第686話 閑話 最後の考察
暗い暗い異界で、座禅を組むようなポーズをした男……セ・スが目を開いた。
「危なかった」
セ・スは床に足をつく。
ペタリと音をたて、素足が床についた。
「空間封鎖が解かれた瞬間、ほんの欠片ほどだが、自らの魂の一部を戻しておいて正解だった」
セ・スが手のひらを見て自嘲気味に呟いた。
両手を握ったり開いたり、握ったり開いたりと繰り返し。やがて小さくため息をついた。
「力の多くをあの戦いに費やした。残った力では彼女らを倒すことはできないだろう」
そして歩きながらブツブツと独り言を呟き始めた。
「彼女らは排除しなくてはならない。それも早急に。だがどうする」
彼は腕を組みどこともなく歩きながら呟き続ける。
「血塗られた聖女は厄介だが、次は対応できるだろう。あの前後の行動から考え、血塗られた聖女という存在は不安定なものだ。転生の儀式に何かがあって、部品が溶け合い一つになる工程に歪みが生じた……そう考えれば辻褄が合う。部品の持つ思考が一致したゆえ、聖女は一時的に完成した」
呟きながら歩くセ・スの進行方向に、テーブルが浮き上がる。
その上には一つの人形が置いていた。
「まずレイネアンナは血塗られた聖女に見えた……だが、あのホムンクルスを見て理解した。本当の血塗られた聖女は、あのホムンクルスだ」
セ・スが人形の頭をつまみあげ、言った。するとテーブルにはさらに人形が2つ出現した。
「レイネアンナは、あの場にはいなかった。かわりにいたのは、ノアサリーナと1体のホムンクルス。しかし戦いには3者の視線を感じた。見えなかっただけか……」
少しの間、人形をボーッと眺めていたセ・スが「ようやく王のお考えが読めた」と呟いた。
手に持った人形はボロボロと崩れ、何も無くなった手のひらをみてセ・スは言葉を続ける。
「あのホムンクルスは、我らの作った侍従か。魂の無いホムンクルスに、呪いと狂愛に歪む2つの魂を詰めこみ、血塗られた聖女という名の扇動者を……王は作ることにしたわけか。だが、それは不完全に終わった。ノアサリーナだけが組み込めなかった。しかし、3者の思考が一致したので、一時的に融合が完成した。なれば、部品となる存在の思考を乱せば問題ない。対処可能……か」
しばらく手の平を見つめ呟いていたセ・スだったが、息を吐き、手を軽く振った。
同時にテーブルの姿も消える。
そして、セ・スは歩を再開する。呟きながら。
「それから、あの4人。因子が見えなかった。因子の侵略がなされていない、つまりは彼らは生後1年をすぎるまで、王の冠を……この世界にいなかったことになる。その点から見ても、彼らの正体に対する私の推測は間違っていない……彼らは復讐者だ」
セ・スがそこまで言って歩みを止めた。
それに呼応するように、彼の前に、テーブルが浮き出る。その上には4体の人形が置いてあった。
「彼らは脅威だ。王の言葉になかった存在。王が警告した未来に落ちている石は3つ。怒りに燃える巨人族、狂王ヨランと黒騎士達、理性を取り戻した血塗られた聖女……そのいずれとも違う」
テーブルを放置してセ・スは再び歩きだす。
だが、今度はすぐに歩みをとめ、上を見上げた。
「寝所を荒らすのは放置できない。仕方がない。寝所は汚れてしまうが毒を使おう。生き物を殺す……」
『ドサリ』
静かな空間に、何かが落ちる音が響いた。
セ・スが音のした足下を見る。そこには彼の右手が落ちていた。
右手の手首から先が落ちていた。
そして、落ちた手には、まとわりつくような小さな火がついていた。
火は青白く輝き、床を照らす。
「まさか……」
火は右手だけではなかった。
思わず見た左手にも火は付いていて、すでに人差し指が焼け落ちていた。
「聖魔の炎は……物質だけでなく、魂も焼くのか……。火だねは私を蝕んでいたのか……」
思わずセ・スは胸に左手をあてた。ボロリと、胸に当てた手が崩れ落ちた。
「思考を止めたくない。私には考えたいことがある。嫌だ……思考を止めるのだけは……」
セ・スの顔が恐怖に歪む。
直後、セ・スの全身は炎につつまれ、やがて消えた。
後には何も残らなかった。
何も、残らなかった。
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