第722話 えんじんとミズキおねえちゃん

「おはよう、ノアノア」


 目が覚めて広間に行くと、リーダとカガミお姉ちゃんは居なかった。

 2人とも、すでに出発したとサムソンお兄ちゃんから教えてもらった。

 リーダはス・スを起こすためにアーハガルタへ。

 カガミお姉ちゃんは、超巨大ゴーレムに向かった。


「ミランダさん、何処行ったんだろうねぇ」


 朝ご飯を食べながら、ミズキお姉ちゃんが言った。

 リーダが計画を立てた日からずっと、ミランダとは連絡が取れなかった。

 スプリキト魔法大学に居なかったのだ。

 アーハガルタに行ったときから、ミランダはずっと大学を休んでいるらしい。

 ということで、リーダはス・スを起こすためにアーハガルタへ向かった。

 封印をタイマーネタで壊すために。


「まぁ、ミランダ氏はともかく、リーダは明日になれば戻ってくるだろ」


 サムソンお兄ちゃんがそう言って、木の実入りのパンをガブリと食べた。


「うん」


 私は小さく頷き、首からさげた短冊をそっと撫でた。

 長方形をした紙束。これに皆の願い事が書いてある。究極を超えた究極を使った後に、一枚ずつ捲って、書いてあるお願い事を叶えていくのだ。

 中身は……見ていない。

 最後の一枚には、ス・スを倒して。

 その前の一枚には、魔神を倒して。

 そう書いてあるのは知っている。だけれど、他は知らない。

 皆の書いた願いの数々、それを綴じた束。

 本当は私が中を見て、同じような願い事があれば、束から外さないといけないのに、見ていない。

 全部、ハロルドに任せてしまった。

 私は誰が残って、誰が帰りたいのかを知ることが怖かった。


「ごちそうさま。念の為、魔法陣を確認してくるぞ」


 サムソンお兄ちゃんが凄い早さでご飯を食べて部屋から出て行った。


「まだまだ、日が高く昇るまで時間あるからさ。ご飯、ゆっくりでいいからね」


 部屋から出て行くサムソンお兄ちゃんを見て、ミズキお姉ちゃんが言った。


「オイラも飛行島の確認をします」

「そっか。でも、せっかくだからゆっくり食べよ」


 急いで食べようとするピッキーに、ミズキお姉ちゃんが笑う。

 それから、これからの準備について食べながらお話した。

 ピッキー達は、魔神が復活しそうになったら屋敷で留守番。

 サムソンお兄ちゃんと、ミズキお姉ちゃんが、祭壇近くで私を助けてくれるらしい。

 もちろんハロルドと、カーバンクルも、私と一緒にいる。

 フラケーテアさん達は、祭壇の外で見張り、それからピッキー達の護衛という役割だ。


「短冊はしっかり持っていてね」

「うん」


 ミズキお姉ちゃんに大きく頷く。短冊は、魔法で3つに増やしている。

 サムソンお兄ちゃんが言うには、それはバックアップのためで、大事な事らしい。

 1つは首からさげて、1つは鞄に入れた。最後の1つは、私の部屋に置いてある。


「さてと……これでバッチシ」


 ご飯を食べた後、ミズキお姉ちゃんに髪を結ってもらう。

 もしかしたら、今日で最後かもしれないと思うと、寂しくなってしまった。


 ――ゴメンな。ノアちゃん。


 サムソンお兄ちゃんには一昨日お別れを言われた。

 帰る事に決めていたらしい。

 魔法について書いてある本をもらった。ズシリと重い3冊の本にはサムソンお兄ちゃんが調べた魔法の事がギッシリ書いてあるそうだ。

 泣きそうになったが、泣いたらサムソンお兄ちゃんが困ると思って我慢した。

 そうしたら逆にサムソンお兄ちゃんが少しだけ泣いてしまっていた。

 ゴメンと何度も謝られた。


 ――お母さんが手紙を届けてくれるって。


 でも、クローヴィスが教えてくれた。

 帰った後でも、お手紙のやりとりができるらしい。

 テストゥネル様は、とっても遠くにあるリーダ達の故郷へも飛ぶことができるそうだ。

 クローヴィスと一緒に、飛んで手紙を届けてくれると約束してくれた。

 ただし、片道40年くらい時間がかかるらしい。


