第747話 最後に少しだけ

「お前は、お前が滅ぼそうとした獣人の言葉で死ぬんだ。タイマーネタと仲良く自爆しな!」


 落下する中、オレは叫ぶ。


「願いだ! ス・スの自爆に巻き込まれる生き物と、敵の位置を入れ替えろ!」


 落下しつつ願う。

 ス・スの道連れは魔物だけでいい。ミジンコだって、犠牲にさせるものか。

 そう思い、願う。

 遠く見えた勇者の軍が消えて、魔物の塊になった。

 下を見ると、木々が消えて魔物になる。

 上手くいっている。


「乗れ」


 そんな中スライフがオレの所に飛んできた。


「スライフ!」

「ここは危険だ。離脱する」


 スライフはオレを背に乗せ、凄いスピードでス・スから離れる。


「無事だったのか」

「奴の力で、強制的に排除された。復帰と時間凍結の抜け道を構築する事に時間を要した」


 ス・スが止めた時間を解除するために時間がかかったか。

 本当にスライフって器用だよな。


「おおぉのぉれぇ!」


 ス・スの絶叫が響く。

 振り返ると、奴の足元にある木々が次々と魔物の塊に変わっていく様子が見えた。

 緑と黒に染まった森が、一転して土色になり、さらに真っ黒い魔物の塊になっていった。

 そして、ス・スは爆発した。

 巨大な光の柱のようになって空を貫き、地面をえぐる。

 空を貫く光は辺りの雲を吹き飛ばす。

 曇りから一転、青空が広がる。

 光の柱はどんどん巨大になり、オレ達のところまで迫ってくる。

 そこで景色が変わった。


「気が利くじゃないか」


 オレは笑う。

 願いの力でオレは転移していた。

 屋敷のすぐ近くだった。遙か眼下に豆粒のようなギリアが見えた。

 スライフは見当たらないが、空を飛ぶ力は復活していた。滑るようにオレは空を飛んで進む。

 少しだけ飛んで、ギリアの屋敷までたどり着いた。


「レイネアンナさん、ノアはあっちだ!」


 屋敷の上空までたどり着いたとき、屋敷から出て外に向かうレイネアンナとロンロが見えた。

 声をかけたが2人には聞こえないようだ。

 もう少し地上に近づかないとダメらしい。二人ともキョロキョロとあたりを見ながら進んでいる。

 レイネアンナはともかくロンロはノアが何処にいるか知っているだろ。

 さっさと案内しろよと思いながら、地上に近づく。


「良かった。無事だ」


 ノアは祭壇で倒れていた。だけど、何やら楽しそうな表情だった。

 祭壇の周りには沢山の人がいる。

 全員がノアの味方だ。

 魔物との戦いがあったようだ。それも激戦。えぐられた地面などが、戦いの激しさを物語っていた。


「まぁ、いいや。全部終わったんだ」


 オレはゆっくりと下降する。


「勝ったぞ! ノア! ス・スも魔神も、居なくなった!」


 ノアに向かって叫ぶが、熟睡しているようで目が覚めない。

 身体強化で視力のいい目には、ムニャムニャとなにやら口を動かし楽しげなノアの寝顔が見えた。

 そして、あと少しで地上という時だった。

 下降が止まった。

 地面にはまだ少しだけ距離がある。

 そこで初めて気がついた。誰も、オレを見ていない事に気がついた。

 すぐ近くで空を見上げるキンダッタも、寝転がったサイルマーヤも、オレが見えていないようだった。


「みんな!」


 焦ったオレのあげる声にも無反応だ。

 そして引きずられるように空へ空へと押し戻される。


「しまった……」


 オレは致命的な失敗に気がついた。

 体が軽くなる……それは帰還まぎわにプレインが言った言葉だ。

 ス・スとの戦いの最中、体が軽くなった。

 6ヶ月は過ぎてはいない。だけど、おそらく……。

 そして、オレは、願わなかった。

 この地に留まることを、願わなかった。

 願いの声は……聞こえない。


「頼む! あと少しだけ、ノアに、あと一言だけ!」


 必死に叫ぶが誰も反応しなかった。

 ゆっくり、だけれど確実に大地は遠くなる。

 オレは静かに空へ空へと引きずられた。

 地面は遠くなり、ギリアの町すら見えなくなって、真っ白い光につつまれた。

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