第723話 ミランダとゲオおじちゃん
「何で! 何で! 何とかしてよ、サムソン!」
ミズキお姉ちゃんが涙声でサムソンお兄ちゃんへ言う。
だけど、サムソンお兄ちゃんは静かに首を振るだけだった。
しばらくして、ミズキお姉ちゃんが袖で涙を拭ってから、チッキーに駆け寄り抱きしめた。
それからトッキーとピッキーを抱きしめた。
最後に私の所へきて、私をギュッと抱きしめた。
「大事な時に、ゴメンね。ゴメンね」
そしてミズキお姉ちゃんが私を抱きしめたまま言った。
「大丈夫……なの」
私はそう答えるが精一杯だった。
「私が居なくても、サムソンに……リーダもいる。ノアノアはちょっと頑張り過ぎるところあるけど、もっと皆を頼っていいんだよ。困ったら、皆に頼ってね」
「うん」
「我慢しないでね……もうダメだって思った……」
最後に、ミズキお姉ちゃんが元気な声で言って、消えた。
さっきまであった温もりと重みが無くなって、一気に寂しくなった。
私はとっさに鞄を取って肩にかけた。ズシリと重さを感じる。なんだか、ミズキお姉ちゃんが一緒にいる気持ちになった。
「気を……取り直そう……、大丈夫、うまくいけば、何とかなる」
私が鞄をたすき掛けにして魔法陣へと戻ると、サムソンお兄ちゃんが空を見上げた。
それと同時、空が暗くなる。
夜が来た。
「ピッキー君達は、屋敷に戻れ。マスターキーで防衛レベルを上げるんだ」
「分かりました」
サムソンお兄ちゃんが大声をあげる。
ついに魔神が復活するのだ。
魔法陣の中央に立った私は、これからの予定を思い出す。
サムソンお兄ちゃんが合図したら魔法陣に両手をついて詠唱する。
地面が輝いて、願いを聞かれたら、短冊を捲って書いてある願い事を言う。
大丈夫。
魔法の言葉は沢山練習している。大丈夫。
ギュッと、短冊を握りしめる。
「ノアァ」
私がしゃがみかけたとき、ロンロの言葉が聞こえた。
ロンロの方へ振り向く。そこにロンロとは別に、知らない誰かがいた。
黒い煙のようなモヤのような何か。
「カボゥ!」
「バウワウ!」
カーバンクルが黒いモヤの背後から体当たりし、ハロルドが割って入り吠えた。
ところがカーバンクルは素通りしてボスっと私の体に当たる。
私はとっさにハロルドの呪いを解いた。
「全てを捧げよ。生ける贄よ」
ところが、不気味なお婆さんの声で囁いた黒いモヤは、剣を構えたハロルドをすり抜けて、私をすり抜けた。
急に辺りの景色が変わる。
気がつくと、深い森の中にいた。
周りには沢山の男の人、女の人。一目で分かった。皆、呪い子だ。
空には月明かりに照らされる飛空船、そして……巨大な骸骨、ス・スだ!
よく見ると、私は深い森の中にある巨大な檻に閉じ込められていた。
私の腕ぐらいの黒い棒で編まれた檻。それは、何かが当たる度、グワングワンと揺れていた。
檻の中は、ガヤガヤと大変な騒ぎのまっただ中だ。
何で?
さっきまで、祭壇に居たのに。ここは何処なのだろう。
これでは計画通りにならない……。
私のせいで、計画が失敗してしまう。どうしよう。怖い。
『ドサッ』
すぐ側で音がして、人が血を流して倒れた。
顔が傷だらけの女の人は、私を見てニヤリと笑い手を伸ばし、息絶えた。
よく見ると、皆……殺し合っている。正気を失って、殺し合っていた。
火の魔法、風の魔法、電撃や他にも。皆が怖い顔をして殺し合っている。
「カボゥ!」
カーバンクルの声でハッとして前を向くと、目の前まで火の玉が迫っていた。
「ボサっとしない!」
私が呆然としていると、女の人の声が聞こえ、私を押し倒した。
それから目の前に白い壁ができた。
私を押し倒した女の人は、背中に怪我をして、服に血がジワリとにじんでいた。
その女の人は、ミランダだった。
「ミランダ!」
「やっぱり、ノアサリーナも召喚されたのね。呪い子を殺し合わせて魔力を絞り取ろ……って、チッ」
言いながら私を起こしたミランダが、腕を振るう。
直後、私に斬りかかろうとしていた人が氷漬けになった。
「ノアサリーナだか!」
そしてゲオおじちゃんも近づいてきた。
「ノアサリーナ、しっかりなさい。ここは不味い。私でもお前を守れない」
「あの火を吹く奴が面倒だぁ」
「それに、空から風の刃を振りまくアホもね……って、ノアサリーナ?」
どうすればいいか分からない私の顔をミランダが覗き込む。
「どうしよう、ミランダ」
「何かあったのかい?」
私はミランダにうまく説明できずにいた。いっぱい話さないといけない事がある気がして、逆に何も言えなかった。
「大丈夫だか?」
ゲオおじちゃんが魔法を使いながら私を見た。
おじちゃんは、周りからの攻撃を手に持った盾で防ぎながら近づいてくる。
「リーダ達の所に行きたいのかい? ギリアの屋敷に戻りたいのかい?」
ミランダがしゃがみこみ、私の目をジッと見つめて言った。
ギリアの屋敷に戻る?
