第632話 閑話 早起きした話(ノア視点)

 目が覚めると、辺りはとても静かだった。

 まだまだ、外は少しだけ暗い。

 でも、パチリと目が覚めてしまった。

 もそりとベッドから出ると、ガリガリと音が聞こえた。

 音がした方をみると、カーバンクルが前足で顔をかいていた。


「おはよう」


 私がそう言うと、カーバンクルが「カボゥ」と小さく鳴いた。


「ガルゥ」


 それからもう一つ、鳴き声が聞こえた。

 ふと声がした方を見ると、ベッドの下からサラマンダーが顔をのぞかせていた。


「皆、早起き」


 2匹に笑顔を向けて、窓を開ける。

 ヒンヤリとした空気が流れてきた。夏でも、朝はとっても涼しい。

 草木の香りに水の匂いも混じっている。

 少しだけ得した気分になった。


「あらぁ。ノアまで起きちゃったのぉ。今日は皆早起きねぇ」


 窓を開けた私に気がついて、ロンロがフワリと空から降りてきた。

 さっき、私が言ったのと同じ事をロンロも言うのでおかしかった。

 でも……。


「皆? カーバンクルと、サラマンダー?」


 外にいたのに、なんでカーバンクルとサラマンダーが起きているが分かったのか不思議だ。


「違うわぁ。ゲオルニクスとぉ、あとヒンヒトルテ。もうお出かけの準備をしてるわぁ」


 ところがロンロは違う名前を言った。

 しかも、お出かけ?

 なんだか気になって、外に出ることにした。

 お屋敷に残していた服に着替えてすぐに外へと向かう。

 部屋にあった服は、少し前の服なので、少し小さい。

 背中の紐が、うまく引っ張れなかったけれど、カーバンクルに助けてもらった。

 素敵なドレスに、1人で着替えることができて嬉しかった。

 これで急な外出にもバッチリだ。

 外へと出ると、ロンロの言う通りだった。

 ゲオおじちゃんと、ヒンヒトルテさんが出発の準備をしていた。


「もういくの?」

「んぁ。ノアサリーナだか。早起きだなァ」


 私の問いかけに、ゲオおじちゃんがニコリと笑って答えた。


「もっと、いていいよ」


 あまりに早い出発に、私は思わずそう言った。

 ギリアの町や、森の中を案内したかったのだ。


「だなァ。でも、ごめんな。もう行くだよ。なんだか、ここはあったかすぎるだ」


 でも、ゲオおじちゃんは、これからすぐに出発するらしい。

 ゆっくり首を横に振り、静かに言った。


「暖かいのが嫌なの?」

「そうだなぁ。おらにはやることがあるだ。ノアサリーナはわからないだろうけれど、人は長く生きすぎると、昔とは違う自分になっちまうだ」

「違う自分?」

「魔法で身体は老いなくても、魂は削れていく。笑うこと、泣くこと、怒ること……それらが魂を削るだよ。いずれ、自分が誰だかも忘れちまう。永遠に生きることには罰が伴うだ」


 もっと一緒に居て欲しいなと思う私に、ゲオおじちゃんがのんびりとした声で言う。

 とても難しい話だ。よく分からないけれど、悲しくなった。


「うん」


 だから、頷くことしか出来無かった。


「でもなぁ。おらは、やるべきことのために、ずっと生きることにしただよ。何があっても、やるべきことのために。あったかいところに居すぎると、おらが、おらで無くなってしまう。やるべきことができなくなってしまう」

「やるべきことが大事なの?」

「あぁ。昔、昔、モルススっていう酷い国があって、病の素をばらまいただよ。ラザローっていう魔導具をつかってなァ。世の中を、とっても汚してしまった。汚くなってしまった。獣人の子が、沢山死ぬのはそういう事で……おらはなんとかしたいだよ」

「きっと、リーダ達も手伝ってくれるよ」


 皆、とっても凄いのだ。皆で一緒にやれば、すぐに汚いのなんて無くなると思った。


「そうだなァ。きっと、そうだなァ。うん。そうだろうなァ」


 ゲオおじちゃんはニコリと笑って、そう言った。

 だけれど、すぐに悲しそうな顔になって「でも……」と言葉を続ける。


「でも、全部をお願いしたら、おらがおらでなくなってしまう。それじゃァ、おらの……おらだけの望みを果たせなくなるだ。あと僅かな時間、おらは慎重に過ごすしかないだよ」


 やっぱり、ゲオおじちゃんは首を横に振るだけだ。


「残念だね」

「そうだなァ。残念だなァ。あぁ、でもノアサリーナが泣くことはないだよ」


 突然、ゲオおじちゃんが困ったように言って、その大きな手で私の頭をなでた。

 いつの間にか、泣いていたらしい。

 困らせるつもりなんて無かったけれど、悲しくなった。


「ほら、ずっとお別れってわけじゃないだ。困ったら、ノームに言っておくれ。すぐに駆けつけるからよ」

「うん。でも、遠くに行っちゃうの?」

「そうだなァ。とりあえず、ヒンヒトルテをテンホイル遺跡に送って行くだよ。それから、あっちとか、こっちだなァ」

「そっか……」

「でも、大丈夫だァ。何かあったら、ノームに言うといいだ。おらはすぐにノアサリーナの所にいくだよ」


 ゲオおじちゃんはニカリと笑って、手を振りつつスカポディーロに乗って地中へと消えた。

 やるべきこと。

 ゲオおじちゃんは、そう言った。

 やるべきこと。

 私には何かあるのだろうか。

 ぶわっと風が吹き抜け、顔に風があたる。それは、とっても冷たかった。

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