第746話 獣人の言葉

「どうした? それで終わりか? 其方の記憶に、過去に戻ったという事実は無いようだ。苦し紛れの嘘としては良い線だった。褒美に、其方を、タイマーネタで撃ち殺してやろう」


 しゃれこうべの額あたりに立つス・スが再び笑みを浮かべた。

 そして、しゃれこうべの頬から伸びるタイマーネタの矢じりがオレをはっきりと狙うように動く。


「違うな。しっかり記憶を読み取ったのか? スキップモードだ」


 ニヤリと笑いオレは言葉を返す。

 あとは覚悟だけだ。

 それだけで、この状況を乗り切る方法を思いつきは実行可能だ。


「スキップモード?」

「あぁ、アドベンチャーゲームってのがあるんだ」


 影から、オレの思いつきを実行するために必要なパーツを取り出す。

 一枚の紙。これに書いてある事が重要なのだ。


「願いを……」


 言葉も聞こえる。願いの言葉もまだ聞こえる。問題無い。

 オレは事態の好転をほくそ笑みながら言葉を続ける。


「中にはエンディングがいくつもあるのがあって、選択肢によって最高のエンディングになったり、ならなかったりする」

「何を言っている」

「だけど、重要な選択肢までは同じ事の繰り返しだ。文字を読むのもおっくうだ。だから飛ばすんだ。スキップモードってやつだ。結果として文字を読まなくなる。お前もそれと同じだ。同じ歴史の繰り返しに飽きた」


 オレは竜の背に立つ。そしてタイマーネタを見つめて言葉を続ける。


「お前は飽きたんだ。だから、細かい事は他人に任せて自分は寝ることにした。自己封印して結果だけを聞いていた。何が神を超えるだ! すでに超えているんだろう? なら、なぜ、繰り返す」


 オレの言葉を聞いて、しゃれこうべ全体が揺れた。

 目の前に立つス・スは無表情で、変わりにしゃれこうべの目が赤く光る。

 しばらくして、ス・スが再び笑った。


「そうだ。其方にこれからを教えておこう。過去に戻ってから余はノアサリーナを使うのを止める。此度の事でうけた不快を癒やすため、かの者には最高の絶望を与える」


 笑顔のス・スが楽しそうにふざけた事を口にした。


「ノアに絶望?」

「カハハハ。良いぞ、その顔、笑顔より良い。そう絶望。ついでに其方の事を憎むように仕向けよう。余がやり直す度、ノアサリーナの絶望を確認する。丹念に、丹念に」

「それで?」

「カハハハハ! 何も分からぬまま、何故、自分がひどい目に会うのだと泣き喚く様を、皆で笑おう」


 ス・スが楽しげに笑いオレを見た。

 組んでいた腕を解き、ス・スは髪をかき上げ言葉を続ける。


「其方が、繰り返す時の中で、再び現れようと、ノアサリーナと其方が殺し合うように、余が丹念に仕組もう」

「お前は邪魔だ」

「何?」

「お前は邪魔だと言ったんだ。ノアの未来に邪魔だ」


 何か言い切った気がした。

 それと同時、タイマーネタからガコンと小さな音が鳴った。装填完了の音だ。

 もう余裕は無い。オレは竜の背から飛び降りる。


「カハハハ、自死を選ぶか」


 いきなりの行動にス・スが困惑した笑いをあげる。

 それと同時、オレは空中でピタリと止まり動けなくなる。ところが、それは一瞬だけの事だった。すぐに落下は再開する。


「オレの勝ちだ」

「チィッ、神々がぁ」


 奴は悪態をつき、「余は所望……」と言葉を続け右手をブゥンと振るう。ス・スの手元から短剣が飛び出しオレに襲いかかる。

 短剣は左肩に当たり、オレの落下軌道はタイマーネタの真上からやや外れた。しかし、問題は無かった。攻撃を食らいつつも飛び降りた先で、タイマーネタの矢じりにマントの端をひっかけることができたのだ。

 ビリビリとマントは破れ、グンとオレの体は振り回され、ギリギリだったがタイマーネタの端に指を引っかけることができた。オレの覚悟は実を結ぶ。それに、なんだか調子がいい。身軽にフワリとタイマーネタの上に立つことができた。そして、しゃがみ込み、魔導弓タイマーネタに手をつくことができた。


「コルホマイオに伝え!」

「かの者の破壊を!」


 オレとス・スの言葉はほぼ同時だった。幸運な事にオレはなんともなかった。

 そしてオレは目的を完遂した。


「オレの勝ちだ」


 目の前に立つス・スに笑顔で宣言する。


「何を?」

「コルホマイオに伝え……だ」

「何?」

「聞こえなかったのか? コルホマイオに伝え、だ。タイマーネタのキーワードだ」


 オレが口にしたのは、影から取り出した紙に書いてある言葉。

 ノアのドクロマークが目印の紙に、少し拙い文字で書かれた「キケン」という言葉。

 効果は自爆。自爆の言葉ってやつだ。

 それを口にした。


『キィィィィィ……』


 甲高い音が響き渡る。


「ソレは……」

「オレの記憶を持っているんだろう? 対処法が間に合えばいいな」


 わざとらしく、オレは自分のこめかみを指でつつく。

 もっともタイマーネタの自爆を停止する方法なんて知らない。ただのミスリーディングだ。


「タイマーネタの……」


 ス・スの2重になった声が響く。


「じゃあな、ス・ス」


 オレはそう言って大きくバックステップして飛び降りた。

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