第757話 王城と王様

 翌日の夕方、飛行船は、王都の巨壁である白雲をこえて王城へと一直線に進んだ。

 白雲を越える時、ちょうどオレは早めの風呂に入っていた。

 飛行船が速度を落としたこともあって、湯船はわずかな波しか立てなかった。


「空から見る王都の眺めはなかなかのものだよ」


 王様に会う前に身だしなみを整えるという事で、早めに入った風呂から出ると、イオタイトからそんな勧めがあった。それを受けて外へと出る。

 甲板のヘリに立ち下を見下ろすと、夕日に照らされた町並みとそこで暮らす人々が見えた。

 劇場や、宿、大浴場、各種ギルド。多種多様で、大きな建物が目立つ王都は至る所から煙が立ち上っていた。

 建物からのびる煙突がフワフワと吐き出す煙は、パンの焼ける匂いを運んでいて、なんとなく夕ご飯の準備を思わせた。

 人々の声、馬車の音。王都の賑やかさは、飛行船の帆がはためく音や、船体の小さな軋む音をかき消していく。活気があり、楽しげな雰囲気が漂う様子は、見ていて楽しくなる。


「思ったより低空を飛ぶんスね」

「せっかくだしね。王都をよく見てもらおうかなってね」


 プレインの問いに、イオタイトが笑顔で答えると顎をしゃくるように一方を示した。

 彼の示す先には、大神殿が見えた。

 大神殿の高くそびえる建物の側を飛行船が進み、船の作る影が、大神殿の壁に小さく映った。

 低空から見る町並みは確かに新鮮だ。大きな劇場は屋根が船底に擦れるのではないかとヒヤヒヤした。

 そのまま、静かに飛行船は王城へとたどり着く。

 だけど下降はしない、逆に上昇を始め、王城のなかでもっとも高い塔へと突き進む。

 円錘状の屋根をもつ一際高く白い塔からは、中空に向かって通路が延びていた。

 空に途切れた通路の先端には、ヨラン王を先頭に数人の黒ずくめの人達が立っている。

 どうやら、あの通路をはしけにするつもりらしい。

 飛行船はゆっくりと速度を落とし、方向を微調整しながら動く。


「さてと……」


 中空へとのびる通路へ船がいよいよぶつかりそうなほど近づいた時、イオタイトが小さく呟き船首へと歩き出した。

 彼はそのまま船首に飛び乗り右手を大きく振り上げる。


「いかり?」


 ミズキが声をあげる。

 船べりから巨大なイカリがパッと飛び出したかと思うと、イオタイトがその端をキャッチしたのだ。

 両端が湾曲したT字型のいかり。長い柄からは鎖がのびていて、もう一方がのびる先は船べりへと隠れている。イオタイトの何倍もある巨大なイカリ。その長い柄の先を軽々と掴んだ彼は、軽々と通路へとイカリを投げた。

 通路に立っていた黒ずくめの1人、金属鎧に身を包んだ人が、イカリを受け取る。そして、イカリから伸びる鎖を自分の身体に巻き付けると、鎖を綱引きのロープのように引っ張り始めた。

 船がグンと通路へと吸い込まれるように近づいて行く。

 ギリギリと金属鎧の人とイカリからのびる鎖が擦れる音が聞こえるほど近くになったとき、飛行船は静かに下降を始めた。そして船べりと、通路の段差がほとんど無くなったと同時、船は留まった。


