第726話 閑話 第7魔王バッシャダシャ
ノアが祭壇から消えた直後、サムソンは羽織ったコートのポケットをまさぐった。
そしてポケットから、手の平ほどの大きさをした小箱を取り出すと、箱の蓋を開けて、地面に置いた。
地面に置いた箱は大きく変化し、サムソンがしゃがみこみ魔導具を取り出していく。
「どうするでござるか?」
「ノアちゃんが、何処にいるかを確認する。それから迎えに行く」
「そうか、あれは召喚の……」
「きっとそうだ。どこかに召喚されたと思う。近い場所にいればいいんだが……」
そこまで言って、サムソンが顔を曇らせ、苦々しく言葉を続ける。
「不味い、かなり遠い」
「遠い?」
「クソっ、飛行島で何日もかかる。7日……いや8日」
地面に置いた板状の魔導具をジッと見つめながらサムソンはハロルドに答えた。
「して、姫様は何処に?」
「方角と、距離から見て……これは、アーハガルタだ! ノアちゃんは、アーハガルタに召喚されたのか!」
「アーハガルタ! それでは、モルススの奴が!」
「多分、そうだ。なんとかノアちゃんと合流すべきだ。方法が必要だ。何か無いか、何か……」
サムソンは、自分自身に問いかけるように呟く。
「リーダやカガミ殿が乗っていったように、限界までスピードを上げる方法は採れぬでござるか?」
「あれは、片道だけの手段だ。乗り捨て前提でやった。迎えに行って戻るのは無理だ」
「そうでござるか……魔法の究極では?」
「ダメだ。召喚した者を、再度召喚するためには最初の召喚をキャンセルする必要がある。あれだけは魔法の究極でもダメだった。ダメ元で試すか、でも魔力が……ん? 動き出した」
「動き出した?」
ハロルドの問いに、サムソンは頷くと、箱からチョークを取り出し、祭壇の隅に数字を書いていく。
「近づいてくる。とんでもなく速いぞ。なんだ、これ?」
「なんと!」
「いや。不味い。方角がちょっとズレてる。やっぱり迎えに行くべきだ」
そうサムソンは結論づけると、祭壇から外に飛び出て大声をあげる。
「ファシーアさん! フラケーテアさん! ちょっと来てくれ!」
ハイエルフの双子が屋敷から飛び出してくるのを見て、サムソンは祭壇にもどり、長方形の重なった石版を取り出した。それはパソコンの魔法を込めた魔導具だ。
まるでノートパソコンのように、サムソンは石版を開くとジッと見つめた。
「何かあった……ノアサリーナ様は?」
息を切らせたフラケーテアが祭壇を見て声をあげた。
続いて祭壇に入ったファシーアも目を大きくひらき辺りを見回す。
「姫様は、モルススの奴に召喚されたらしい。場所はアーハガルタ」
「そんな」
「だけど、ノアちゃんは自力でこちらに戻ろうとしているんだ。それも恐ろしいスピードで。だけど、方角が少しズレている。このまま直線で進むと、ここが見つけられないまま通り過ぎる可能性がある」
「では、一体どうすれば?」
「小型の飛行島を、調整して持ってきて欲しい。屋敷の庭にある奴を、ひとつ切り離せば使えるはずだ。それを出来れば倍のスピードで動くように調整して欲しいんだ。それも僅かな時間で」
「できるでござるか?」
「やってみせます。歌う間もない早さで!」
「移動のスピードは一定だ。方角も少しカーブを描いているが、予測できる。合流地点を計算すれば、なんとかなる」
「かしこまりました。では、すぐに用意を」
「頼む。準備している間に、俺は計算をしておく」
「拙者は?」
「フラケーテアさん達を手伝ってくれ」
「心得た」
サムソンの指示に皆が従い動き出す。
ところが、それを許さないとばかりに混乱は増す。
「魔物の群れですゾ!」
「すまぬ。拙者達は、いま戦えぬでござる。祭壇を!」
祭壇の中で、作業を進めるサムソンの耳に、外のやり取りが聞こえてくる。
魔物の群れ。それが祭壇を目がけて向かっているという内容に、サムソンの手が震えた。
彼には、戦いの音を必死で聞かないようにしつつ作業を進めるしかなかった。
「準備ができたでござる!」
眉間に皺を寄せ、ひたすらに作業を進めていたサムソンに、ようやく嬉しい報告が届いた。
彼はパソコンの魔導具を箱に投げ込むと、無造作に掴みあげ外に飛び出た。
祭壇の側に小さな飛行島があった。端がボロボロで、小さなノイタイエルが覗く飛行島から、ハイエルフの双子がサムソンを見下ろしていた。
「ハロルド! 乗れ!」
