第725話 クローヴィスとしんかんだん
「凄い、早く飛べる。これだったらすぐにギリアに着くよ!」
クローヴィスがはしゃいだ声をあげる。
私もそう思う。いつものクローヴィスより、ずっと速い。
ミランダのかけてくれた魔法が、私達を包んでいるのがわかる。
私達の周りをフワフワと包んでいる薄い魔法の布が、私達を加速し、守ってくれている。ゲオおじちゃんのくれた小さな杖を振るうと、もっと速くなった。
流れる川を見ているように、地面の景色が変わる。森や川、魔物と戦っている人達。クルクル変わる景色をチラリとみて、それから前を見る。
空の雲は凄いスピードで向かってきて去って行く。夜に瞬く星々は、どこもかしこも流れ星のように伸びていた。
魔物が襲ってくるが、輝く魔法の布が、はじき返してしまう。だから私達は安全に凄いスピードで進む。
ところが安心してはいられなかった。
「魔物のせいで、道が見えない!」
「ミランダは、まっすぐって言ったよ。だから、お願い、まっすぐ進んで!」
沢山いる魔物のせいで、氷の道が見えなくなっていたのだ。
でも、大丈夫。まっすぐ飛べばいいと信じて進む。
「風だ!」
クローヴィスが叫んだ。
「風?」
「ボク達、まっすぐ飛べてない。風に流されてる。どうしよう。少しだけ、ズレてる」
「どうしよう」
「もっと、ちゃんと飛ぶ練習していれば良かった。お母さんに、言われていたのに」
私達は一転して困り果てた。
でも、ちょっぴり流されているだけだ。私はそう思ってクローヴィスとまっすぐ飛ぶことにした。
そんな私達に、一匹の白い鳥が追い縋るように向かってきた。
「速い鳥だ」
「うん」
その鳥は、バタバタと沢山羽ばたきながら私のすぐ側まで近寄ってきた。
そして、女の人の声で囁いた。
「ワウワルフ様の授かった神よりの告げにより、ノアサリーナ様だと信じてお伝えします。ギリアへの道は、我らの青いのろしを目印に。ご武運を」
白い鳥は、それだけ言うと力尽きたように、スッと離れていった。
ユテレシアさんだ!
声を聞いてすぐに分かった。
地上をグルリと見渡すと、少し離れた場所に、青い煙が立ち上っていた。
それは1つでは無かった。1つ、2つ……いくつもの煙の柱だ。
「クローヴィス! 煙をたどって! あっちがギリアなの」
「分かった。思ったよりもずっと南だ」
「もう少し低く飛ばないと、煙がうまく見えない」
「そうだね。まかせて、どんな高さだって飛べるよ!」
私は遠回りした分を取り戻そうと杖を振るう。杖の先から小さな光の粉が舞い散り、私達はさらに加速した。
「大きな魔物だ!」
「魔物の群れに突っ込んじゃった!」
私達の前から魔物が襲いかかってくる。
「カボゥ!」
私の襟元にひっついていたカーバンクルが鳴いた。
魔物の攻撃が、カーバンクルが作った結界に弾かれた。
でも、まだまだ沢山いる。
「クローヴィスは魔物を無視して飛んで! 私とカーバンクルで倒すから!」
「ボクだって、飛びながら攻撃するよ!」
魔物の群れなんて怖くない。
怖いのは、こんな魔物なんかじゃないのだ。
私はバッグから赤い短剣を取り出して槍に変形させた。
「ミズキお姉ちゃんのように!」
ブルンと槍を振るって、魔物を叩き落とす。
「ボクだって!」
「カボゥ!」
クローヴィスは電撃のブレスで敵を倒し、カーバンクルは口から魔法の矢を沢山吐いた。
私達はスピードを落とさず、青いのろしを目印に戦いながら突き進む。
大きなコウモリ、ゴースト、沢山の魔物達を叩き落としたり、振り切ったり、一生懸命に戦いながら進んだ。
「ノア! 右だ!」
私が必死になっていたときだ。クローヴィスが大声をあげた。
サッと見ると、銀竜クローヴィスの倍以上ある巨大なハーピーがいた。両手は鳥の翼で、下半身も鳥。大きく裂けた口からは牙が覗く女の魔物だ。
ギロリとハーピーがこちらを見た。ハーピーの瞳に私が映る。
そしてハーピーは手の代わりに生えている翼を振るった。グォンと殴りつけるように向かってくる翼を、思いっきりのけぞってかわす。
だけど、攻撃はそれだけに留まらない。
次に、ハーピーはブゥオンと大きく足をふるってクローヴィスを蹴り上げた。
まるで竜巻のようなグルグルした風も一緒になって私達を襲う。
乗っている私も一緒になって一気に上へ上へ空へと投げ出された。
「ウァァ!」
クローヴィスが叫び声をあげる。グルグルと回転するクローヴィスから投げ出されないように私は必死にしがみつく。
鞄からバラバラと沢山の宝物がこぼれ落ちた。
月明かりに照らされてキラキラ輝く宝物。リーダに作ってもらった、たけとんぼが目の前に見えた。他にも、絵の具や、真っ赤な箱、沢山の宝物が、バラバラと落ちていく。
でも、私には掴む余裕がなかった。
「ごめん」
ようやく体勢を立て直したクローヴィスが謝る。
「ううん。平気なの!」
私は下から向かってくる魔物を睨みつけた。
「あいつ、ハーピーじゃ無いよ! 魔王ピピトロッラだ! 第1魔王だ! ボク達、魔王と出会っちゃった!」
クローヴィスが悲鳴のような声をあげた。
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