第三十一章 究極の先へ、賑やかに

第633話 あそぶためのじゅんび

 朝起きると、ゲオルニクスは出発した後だった。

 ノアが見送ったらしい。

 とりあえずヒンヒトルテをテンホイル遺跡まで送り、そこから先は自由にするそうだ。


「せっかくだからもう少しいればいいのに」


 呟いたオレに、ノアも小さく頷いた。

 庭先でボンヤリとしていると違和感を抱いた。

 何かとは言えないが、庭がおかしい。

 昨日一日で随分と草刈りが済んだ庭は綺麗になっている。

 だけれど何かが引っかかる。

 ひっかかりを憶え、庭をうろつくと、門の近くで違和感の正体に気がついた。

 花がしおれていた。全体的に草花に元気がないのだ。


「朝ご飯の準備、お手伝いしてくる」


 ぼんやり考えていると、ノアは次の目的を見つけたようだ。

 屋敷に走って行った。

 それにしても、どうして元気がないのだろう。

 しおれた花を見ていると、何だか心配になってくる。嫌な予感がした。


「もう少ししたら元気になるよ」


 横を見ると、いつのまにかもモペアが立っていた。


「大丈夫なのか」


 反射的に、心配する言葉が出た。

 モペアは青い顔をしていた。


「大丈夫。ちょっと疲れただけだよ。あいつが、楽しそうに草刈りしてたからさ。頑張りすぎちゃった」

「あいつ? ゲオルニクスのことか?」

「そうだよ。あいつも変わってるよな。雑草が嫌ならさ、2・3日座ってりゃ枯れるってのに」


 あっけらかんとした口調でモペアがこぼす。

 2・3日で枯れる?


「呪い子だからか。あいつの呪いは、それほどに強いのか」


 少しだけ考えたが、答えは当然のように口からでた。


「そうだよ。魔力なんかと同じ、あいつは何でも桁違い」


 魔力の強大さと比例して呪いも強いか……。

 そして、それを気付かせないように、モペアは頑張っていたのか。


「そっか。モペアは優しい子だな」

「何言ってんだ。あたしが頑張らなきゃ花が枯れるだろ。そうしたら、ノアが悲しむじゃないか。それから、子ども扱いするな!」


 モペアはまくし立て、オレを蹴とばし姿を消した。

 そして青い顔をしていたのは、もう一人。


「魔力要素の均一化を行う魔道具だ。月への道と同じように、無指向性の力に変換される。ゲオルニクス氏が純白と形容した魔力は、そのままでははじけてしまうが、固定化を同時に果たすことで、安定して大気に放出できる。それが……」


 広間に戻ったオレを見つけたサムソンが、待っていましたとばかりにまくし立てる。

 徹夜して試行錯誤した結果を誰かに言いたかったようだ。

 青い顔をして目の下のクマもすごいのに、ギラギラとした目で楽しそうだ。

 あまりに難しい内容で、なおかつ早口だから、何を言っているのかはよくわからない。

 それでも、辺りに放つノアの呪いを、中和できることはなんとかわかった。


「うーん。よくわかんないけどさ、ノアノアと一緒に試してみようよ」


 サムソンの説明を、一通り聞き流したミズキが提案する。


「そうだな。それがいいな。うん、そうしよう。上手くいけば今日にも完成するぞ」


 提案に、サムソンが応じたことで、一日の予定が決まった。

 朝食を終えて、皆でサムソンの部屋へとおしかける。


「団扇が……」


 部屋に入ったカガミが誰ともなしに呟く。

 サムソンの部屋は、沢山の物があった。

 カガミにとっては悪夢の象徴である団扇も飾ってあった。

 沢山の物で足の踏み場が無い。

 よくこんな部屋に人を招くものだ。


「あぁ。リーダ。ベッドがじゃまだから、収納してくれ」


 サムソンはと言えば、コードが沢山繋がれた体重計みたいな物を準備しながら、いつもの調子だ。


「はいはい」


 適当に相槌を打ち、言われた通りベッドを影に投げ込む。

 これでようやく部屋のスペースに余裕ができた。


「それで、サムソン。それは何の魔道具なんですか? 教えてほしいと思います」

「ノアちゃんの……その呪いを測定する魔道具だぞ。ゲオルニクス氏に借りた」


 カガミの質問に何気なく答えた後でサムソンが苦笑する。


「私の?」

「そうだよ。ノアノア。上手くいったら、一緒に町で遊ぼうね」


 弱弱しく聞き返したノアに、後に立っていたミズキが楽し気に答えた。


「一緒に? 町で?」

「そうそう」


 肩に乗せられたミズキの両手を掴み、ノアが振り返る。

 パッと明るくなったノアの表情に、サムソンがホッとしたように笑う。

 ナイス、ミズキ。

 それから、いい雰囲気の中で、ノアの呪いとこれから使う魔道具の耐久性を調べる。

 体重計のような平べったい板に、ノアが乗り魔法を使う。

 すると板から伸びている色とりどりのコードがウネウネ動き、文字を形作った。

 それを見て、データを収集するようだ。コードがディスプレイ替わりか。

 見ていてなんだか楽しい。


「40日程度か……思ったより持つな」


 すぐに集計は終わり、サムソンが細い金の鎖を手に言う。

 少し強く引っ張ればほどけてしまう細い純金製の鎖。

 それがノアの呪いを中和する魔道具だ。実際に、ノアへと使うにはサムソンが手にしている物よりも3倍以上長く作る必要があるらしい。

 今の長さは、サムソンの身長から考えると1メートル強。

 その3倍となると3メートル。相当長い。


「ゲオルニクスみたいに、服に飾るんだよね?」

「そうなるな」

「ゲオおじちゃんみたいな服?」

「そうだね。もっと可愛くしようよ。せっかくだからさ」

「だったら、俺は量産を頑張るか」

「ボクも手伝うっスよ」


 何かが決まれば、次にやることも決まる。

 次は服を作ることになった。

 とはいえ、オレ達には服をつくることはできない。

 そんなわけで、午後にはギリアの町へと行くことになった。

 目的は、仕立屋への相談。


「じゃあさ、私は仕立屋にいくから、リーダは領主へ挨拶よろしく」


 それから、領主に帰還したことの報告だ。

 なんでも昨日帰ってすぐに、カガミがトーク鳥で帰還を報告したらしい。

 マメな事だ。そう思っていたら、来るようにと回答があった。

 それで出頭。

 さすがに今回は怒られるような事はしていない。

 元気な顔を見せろってことだろうなと、のんきな気分で領主の元へと向かう。

 そうして通された領主の部屋。

 大きな窓からは、綺麗な湖が見える、執務机とテーブルがある部屋。

 壁の一方に巨大な地図が貼り付けてある。いろいろと書き込みがされた地図をみると、意外と働いていることが見て取れた。

 ラングゲレイグは、なんでもかんでも周りに丸投げしているのかと思っていた。

 そんな明るい午後の日差しが降り注ぐ場で、悲しい話を聞いてしまう。


「ヘイネル? あぁ、ヘイネルなら辞めてもらった。故にこの場にはいない」


 何でもないような領主ラングゲレイグの一言。

 え? ヘイネルさん……リストラ?

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