「ようこそ、我が王城パルテトーラへ」


 オレ達を見てヨラン王が大きな声をあげた。

 足元まで隠す赤いマントに夕日が照らしキラキラと輝く黄金の王冠。

 今日のヨラン王は、一目で王様とわかる服装だ。


「さぁ、皆さん、王がお待ちだ」


 そう言ってイオタイトが船を下りて、ヨラン王の元へと進み跪いた。


「よい。お前達が平伏する必要は無い」


 イオタイトに続き船を下りたオレが姿勢を変えようとしたとき、ヨラン王が片手を少しだけあげて言った。


「王は、其方達と対等な会話を望んでおられる」


 ヨラン王に続き、先ほどイオタイトからイカリを受け取った黒い鎧姿の男が声をあげた。

 彼は身体に巻き付けた鎖をほどき、イカリの先端をズンと通路へと突き刺すと、カブトを脱いで言葉を続ける。


「せっかくだ。名乗らせてもらおう。ワシは黒騎士団長マルグリット。そして、王の側にいるのはイオタイトも含め皆が黒騎士だ」

「ですが、イオタイト様は黒騎士では無いと言っていたような……」


 マルグリットの名乗りを聞いたノアが小さく首を傾げた。


「ハハハ、ノアサリーナ様はよく憶えていらっしゃる。でもね、あの時、キャシテはこう言っていたはずだ。おれっちが黒騎士だったら、世も末……って」


 ノアの言葉を聞いて、イオタイトは静かに立ち上がってニコリと笑う。


「確かに、そう言っていました」

「魔神復活が間近に迫る世……それは末の世とは言えないかい?」

「あっ」

「そういうこと。皆さんに嘘は言っていない。ちょっとした言葉遊びだよ。でも、そういった事も憶えていただけて、嬉しい限りだね」

「そういえば、キャシテ様は?」

「ちょっと怪我をしてね、あ、いやいや、無事だよ。今こちらに向かっているよ。ここに来るのは、早くて夜遅くかな」


 納得したように頷くノアを見て、ヨラン王がゆっくりと歩きだした。

 彼の進む先にいるピッキー達が身構え、ミズキがスッと割り込むように動いた。


「ふむ。そうだったな」


 その様子を見て、ヨラン王が小さく呟き足を止めた。


「あの……」

「ピッキー、トッキー、チッキーよ」


 何か言おうとしたピッキーの言葉に被せるようにヨラン王が声をかける。


「はい」

「ノアサリーナ達を試すためとはいえ、謁見の場ではお前達に負担をかけたな。許せ」

「いえ、と、と、とんでもありません」


 ピッキーが恐縮したようすで言葉を返すが、そんなことはない。

 あれは酷かった。むしろ、もっとしっかり謝れよと思う。


「ふむ。王に頭を下げさせるとはなかなか無い事だな」

「そうだな。では、ピッキー、トッキー、チッキーよ。俺が頭を下げたことを他者へ語ることを許そう。ヨラン王に頭を下げさせた事があると自慢するがいい。それをもって俺の贖罪とする」


 恐縮しっぱなしのピッキー達をよそに、マルグリットとヨラン王が言葉を交わす。

 釈然としないが、身分差がある世界ではこんなものなのかもしれない。

 そして、我が物顔のヨラン王の行動はまだまだ続く。

 彼は右手を軽く振る。するとその手に真っ白い剣が出現した。

 キラキラと輝く湯気にも似たオーラを漂わせる……王剣だ。

 王剣の切っ先はミズキに向かっている。いや、ミズキではない、その後にいるピッキー達だ。


「ピッキー、トッキー、チッキー。お前達を奴隷から解放する」


 そして、ヨラン王は王剣から手を離した。剣は床に落ちる直前でフッと消える。

 奴隷から解放か。そうだよな。奴隷の身分よりそちらのがいいかな。

 3人とも十分な働きをしているわけだし、仲間内で身分関係なんてない方がいい。


「あの、あたちはお嬢様にお仕えしたいです!」


 唖然としたトッキーとピッキーをよそにチッキーが訴えた。


「俺は奴隷から解放しただけだ。奴隷でなくては側に置かぬほどノアサリーナは狭量なのか。それはお前自身が良く知っているはずだ」

「はいでち」

「ならば気にする事は無い。さて、この場ではこれくらいにしておこう。俺がいたら心も休まるまい。祝賀の件は明日にする。今日は休め」


 ヨラン王は言うだけ言うと、マルグリットを連れて去って行く。

 まったく偉そうに……あぁ、王様だから偉いんだよな。


「じゃ、皆さんを部屋に案内するよ」


 そして、それから後はイオタイトの案内でオレ達それぞれに用意された個室へと案内される。ノアとレイネアンナ、それからピッキー達はそれぞれ同室。

 部屋の近くまでは馬車で進む。そこからちょっとだけ歩き。

 帝国もそうだったけれど、城の中を馬車で進むのは違和感が凄い。

 普通の地面ではなくて、絨毯の上を馬車で進むのが特に。絨毯とか大丈夫なのかな、糞とかどうするのかなと、どうでもいい事が気になる。


「あのね、露天風呂があるんだって。王都が一望できるんだって」


 部屋にたどり着いた早々、ノアから皆でお風呂に行くと聞いたけれど、オレは寝ることにした。

 風呂なら、ヨラン王に会う前に、身を清めるとか言われて入ったのだ。


「でーん」


 巨大な天蓋付きのベッドへ、ダイブしてゴロリと転がる。

 とりあえず祝賀とやらに出席したら約束は果たしたことになる。これでようやく念願のゴロゴロライフに入れるのだ。いや、船旅は疲れた。うん。疲れた。

 ということで、オレは寝ることにした。おやすみなさい。

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