第666話 2つめのきんしょとしょかん

 オレ達が飛行島での新発見に熱中していたとき、背後に出現したミランダ。

 ドレスの上に、スプリキト魔法大学の制服である青いコートを羽織った彼女は、ヘラヘラと笑って近づいてくる。


「ミランダ! 何しに来た!」


 まっさきに反応したのはノアだった。

 タタッと駆け寄り、ノアはミランダを見上げて睨みつけた。

 相変わらずノアはミランダに対抗心満点だ。


「あらあら、怖い。何しにって……お金を持ってきたのだけれど」


 ミランダは余裕の笑みをうかべ、端的に答える。

 そういや家賃請求をしていたな。

 最近は、借金が無くなったこともあって、あまり気にしていなかった。


「お金……あっ、家賃!」

「そうよ。ノアサリーナ。ほら、お金。たぶん金貨が……何枚だったかしら。ごめんなさい、忘れてしまったわ」


 そう言いつつ何も無い場所から巾着袋を取り出したミランダは、それをノアに渡した。

 それからニヤリと笑い言葉を続ける。


「ねぇ、ノアサリーナ。私の代わりに数えてくださらない?」

「ミランダの代わりに?」

「えぇ、代わりに……。あぁっ、ごめんなさい。ノアサリーナにはまだ無理よね。沢山の数だもの、私が数えるわね」

「大丈夫なの!」


 自信満々に答えたノアに対し、ミランダはもう一度ニヤリと笑う。何かを企む悪い笑みだ。


「そう。頼りにしているわ。そうそう、あちらにテーブルを作ってあげたから……頑張ってね」


 悪い笑みを浮かべたまま、ミランダはそう言うと、飛行島の一カ所を指さした。

 彼女のいうように、氷でできた小さなテーブルがあった。


「リーダ。数えてくるね!」


 ノアはミランダを一瞥すると、テーブルに走って行った。

 いそいそと、ノアは巾着袋から金貨を取り出して積み上げていく。

 小さな巾着袋は魔法の品だったようだ。

 袋の大きさに似合わない数の金貨が飛び出していた。


「さて、本題なのだけれど」


 ミランダはオレ達に近づき言う。


「本題?」

「えぇ、禁書図書館のあてがあるって言ったでしょ?」


 そう言われれば、確かに前、ミランダはそう言った。

 だが、禁書図書館はすでに見つけている。ゲオルニクスが乗っているモグラ型ゴーレムのスカポディーロだ。

 おびただしい数の黒本。そして管理人たるゲオルニクスが、図書館だと断言していた。


「言っていたな。それで?」


 とはいえ、まずはミランダの話を聞くことにした。

 もしかしたら禁書図書館は他にもあるのかもしれない。ゲオルニクスも、スカポディーロには予定よりも大幅に少ない本しか収集できなかったと言っていた。


「クィットパースの北東……イニフェネルケの森と呼ばれる森が広がっている。その森には魔の三角地帯と呼ばれる一帯があるの」

「魔の三角地帯?」

「えぇ。ジルニ湖、灰色大木、グロモの熊岩……その三点を結ぶ地帯ね。普通の森に見えるのだけれど、その上空を飛ぶ飛行船は忽然と姿を消す。地上をいく馬車も、あらゆる生き物も、消えてなくなる」


 飛んでいる飛行船が姿を消す魔の三角地帯?

 どっかで聞いたことがあるような……。

 元の世界でだっけ? こっちだっけ?

 しかし、魔の三角地帯か。なんだか妙な話だ。


「そこに禁書図書館が? でも、そんな危なそうな場所にあるってどうしてわかったんだ?」


 それに、今の話と禁書図書館が繋がらない。


「とても昔の事なのだけれど、頭のおかしな一団がいてね。クロイトス一族と呼ばれる人達なのだけど。命をかけて調べたの」


 続けてミランダは、魔の三角地帯を調べた一族の話を進める。

 クロイトス一族と呼ばれる彼らは死体の知識を共有する方法を持っていたらしい。

 彼らは死を恐れず好奇心のままに、探索を進めた。

 一族の者の死と引き換えに、少しずつ知識を深め、探索を進めた。

 その結果、三角地帯の真実を彼らは知った。

 外から見て森だった場所の正体は、魔法で偽装された巨大な穴だったという。

 穴の壁面に沿って美しい建物が建ち並び、静かで死後の世界を思わせる遺跡があったそうだ。

 そして、地下へと続く遺跡の底で、水晶の板に埋め込まれた膨大な数の黒本を見つけた。

 だが、彼らの探求はそこで終わってしまった。

 本を見つけた者は、黒の滴の攻撃を受けて絶命し、その後に続く者も、本の中を見ることは出来なかったそうだ。

 どうやっても、その先を知ることができなかった。

 黒の滴から逃げおおせたが、本を読むことはできなかった。

 結果として一族はその半数を失い、諦めたらしい。


「以上が私の知っている事。もし場所を知りたいっていうなら、案内するけど?」


 そして、ミランダは言葉を締めくくる。

 黒の滴はすでに無いわけだから、今なら簡単に本も読めるかもしれない。

 だけど、そこまでする価値があるか……。

 イ・アはいなくても、奴の仲間がいる可能性はある。

 それにオレ達は、すでに魔法の究極……その先すら見据えて進んでいる状況だ。

 この状況で、リスクを冒す価値があるかどうかに悩む。


「まっ、返事を急かす気はないわ。禁書図書館を探しているっていうから、教えてあげただけだしね」


 ミランダはオレの返答を待つことなく、そう言うとノアの方へと歩いて行った。


「リーダ」


 そしてミランダと入れ替わるように、サムソンがオレを呼ぶ。

 同僚達は、ミランダから少しだけ離れて話を聞いていた。


「君子危うきに近寄らずと言いますし、さっきの話は参考程度に止めるべきだと思います。思いません?」


 カガミは、ミランダをチラリと見たあと言った。


「私はちょっと興味あるかも。飛行島ならさ、そんなに遠くないし。飛べるんでしょ、飛行島」

「それは、まぁ、飛べるが。ミズキ氏は怖くないのか?」

「ちょっと偵察するくらいなら大丈夫でしょ」


 偵察か。

 プレインは難しい顔をして考え込んでいる。

 カガミは近づくのに反対、ミズキは興味津々で、サムソンもやや気になるって感じか。

 さて、どうしたものか。

 確かに、ちょっと見るくらいなら、偵察して情報を得るのも悪く無い。最終的にどうするかは情報を集めてからでもいいか。

 情報を……。

 そういや、大事な事を忘れていた。


「とりあえずゲオルニクスに聞いてみよう」


 早速、思いついたことを皆に提案する。

 黒本があるというなら、ゲオルニクスが何かをしっているかもしれない。聞いてみて危ないようなら放置だ。

 まずは情報収集。それからだ。

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