サムソンは双子を見ることなく叫ぶと、飛行島に箱を投げ置く。
「私達は?」
「ファシーアとフラケーテアは、祭壇を皆と守ってくれ! あと、トッキーに屋敷の防衛を最高にするように伝えてくれ」
時間が惜しい事を隠そうともしないサムソンの様子に、ハイエルフの双子はすぐに飛行島から飛び降りる。そして、ハロルドが飛行島に飛び乗った。
それを見たサムソンはポケットから小石を取り出し、握りしめた。
小石の正体は魔導具だった。それはボロボロと崩れ砂になるとサムソンの体を包んだ。やがてサムソンの体が黒っぽい灰色をした無骨な鎧に包まれる。
魔導具がうまく作動したことに、サムソンは満足した様子で頷くと飛行島の土台を抱きかかえるように腕を回した。
『ドォォン』
直後、爆発音がした。
サムソンの両足が爆発し、地面をえぐる。そして彼は飛行島ごと遙か上空に打ち上がった。
そのまま勢いは止まらずサムソンの体は飛行島を追い抜き、そこで彼は魔法を解除する。
唖然として事の成り行きを見ていたハロルドは、ハッと表情を変えて空中に投げ出されたサムソンの手を取った。
「ハァ、ハァ……助かった」
荒く息をしつつサムソンが笑う。
「これからどうするでござるか」
「方角はこのままでいい。どうしても誤差は出るから、ハロルド……氏は、周りを見ていてくれ」
「心得た。だが……」
「どうした?」
「大丈夫でござろうか。先ほど、祭壇を襲った魔物、あれは統率が取れていたでござる」
「あぁ……信じるしかないぞ」
サムソンは言いながら、箱からパソコンの魔導具を取り出し、再び操作を始める。
ハロルドは剣を肩に乗せ、辺りを真剣な表情で見回す。
高速に飛行を続ける飛行島の上で、吹きすさぶ風だけが鳴る静かな時間がすぎた。
「しまった!」
無言の時間はサムソンの言葉で終わる。
「如何した?」
「誤解していた。時間じゃなかった」
「どうしたでござる」
「使った魔力量だったんだ。命約がゼロになって、そこから……クソッ」
「だから、一体、どうしたでござるか?」
「悪い、ハロルド氏。俺には時間が無いらしい。あと……」
「危ない!」
サムソンが何かを言いかけたときのことだ。
ハロルドが剣を振るい、サムソンを庇った。
『ギャリリリリ』
金属同士が擦れる音を響かせ、ハロルドの剣が火花を散らす。
上を見上げたサムソンが見たのは、一体の魔物だった。
羊に似た頭、その頭から伸びた角は大きなカーブを描いて鼻先に尖った先端を向けていた。
体は人、下半身は魚。肩から先は千切れたように無かった。
散った火花は、ハロルドの剣と、魔物の角がぶつかって生じた物だった。
空を飛ぶ魔物はすさまじい勢いで飛行島から離れると、両腕から赤く輝く蒸気を噴き出し、Uターンして舞い戻ってくる。
「こやつ! なんてことだ、こんな時に!」
「あれは……」
「魔王でござる。看破で見ると分かるでござる!」
ハロルドの言葉を聞いて、サムソンが襟に手をやり詠唱する。
「第7魔王……バッシャダシャ?」
「左様。近くに眷属はおらぬ様子……だが、しかし、なぜ故、我らを」
「なんとかなりそうか?」
「いかんとも……知らぬ相手ゆえ」
2人は高速で向かってくる魔王から目を離さず言葉を交わす。
ハロルドの言葉通り、魔王は迷う様子もなく2人目がけて突っ込んでくる。
『キィィィィン……』
一際大きく高い音の風切り音が響く。魔王はさらに加速し、突撃してくる。
迎撃すべく剣を両手に構えたハロルドにぶつかると思われた魔王は、直前になって軌道を変えた。
ククッと、あり得ないほど機械的な角度で軌道を変えて、魔王は飛行島にぶつかった。
「なんとぉ!」
ハロルドが驚きの声をあげた。
「ノイタイエルを、囓った?」
飛行島を貫いて飛び去る魔王を見たサムソンが目を見開き叫ぶ。
彼の目には、緑に輝く石のかけらを口に含む魔王が見えた。
そして再び、遠く距離をとった魔王がUターンして戻ってくる。
「落ちている……ちと分が悪いでござるな」
「あぁ。足場が無い空だ。飛行島がいつまで飛べるか怪しい。つか、ノイタイエルを食うとか予想外だ」
「サムソン殿、奴の気を少しだけ引いてくれぬか? 少しだけでいい、さすれば拙者が奴をなんとかするでござる。拙者達は、あんなのに構う暇などないでござる」
「そうだな、なんとかして……」
ハロルドの言葉に、サムソンは頷き、目を見開いた。
