようと思います。でも、やはり、ノアちゃんの為に話を受けて欲しいと思います」
オレが同僚達に非難の眼差しを向けると、カガミが静かに言った。
ノアの為か。確かに、権力関係はやっかいだからな。
「了解。やるよ、やればいいんだろう」
しょうがないかと引き受けることにした。
その後は、簡単な打ち合わせ。他者には見えない魔法の板が目の前に現れて、そこにセリフが浮き上がるらしい。セリフ以外の儀式的なものは無く、合図したら一歩前にでて喋るだけ。
何かあったらヨラン王と黒騎士が対処するので、オレは演説以外には何もする必要は無い。最後に手でも振ればいいだろうという事だった。
打ち合わせが終わり、夕暮れまでダラダラと過ごし、ベッドに潜る。
「そうだ!」
そこでオレは閃いた。
別に王子になどなる必要は無かったのだ。オレには神々という心強い味方がいる。
さっそく、布団からもぞもぞと右手を伸ばし神々から受け取ったハンドベルを鳴らす。
「明日のは演説はキャンセル。代わりに万歳三唱でよろしく」
オレの言葉に、ハンドベルはキラリと輝き反応する。
これで良し、と。
権力なんてクソ喰らえだ。必要であれば、神々の力を使い対処すればいい。
ノアは、オレが王子になることを喜んでいたので、少しだけ申し訳ないが、しょうがない。
人は労苦よりもゴロゴロした方がいいのだ。
ごめんね、ノア。
だけれど人など超越する神々のご加護により、ノアは安全で、オレも平和だ。これで万事OK。
「んじゃま、おやすみ」
杞憂は無くなり、スッキリ気分で眠りに落ちた。
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