第624話 きらい

 囮作戦はうまくいった。でも、オレ達は油断しない。


「一つ聞きたいんだが、ゲオルニクス氏、地図の範囲って、広げることはできるのか?」

「あぁ、できるだよ」


 ゲオルニクスが、厳しい顔をしたサムソンに頷いて、手を大きく振るった。

 地図は一気に広がり、10倍ぐらいの大きさになった。

 一気に広範囲を見渡すことができるようになった地図上で、巨大な赤い円はじわじわと離れていく。


「このまま離れて行って欲しいと思いますが……」

「それが理想だが次に備えようか」

「次ですか?」

「今度は、さっきの囮に爆弾を詰め込みたい。それをこんな感じで……」


 オレは言いながら、両手で握りこぶしを作りコツンとぶつける。


「囮ではなくて、魚雷……いや機雷をぶつけるって事か?」


 確かにそうだな。囮に爆弾を詰め込んで敵を爆破ってことは、囮というより機雷か。

 サムソンにうなずく。


「そうそう、そういうこと」

「なるほど。魚釣りで、餌が反撃するようなものか」


 ヒンヒトルテが、納得したように頷く。

 オレのジェスチャーで何をするのか気がついたようだ。

 そして囮を機雷にするために、重要なパーツである爆弾についても、すぐに目処がついた。

 やりたいことを理解してくれたゲオルニクスが、すぐに用意してくれたのだ。


「これを使うといいだ」


 そう言って彼が持ってきたのは水晶玉に似た魔導具。

 どこかで見たことあるな。

 既視感の理由は、直後、サムソンが口にした言葉でわかる。


「キュペンモーア水晶玉……環境転移に使う魔導具だぞ、これ」

「詳しいだな。これを暴走させるだよ」


 なるほど、ギリアの温泉を温める時に作った魔導具か。

 サッカーボールサイズの水晶玉を手に、ゲオルニクスが魔導具を暴走させる方法について説明する。いくつか方法があるらしいが、今回はわざとこの水晶玉を傷つけることによって暴走させると言う。

 本来ならば暴走してから破壊の波動を発生し消滅するまで時間がないらしい。

 ただこの水晶玉は、ある程度地表に近づかないと作動しない特性があるという。

 だから、それを利用する。

 つまり魔力が飽和した魔導具に傷をつけて解き放つ。

 魔導具は地表近くに近づいたときに自動的に作動し、壊れかけた魔道具はすぐに暴走状態になる。そうやって起こった崩壊のエネルギーにノイタイエルを巻き込み破壊する。

 そういう算段だ。

 ちなみに魔導具を利用した機雷を動かすのは、前回と同じ要領でノームにお願いする。

 水晶玉はサムソンの用意したスピーカーの魔道具にもうまい具合に収まった。

 あらかじめ、このために用意したかのようにピッタリだ。

 機雷を作りつつも、最初に投げ出したデコイの成り行きを見守った。


「このままどっか行っちゃわないスかね」


 ボソッと呟いたプレインに頷く。

 だが、プレインのつぶやきも虚しく、最初のデコイは失われてしまった。

 どうも他の地竜とぶつかったらしい。

 不規則に動く地竜を避けながら動かすのは、難しかったようだ。


「てやんでぇ」


 ほどなくして一匹のノームが、ピョコっと地中から飛び出しツルハシを振り回した。


「次は失敗しないらしいだぁ」


 ゲオルニクスがノームのコメントを代弁する。


「次に期待だな」

「こちらの音を出さないようにしたほうがいいと思います。思いません?」


 ついでにカガミの提案を受け入れる。

 スカポディーロは動きを止めて静かにしてから、第2弾の機雷を投入する。

 前回のデコイとは違い、今回は爆発するのだ。

 うまい具合にぶち当たってノイタイエルを破壊してくれることを期待する。

 遠くにいるノイタイエルへと向かっていく、すごく小さな赤い円を凝視する。

 地図上のあの赤い円が、巨大な円で表示されているノイタイエルにぶつかれば成功だ。

 ついで撃破してくれれば大成功だ。

 いつのまにか地竜は随分と減っていた。

 沢山あった赤い円は減っていて、周りの状況が分かりやすくなった。

 間違えて地竜にぶつかる可能性が減ることにもつながり大歓迎の状況だ。


「釣れたぞ!」

「いけるいける」


 サムソンが叫び、茶釜に乗ってだらりとリラックスしたミズキが楽しげな声を上げる。

 二人の言葉通りに大きな円が、機雷を示す小さな円にじわじわと近づいていく。

 ところが、後少しというところで、小さな円が逃げるように動き出す。


「あれ離れていく?」

「ううん。大丈夫だよ。たぶん魔導具を暴走させるため少し浮上するだァ」


 心配げなノアの声に、ゲオルニクスがゆっくりと答えた。

 それからさらに時間が経って、ノイタイエルを示す巨大な円が勢いを増す。それは、ゆらゆらと動く小さな円に近づいた。やがて、巨大な円はパッと消えた。

 後に残ったのは、まばらに見える小さな赤い円……つまりは地竜達だけになった。


「うまくいったじゃん」

「いや、ミズキ氏。判断は、まだ早い」


 そうだな。油断はしない。

 すぐ次について考える。


「相手を倒したのか知りたい……ところだ」


 まずは現状の把握。

 

「んなら、ノームに聞くだよ。近づいてもらうだ」

「危なくないんスか?」

「土の中じゃ、ノームは無敵だ。なぁ?」


 ゲオルニクスが顔を向けると、ノームは手に持ったツルハシを振り回し土に潜った。

 情報収集は、ノームと地図で十分かな。

 

「一応次の用意しとくか」


 サムソンがそう言って再びスピーカーの魔導具を置くと、サイリウムの道具を取り出し、言葉を続ける。


「あとは爆弾代わりになる魔導具か」

「そうだなあ。何にするかな。キュペンモーア水晶玉はもう無いしなァ」

「他の魔導具だとダメ?」

「好きな時に暴走させるのが難しいだ」


 環境転移の魔導具は地表に近くないと動かない。だから場所を変えることで暴走のタイミングをずらすことができた。

 でもそんな都合の良い魔導具は他にはないということか。


「魔導具って壊れた魔導具を動かそうとしなきゃ暴走しないの?」

「思いっきり動かしている途中に壊した場合や、魔導具によっては魔力を詰め込みすぎても壊れるだよ」

「だったらさ、思いっきり動かしてさ、適当なところでノームに押しつぶしてもらえばいいじゃん」


 ミズキが軽い調子で語った言葉。

 確かにミズキの言う通りだ。ぶつけて壊せばいい。なんでこんな簡単なことに気がつかなかったのだろう。

 皆がアイデアを出し合って、トントン拍子で決まる。

 さて、次だ。完全に安心できるまで対策を続けよう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る