第673話 うちゅうひこうし

「惜しい!」


 ミズキが叫ぶ。

 眩い光を伴い放たれたタイマーネタの光線は、完全にはセ・スを貫けなかった。

 あとわずかといったタイミングで奴は、自らの体を引きちぎり逃れたのだ。

 ソレでも、タイマーネタの一撃は右半身を吹き飛ばした。

 だからオレ達はセ・スを追い詰めつつあると思っていた。


「ある程度は覚悟していたが、タイマーネタはやや面倒か」


 ところが落ち着き払った態度でセ・スは微笑みを浮かべていた。

 飛行島からやや離れた空中に浮いたセ・スは、ボロボロな様子なのに、平然としていた。


「あめぇだよ」


 そこにゲオルニクスが声をあげて、攻撃を加える。

 彼は大きく足元を手に持った杖で打ちつけると、続けて杖を大きく振るった。

 杖からは青い電撃がほとばしり、セ・スの目の前で弾けた。


「空間封鎖か」

「これで、オメェは逃げられないだ。本体に完全な状態では戻れないだよ」

「なるほど、君はそれで私を封じたと?」

「そうだァ」


 なるほど。

 セ・スはいつでも逃げることができるから、余裕だったと。

 いや、何か違う。

 ゲオルニクスの言葉は納得のいく内容だが、セ・スは微笑みを崩さない。何か他にあるのか……。


「まず、君は誤解している。確かに空間封鎖で、私は魂の一部がここに囚われた。しかし、私は我らを信じ眠りについた王を放置し逃げることはしない。それに、負けることがありえない私が逃げる理由もない」


 言い終わると、セ・スは左手を口に突っ込んだ。

 それと同時、オレはタイマーネタを再びぶっ放す。

 やはりというか、今度も易々と避けられてしまう。当てるためには、セ・スを拘束する必要があるようだ。

 少し離れた空中に、口に手を突っ込んだままのセ・スが姿を現す。

 消える直前とは違い、その大きく破損した体の傷口から大量の血が噴き出ていた。


『ドドド』


 滝のような水音をたてて、流れ出る血はどう考えても、その体に収まる量ではない。

 しばらく流れていた血は、まるで一時停止のように突如止まる。

 そして動画の逆再生をみているかのように、血が体に戻っていく。

 それと共にセ・スの体が変化していく。

 首が太く膨らみ、グニャリと顔が歪んでいく。

 変化の途中で行われたミランダの攻撃を無視してセ・スの体は姿を変えていった。

 背中から鳥のような羽が伸びたのを最後に、変化は終わる。

 最後にゆっくりと口に突っ込んだままの手を引き抜く。その手には、ドクンドクンと動く真っ赤な心臓が握られていた。体のサイズも大きくなっている。いまや、ハロルドより少しだけ大きく。

