第三十三章 未来に向けて
第690話 じゅうじつしたひび
ゲオルニクスとミランダはノアが目を覚ます前に立ち去った。
ロンロが言うには、ミランダは、夜中、静かに飛行島から出て行ったと言う。
ゲオルニクスは、早朝に迎えに来たスカポディーロに乗っていった。
「悪夢の中で……良い思いはしないからね。でも、ノアサリーナにはリーダ達がいる。幸せな事だ」
ミランダは去り際に、ロンロにそう言ったという。
そして似たようなセリフをオレはゲオルニクスから聞いた。
何かを懐かしむような様子から、倒れたノアを見て昔を思い出したのかなと思った。
ノアは目覚めた時に2人がいないことを聞いて、少しだけ寂しそうだった。
「きっと忙しかったんだよ。2人とも。まぁ、両方とも連絡がとれるし、そのうちまた会うよ」
「うん」
「帰りも一緒だったらよかったね。ゲオルニクスにミランダ」
「別に、ゲオおじちゃんはともかく、ミランダなんてどうでもいいんだから。寂しくないんだから」
2人が帰ったことを、ノアに伝えた時のやり取りを思い出すと、笑いがこみ上げてくる。強がっているノアは微笑ましかった。
帰り道は平和なものだった。
快適な空の旅ではあったが、ギリアに戻るまでの日々は短くも充実したものだった。
例えばロック鳥の襲撃にあったこと。
大きな鳥であるロック鳥。看破で見るとフッタミカン種と表示された。ずんぐり丸っこくて太めの体をした、頭が濃い茶色で、体が白い巨大な鳥だ。
昔だったら、驚いて慌てふためいたであろうが、今のオレ達にはどうってことがない。トラブルは慣れっこなのだ。
だからロック鳥に対しては、適当に退治して、後で唐揚げ食べ放題って程度の話だった。はずだった。
ところが、この話には予想外の展開が待っていた。
「ここは僕に任せるっスよ」
それはオレ達がロック鳥に対し攻撃態勢を取った時だった。プレインが余裕を持った態度で手を上げて、襲いかかるロック鳥に向かっていった。
対するロック鳥は、飛行島の端に立ったプレイン目がけて襲いかかった。両足の鋭い爪での攻撃を、ギリギリで避けた彼は、魔道具でそのロック鳥を屈服させてしまったのだ。
彼が使った魔道具は一本の鉄製のロープ。ロープの両端は結ぶことで玉が作ってある。そのロープをロック鳥の攻撃を避けると同時、奴の首を絡め取るように投げたのだ。
その後、飛行島にくちばしを突き刺し、じたばたともがくロック鳥へ、何かの呪文を唱えて屈服させてしまった。
「それは何なんですか? 教えて欲しいと思います」
やりきった感で、腕をグルグルと回したプレインにカガミが尋ねる。
「語らず語る取り縄って、魔道具っスよ。ミスリル銀を使う魔道具で、これで絡めた動物に一度だけ勝負が挑めるんス」
「勝負?」
「魔力だけで敵をねじ伏せるって勝負っスね。なんか戻しそうになるのを我慢するような感覚でやるんスよ」
「戻すって、何をもどすんだ?」
「えっと……いわゆるゲロっス」
「そっか」
最後はしょぼい話になったけれど、こうやってオレ達にロバ、亀、うさぎに続く新しいペットができた。
これが1つめの出来事。
そして、イベントはもう一つある。
2つめは夜通しの話し合いにより基礎が出来上がった新魔導具。
「ちょっとすごい事を思いついたんスよ」
きっかけは、これまたプレインが深夜にオレ達を呼んでした話だ。
彼が深夜にオレ達を呼び出して見せてきたのは、5つの宝石が埋め込まれた板状のものだった。
「これって、ノアちゃんの影響を抑える魔道具を、僕なりに改良して小型化したものなんス」
そう言って始めたプレインの説明。
魔術師ギルドのお手伝いをする報酬としてもらった魔道具。
呪い子が放つ不快感を軽減する魔導具だ。
プレインはそれを研究する過程で、いくつかの発見をしたという。
「この魔道具……奏でる木箱って不思議な魔道具で、長く起動していれば起動するほど、魔道具の効果範囲が広がるんスよね」
奏でる木箱という魔道具は、効力こそ小さいものの、効果範囲はとても広いらしい。
呪い子が放つ不快感を測定する魔道具を使いプレインが調べたところによると、4日程度起動し続けていると、ギリアの町までその効果が及ぶという。
「さらに奏でる木箱って、たくさんを同時使用することで、少しずつだけど効果が上がるっスよ」
たくさんの魔道具を同時に使うことで効力が上がることまで、プレインは付き止めていた。もっともそれはいくら増やしたところで、サムソンが作った金の鎖には遠く及ばないらしい。
だけど無いよりマシだ。
「それで長時間の起動で効果範囲が広がる特性と、沢山の奏でる木箱を同時使用すると効果が上昇する特性でピンときたんスよ」
続けて、プレインは2つの特性を生かす手段として、奏でる木箱を世界中にばら撒く計画を語った。
多くの場所で、この魔道具を使ってもらい、呪い子のもたらす不快感を緩和する魔導具の効果を世界中に広げる。そんな計画を語った。
「でも、呪い子の不快感を緩和するから使ってと言ってもダメだと思ったんスよ。そこで、聖なる音楽ってわけっス」