そして、接近する魔王を無視して言葉を続ける。
「青……光の柱?」
サムソンが見たのは、青く柱状に輝く細い光だった。
それは、地上から打ち上がるように何本もの光の柱は高く登り、一本は空に消え、他はカーブを描いて、地上に落ちた。
さらに地上に落ちた後、先ほどと同じようにその場所で垂直に柱が打ち上がり、続けて複数のカーブを描く光の柱を発生させた。一本は空へ、残りはまるで地上を跳ね回るような光線。それは地上のあらゆる場所を一瞬だけ照らして回る。
「空が!」
続けてハロルドが叫ぶ。
次々と青い光の柱が空に打ち上がった後のことだ。
空の様相が変わった。空に輝く星々が流れるように動き出す。
「これは……星降り?」
「いや。そんな規模ではござらん! まるで世の全てに降り注ぐほどの規模でござる!」
「今日は予想外の事ばかりだ」
「左様。なれど、この出来事は良い案配でござる」
不敵にハロルドが笑う。彼の目には落ちてくる星をかわしスピードの落ちた魔王が見えていた。
「阿呆が!」
ハロルドは叫び、サムソンを担ぎ上げ、飛び上がりながら足下を切り裂いた。
丁度、魔王が飛行島にぶつかるタイミングで行われた剣撃。
『ジュオン』
液体が蒸発する音。それはハロルドの持っていた剣から、大量の溶岩が噴き出した音だ。
赤黒く煮えたぎる大量の溶岩は飛行島ごと、魔王を包み込み固まる。
「ハロルド!」
担がれたサムソンが声をあげる。
「先の事も考えているでござるよ。地上はすぐそこ。さて……サムソン殿は時間がないのでござったか……」
「あぁ、そうなんだ」
「道を見失った拙者にとって、ここ数年はとても良い時間でござったよ」
サムソンに優しく答えると、ハロルドの姿が変わった。
子犬から、巨大な狼に。そして、サムソンを背にのせて、地上に降り立った。
「俺も楽しかった。あと少しだ。丁度良い、まっすぐ進んでくれ、ノアちゃんがいる」
地上に降り立ったサムソン達が見たのは大量にいる魔物達。
魔物はサムソン達を見つけると襲いかかってくる。それでも、サムソンは楽しそうに笑う。ポケットから小さなメモ帳を取り出すと、パラリと開いた。すると、メモ帳は大きくなって一冊の本となった。
ハロルドの背に本を載せると、サムソンは魔法を詠唱し、魔法の矢を出現させた。
2人はひたすらに魔物の群れを突き進む。
ゴブリンを、ホブゴブリンを、狼を。
彼らは倒しつつ突き進む。
「ガルルゥ」
ハロルドがうなり声をあげた。ついにノアを見つけたのだ。
「あの速度……クローヴィス君が飛んでいたのか」
「ガルル」
「分かっている。不味い……大怪我をしている。一刻も早く合流しないと」
遠く離れた場所に見えたクローヴィスとノア。
ノアを乗せてユラユラと飛ぶクローヴィスは一目でわかる怪我をしていた。
切り裂かれたような傷をお腹に付けて、クローヴィスはなんとか飛んでいた。
その姿を見て、サムソンがグッと顎を引いた。
「ハロルド、出来るなら一回だけ吠えてくれ。出来ないなら首を振ってくれ」
そしてサムソンがハロルドの背を叩き、言葉を続ける。
「狼から子犬……そして子犬から狼、すぐに変化できるか?」
「ワォォン」
一回だけ吠えたハロルドを見て、サムソンが息を大きく吐いた。
「なら決まりだ。子犬になってくれ、そうしたら俺が全力でノアちゃんのところへぶん投げる。ノアちゃんの側についたら狼になって、2人を乗せてくれ」
「ガル?」
「俺なら放置して構わないぞ。本当に僅かなんだ。体が酷く軽い」
ハロルドは大きく頷くと子犬に変化した。
サムソンは地上に降りる途中でうまく子犬のハロルドをキャッチして叫ぶ。
「ノアァ!」
大きな声で叫んだサムソンはノアに向かってハロルドを投げた。
投げた後、もう一度、彼はポケットから小石状の魔導具を取り出して鎧に身を包んだ。
それから両腕を振り回し、襲いかかってきた魔物をなぎ払った。
サムソンは笑った。満足そうに。
彼の視線の先に、巨大な狼になったハロルドとノアがいた。
ノアは、サムソンを見ていた。
見つめるノアに向かって、サムソンは右腕を大きくあげて振った。
サムソンは笑みを深くした。
分厚い鎧の中で、微笑むサムソンの足は、すでに見えなくなっていた。
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