そうだ。戻らなきゃ。
だから私は思い切りコクコクと何度も頷く。
「そうかい。だったら、騎獣がいるね。ゲオルニクス! お前、何かあてがあるかい? とびきり早い獣」
「無いだよ。オラは、ずっとスカポディーロを使っていただからなァ」
「だったら、私の狼か……そうだ、ノアサリーナ、前に乗っていた竜は呼べる?」
竜? クローヴィス!
私は再びコクリと頷いて、鞄から魔法陣と角笛を取り出した。
「だったら決まりだ。ゲオルニクス! 私は、これから準備する。お前は、ノアサリーナと私を守ってちょうだい!」
「わかっただ」
ゲオおじちゃんが指をゴキリと鳴らして、両手を複雑に動かしながら魔法を唱える。
空中に石版が出現して、輝いたかと思うと、辺りに輝く盾が沢山出てきた。盾には魔物の顔がついていて、大きな牙の有る歯をガチガチと鳴らしていた。
「暴食の盾か、あいつ、割と残酷な魔法が好きなのかしら。ノアサリーナは、気にせず急ぎなさい」
ミランダは私に言うと、地面に氷で魔法陣を沢山描いていた。
私はクローヴィスを召喚する。何度も言い間違えて、4回目でやっと召喚できた。
「ノア!」
「お願い、クローヴィス、助けて!」
フッと現れたクローヴィスにギリアに戻りたいとお願いする。
私達を見たミランダが、少しだけ笑って真顔に戻った。
「あぁ、そういうことか。まぁ、いい。さっさとノアサリーナを載せて、ここに立って」
言いながら氷で出来た魔法陣を指さすミランダに従って、クローヴィスは喧噪の中、銀竜の姿になって私を乗せる。
「これから、お前達に、風越え衣と超加速の魔法をかける。それから、氷で方角を教えてあげるから、合図をしたら振り向かずに飛びなさい」
「合図?」
「えぇ、あの檻を破壊しなきゃ、出られないからね」
私の問いに、ミランダが困ったように笑う。
「檻なら、オラが破壊するだァ」
「あっそ。じゃ、決まりね」
「ノアサリーナ、これをやるだ」
ゲオおじちゃんがクローヴィスに乗る私を見上げて、首からペンダントを引きちぎって手渡した。
前に預かった事がある。星型の細工の付いたとっても小さな杖だ。
先っぽの星をバキリと壊して、私の手に乗せる。
「オラと……皆の、貯めて、貯めて、貯め込んだ魔力だ。蓋を壊したから、沢山の魔力が溢れるだァ。風越え衣は、まとい魔法だ。魔力をつぎ込めばつぎ込む程、加速できる。もう全部使っちまっていいだ。好きに使うといいだよ」
「どうして?」
凄い魔力が流れ込んでくるのを感じる。これはきっと大事な魔導具に違い無い。
「オラは満足してるだよ。上を見るだ」
ゲオおじちゃんに言われるまま上を見ると、ス・スは戦っていた。
巨大な黒い鎌がス・スのお腹に突き刺さっていた。ゲオおじちゃんが嬉しそうに笑う。
「ス・スが困っているだ。困惑しているだよ。オラは……オラ達はそれだけで嬉しいだよ。きっと、リーダ達が何かしてるんだろ。だったら、ノアサリーナが好きにすれば、ス・スはもっと困るだよ」
「ゲオルニクス、さっさと檻を破壊しな!」
ミランダに急かされたゲオおじちゃんがさらに大きく笑った。それから両手を檻に突き出すと、空を飛ぶ輝く盾が次々と檻にぶつかっていった。
「じゃあ、次は私だ」
檻が壊れて穴が開いたのを見ると、ミランダが腕を振るった。
すると、地面に氷の道ができる。道は檻を抜けてずっと先まで続いていた。
「伸ばせるところまで道を作った。あれを頼りに進みなさい。あの道の先がギリアだ!」
「ミランダは……どうするの?」
「私はここであいつらを食い止める。邪魔をされたら、お前がギリアに帰れないでしょ」
そう言ってミランダは私達に襲いかかってきた呪い子を氷漬けにした。
それから、飛んでくる炎の壁を氷の壁で防ぐ。
ジュっという音と共に、壁は消えた。そしてミランダの髪がフワリとたなびき少し焦げた。
ミランダが氷で攻撃を防げないのを初めて見た。きっとあの炎は凄い威力なのだろう。
不安になった私が見ていることにミランダは気づいて……小さく笑った。
それからミランダは叫んだ。
「さぁ、お行き、ノアサリーナ。お前は行きたい場所に行って、やりたいようにやればいい!」
「ここはオラ達に任せるだ!」
2人が揃って、両腕を広げ、壊れた檻を見て叫んだ。
私は大きく頷き、クローヴィスに合図する。
グンと私は体に圧力を感じて、次の瞬間飛び立っていた。
あっという間に檻から飛び出ていた。
見下ろすと、ミランダとゲオおじちゃんが笑顔で私達を見ていた。
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