自らの考えを一通り説明してプレインは発表を終えた。
確かに、不快感を緩和できるといっても、納得はしてもらえないだろう。
呪い子が放つ不快感をもたらす魔力は、草木を枯らせ、対策しなければ家畜や人にも悪影響だ。特に農村の人にとっては、呪い子が近くにいるかどうかで、収穫に……ひいては生活に影響がでるのだ。
そんな呪い子の気配を断つような魔導具を受け入れてはくれないだろう。
一方、聖なる音楽は、アンデッドなどを排除する力がある。音楽をネタに、利用者を増やすというアイデアは悪く無い。
「一定間隔で模様をつけた木片を叩くことで、動作するんですね。これって空気清浄機の魔導具に似ていると思います。思いません?」
プレインが作った魔導具を見て、カガミが言う。
宝石が付いた板にみえたソレは、薄い木箱だった。中を開けてみると、確かにカガミがいうとおり、大きくなったり小さくなったりする金属の輪が木片を叩いていた。
「なるほど。プレイン氏は、振り子の部分を、改良して小型化したのか」
「そうっス。空気清浄機の魔導具を参考に改良してみたんスよ」
「これって、こっちに木枠をもう一個くっつけると、空気清浄機の魔導具になったりしない?」
ミズキが輪っかの内側を指さし提案する。
輪っかが大きくなったとき、外側の木枠を叩き、小さくなったとき内側の木枠を叩くということか。確かに2つの効果を小さな箱で実装できそうだ。
「いけると思うぞ」
「それに木枠なんですが、魔道図にクレモン茸の煮汁を流し込めば効果が上がると思います」
ミズキの一言をきっかけに皆がアイデアを出し合う流れになった。
プレインのアイデア……世界中に呪い子の嫌悪感を中和する魔導具をばらまくというのが、皆のテンションを上げていた。
そして気がつくと、夜通しの話となった。
「あのチューリップ……聖女の紋章を木箱にプリントすれば、見た目が良くなると思います。それに神殿にも置いてもらえると思います。思いません?」
「あとさ、星降りの魔法陣も付けちゃおうよ。ノアノアが危ないって状況になったら、走って行って箱を掴んで星降りを使うんだよ。ノアノアセーフティネットって感じで」
どんどんと夢は広がり、神々の曲を奏でアンデッドや死に忘れを撃退し、呪い子が放つ嫌悪感を中和する魔導具に、次々と機能を追加することになった。
最終的に、ノアが近づくと感知して、魔力を受け取り、呪い子の気配を中和する機能を発動すること。誰かが魔力を流すと、神々の曲を流し、空気を中和する。さらには、ノアが魔導具に触り詠唱することで、星降りまで使える機能も付けることにした。つまりはノアのための総合魔導具だ。
最後は夢の話。
セ・スとの戦いの最中に、眠ってしまったオレが見た夢。
夢というよりウルクフラの経験をのぞき見たという方が正しいのかもしれない出来事。
それは明日にはギリアへと戻るという日の夜のこと、夕食後の後片づけをしていた時だ。
「アーハガルタの戦いの最中、リーダは夢を見ましたか?」
ロック鳥、ノアのための総合魔導具、充実した日々の中で、夢の話をしそこねていたオレに尋ねてきたのはカガミだった。
「ウルクフラの?」
「やっぱり、リーダも見たんですね。プレイン君も、ミズキも夢は見なかったそうです。サムソンはおぼろげな会話だけで、私ははっきりとした場面でした。リーダはどうでした?」
「はっきりとした場面だったよ。ウルクフラと、モルススの王様が話をしている場面だった」
そしてオレは憶えている限りの内容をカガミに伝えた。
サムソンはウルクフラと思わしき人が、会話している場面だったそうだ。
もっとも途切れ途切れの会話だったので、詳細は不明らしい。
「デイアブロイが盗まれた? そのうえ月も? それでは……デイアブロイはただ暴れる魔獣と変わらぬではないか」
「だが、これはチャンスでもある。隠した月を取り戻せば、デイアブロイの事だ、きっとモルススを襲うであろう。復讐するはずだ。月を隠したモルススに対し」
かろうじてわかったのは、こんなやり取りだという。
そしてカガミは、ギリアの屋敷から外を見上げて叫んでいた場面だったそうだ。
「病の毒が一段と強く! 我らが一息することも許さぬほどの毒を! このタイミングで、まさか狙っていたのか、ギリ・ア!」
そう叫ぶウルクフラの視線からは、黄色く色づいた空と、大量の狼の獣人が苦しむ様子があったらしい。
聞く限りかなり悲惨な内容だ。
「やっぱり、どれもウルクフラさんの視点ですね。ところでリーダはなぜ夢を見た人と見ていない人がいると思いますか?」
一通り、夢の話をした後、カガミはオレに聞いてきた。
「さぁ。見当もつかない」
オレは一瞬だけ頭をよぎった考えを口にせず、カガミに答えた。
こうしてアーハガルタからギリアへの帰路は、平和に過ぎていった。
何事も無く過ぎていった。
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