 ――そりゃ、長生きしないとな。


 リーダに手紙の事をお話したら、そう言って笑った。それから「まぁ、帰るつもりはないけどね」と、付け加えた。


「魔法も沢山練習して長生きするから、サムソンお兄ちゃんも長生きしてね」


 ふと思い出して、小声を出した。

 お別れの時、手紙の事をサムソンお兄ちゃんに伝えた事を思い出した。

 タハミネ様は200歳らしい。魔法を頑張れば長生きできるのだ。いっぱい勉強して、長生きして、サムソンお兄ちゃんが帰った後に手紙でお話したいと思う。


「なにか言った?」

「ううん。何でも無い」

「そっか」


 しばらくして「完成」とミズキお姉ちゃんが言った。

 鏡を受け取って、髪を見るといつもより細かく結ってあった。


「さて、いよいよですゾ」


 準備が終わって外に出ると、祭壇側にはキンダッタ様達がいた。

 キンダッタ様、マンチョ様。2人が武器を掲げて胸を張った。

 エスメラーニャ様とフィグトリカ様は帰ったのでいない。


「今日は、私も微力ながらお守りさせていただきます」


 それからサイルマーヤ様もいた。

 ワウワルフ様がお告げを受けたそうだ。それで他の神官の人達と一緒に別の場所でお仕事をしているらしい。

 だからサイルマーヤ様だけがここで祭壇を守る事にしたと教えてもらった。

 他にも、ファラハ様に、タハミネ様、ルッカイア様、そして白薔薇の人達。

 沢山の人が祭壇を守ってくれることになっている。

 そして、祭壇へと入る。

 石作りの床と、4本の柱で作られた祭壇。

 床には皆で作った積層魔法陣があって、柱と柱の間には板が張ってある。

 サムソンお兄ちゃんが背伸びをしないと外が見えない高さの板だ。それは、私が集中できるようにと考えて作った工夫だ。


「祭壇は問題ないぞ。あと、壁に呪文と、注意書きを彫った。分からなくなったら、みるといい」


 私が祭壇に入ると、サムソンお兄ちゃんが言った。

 注意書きを掘ったのは、トッキーらしい。

 私は頷いて、鞄を壁際に置いた。

 それから、最後の打ち合わせだ。

 辺りが暗くなったら、ピッキー達は屋敷に戻る。

 そして、月が出たら、魔法を唱えるのだ。


「あとは、ついでに円陣でも組む?」

「えんじん?」

「こうやって、手を出して」


 ミズキお姉ちゃんが、かがんで手の平をしたにした右手を突き出す。

 真似をすると、もう一方の手で私の手をとって、ミズキお姉ちゃんが自分の手の甲に乗せた。


「そういうことか」


 サムソンお兄ちゃんが頷いた後、手を伸ばして私の手の甲に乗せる。


「チッキー達も」


 ミズキお姉ちゃんに促され、皆が同じように手を乗せていく。


「左手は……カガミの代わり」

「じゃあ、俺はプレインの代わりに……ノアちゃんはリーダの代わりをやってくれ」


 最後に、左手を伸ばして載せる。


「人生で、円陣を組む日が来るとは思わなかったぞ」


 サムソンお兄ちゃんが笑う。


「じゃ、皆も真似してね……頑張るぞ。オー!」

「頑張るぞ」


 ミズキお姉ちゃんとサムソンお兄ちゃんが手の平を上下に動かした。

 私も、ピッキー達も真似をした。

 そうしたら何だか元気がでてきた。円陣って凄い。


「そろそろか……」

「なんだか、あっと言う間だったね」


 円陣が終わった後、空を見上げると太陽が高く昇っていた。

 ミズキお姉ちゃんの言う通り、あっという間に時間が過ぎる。


「守りは任せてね、ノアノア。茶釜もスタンバってるから」


 大きな槍をブルンと回してミズキお姉ちゃんが笑う。

 1回、2回……そして3回目。


『ガラン』


 ミズキお姉ちゃんが、槍を落としてしまった。


「何で! まだ6ヶ月経ってない!」


 失敗しちゃったのかと思っていたら、違った。

 ミズキお姉ちゃんの焦った声で気がつく。

 お姉ちゃんの足が……消えかかっていた。

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