 赤い大きな瞳をしたトカゲの頭、人の体、そして鳥の羽。白く異形の姿。

 それが変化したセ・スの姿だった。


「しゃっでぶぉ……」


 どう対処するか考えあぐねていたオレ達に、セ・スは何かを言いかけて止める。

 ソレから、手にもっていた心臓を、まるで側にテーブルがあるかのように空中におくと、両手で自らの口を上下に引き裂き始めた。

 メリメリと音を立てて引き裂かれた口から、先程の水色の髪をした人の顔が姿を覗かせる。


「こちらの方が話をしやすい。人の体というのは、語らいやすくできているものだと実感するよ」

「変身したら強くなるのか?」

「より完璧に近くなる。つまりは君達の勝ち目はますますなくなるということだ」


 そう言ってセ・スは笑い、側に置いた心臓に手を伸ばす。


『ジャララララ』


 直後、鎖の擦れる音がした。

 続けてセ・スに鎖が絡まり、その体を拘束する。


「ハロルド!」


 ソレをやったのはミズキだった。新武器の先からかぎ爪の付いた鎖を放ちセ・スをからめとったのだ。


「心得た!」


 ハロルドはそういって、鎖をひっぱる。


「やっぱり、タイマーネタ以外は無視するつもりだったんだ」


 ミズキがそういって、オレにジェスチャーで指示を送る。

 タイマーネタで撃てということらしい。

 もちろんそのつもりだ。ミズキに頷いてタイマーネタに手をやる。

 そして、セ・スからタイマーネタに視線を移した時、オレは異様な光景をみた。


「宇宙飛行士?」


 思わず声がでる。

 視線の先、飛行島の端に、宇宙飛行士が立っていた。

 白いずん胴の宇宙服、前面が真っ黒で銀に鈍く光るヘルメット。

 なんでこんなところに?

 最初に反応したのはノアだった。

 赤い剣を振り、宇宙飛行士に斬りつける。


「ダメだぁ」


 次に反応したのはゲオルニクス。彼は慌てた様子でノアへとかけていく。

 だけど、ゲオルニクスは間に合わない。勢いのついたノアの手は止まらず、宇宙飛行士を切りつけた。


『カラン……』


 次の瞬間、ノアは手から剣を落とし、うずくまる。


「ノア!」


 オレは叫んでいた。ノアのお腹あたりが赤く染まっていた。血の色だ。

 すぐさまプレインが、ノアを抱え上げ、宇宙飛行士に蹴りを入れ、反動で距離を取ろうとした。

 ところが宇宙飛行士はビクともしない。

 代わりにプレインが「痛っ」と声をあげて、顔を苦痛に歪めていた。

 どういうことだ?

 いきなりの急展開に頭がついていかない。

 プレインはノアを抱えて宇宙飛行士から離れることに成功していた。


「プレイン」

「エリクサーなら持ってるっスよ」


 オレが名を呼ぶと、彼は被せるように返答した。


「ミズキ殿!」


 状況は待ってくれない。

 敵は宇宙飛行士だけではないのだ。

 ハロルドの言葉でハッとセ・スの方に顔を向けたオレが見たのはミズキが攻撃を受けた瞬間だった。

 鎖を引きちぎったセ・スは、一瞬で茶釜とミズキに近づいていた。

 茶釜の頭を踏みつけて、大きく右手を振りかぶり、ミズキを殴りつけた。

 ノアに気を取られた隙をつかれた。


「大丈夫。でも、茶釜が……」

「エルフ馬は、気を失っているだけだ。問題無い」


 ミズキは飛行島の家の壁に体を打ち付けていたが、意識はあるようだ。

 茶釜は横たわっている。スライフのコメントから、命の別状は無いようだ。

 苦悶に顔を歪めながらも、ミズキはエリクサーをポケットから取り出していた。


『ガァン、ガン』


 そしてセ・スにはハロルドが応戦していた。金属を打ち付ける剣撃の音が響く。

 左手にドクドクと動く心臓を握り、右手だけでセ・スはハロルドの攻撃を受け切っていた。


「リーダ! 後ろだ!」


 頭上からサムソンの声が聞こえ、後ろを振り向くと宇宙飛行士がすぐ側にいた。

 気配など全く感じなかった。

 一瞬のことで焦ったオレは手を振った。

 払い除けようとしたのだ。

 メットの口元がグニャリと形を変えて、オレの手を受け止めた。

 ぬるりとした感触があった。

 そこで初めて気がついた。

 宇宙飛行士のメットに見えたそれは、頭だった。前面が黒、背面が白い、タコの形をした頭だった。そして吸盤のついた触手……タコの足にも似た触手がオレの手を絡め取った。


「あーっ」


 激痛が手から肩までほとばしり、悲鳴にならない声が出る。

 思わず宇宙飛行士を殴りつけた右手にも激痛がはしる。

 よろめき膝をついたオレが見たのは、自分の顔だった。宇宙飛行士のメットにも似た頭に反射して映るオレの顔だった。

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