第616話 ごーえす

「先輩。あれって、本物の金みたいっスよ」


 ゲオルニクスを磨き上げ、土手を上ったオレに、プレインが言った。

 黄金郷の建物などは本物の金だったという。

 ちなみに巨大ガーゴイルが背負っていた歯車は、金属の塊だった。

 そのうえ一部は、ミスリル銀らしい。


「流石に、建物は金メッキですけどね」


 カガミは苦笑していたが、それでも大量の金だろう。

 なんといっても、一つの町が丸ごと金ピカだったのだ。


「それじゃ、建物の残骸を集めよう。金製の品物があったら、教えてくれ」

「建物はどうするんだ?」

「スライフに頼んで、金を剥ぎ取る」

「なんか、遺跡荒らしみたいだと思います」

「トレジャーハンターと言ってほしいな、カガミ君」

「アハハ、お宝集めって感じでいいじゃん」


 というわけで、早速、金の回収にいそしむことにした。

 ゲオルニクスに、沢山のノーム達も手伝ってくれる。


「おい。ゲオルニクス。股間を掻いた手で物に触るな」


 ただ、余計な手間も増えたりした。


「どうしただ?」

「皆が使うものなんだ。清潔にしなきゃダメなんだよ」


 しょうがないので、オレが作業中つきっきりで、いろいろと言う羽目になった。

 なんでこんな事をやっているのだろうと思いながら。


「リーダは、細かいだよ」


 おかげで、ゲオルニクスには細かい人間だと認識されてしまった。

 でも、仕方がない事なのだ。


「リーダはマメだよね」


 おまけに、ミズキまでも、ヘラヘラとオレを笑う。


「職場環境において、5Sは大事だろうが」

「んー。職場じゃないし。ところで、5Sってなんだっけ?」


 なんてことだ。

 ミズキのやつめ。

 職場じゃないのツッコミは置いておくとしても、5Sを知らないとは。


「おい。プレイン。なんか言ってやれ」

「5Sって、整理、整頓……後はなんでしたっけ?」


 プレインまでも!

 こいつら、本当に社会人としての心構えに問題があるな。


「整理、整頓、清掃、清潔、しつけ、だ」

「へぇ」

「整理、整頓、清掃によって、清潔を保ち、仕事しやすい環境を作る事。それから、自らをしつける気概を持って、環境維持にまい進することが大事……なんだよ」

「さっすが、リーダ」


 ミズキが適当な調子で、オレを褒めるが、まったくうれしくない。

 もっとも、同僚たちの無関心に失望したくらいで、作業自体は順調だった。

 スライフや、巨大な狼になったハロルド、それから海亀と茶釜。ついでに、ロバ。

 大きな塊を集めるのに、彼らの手助けは大きかった。

 おかげで、日は沈んだが夜の早いうちに、作業を終えることができた。

 手に入れたのは、大量の金塊。大量の黄金でできた装飾品。

 大量のミスリル銀。

 長い労働に見合う品々だ。


「あとは、スカポディーロで休むといいだよ」

「あの、海亀はどうすれば?」


 カガミの問いに、ゲオルニクスが軽く手をあげる。

 するとモグラ型ゴーレムの目が緑に光り、海亀を照らした。

 緑の光を浴びて、海亀が小さくなる。


「こうやって。海亀を乗せやすくするだァ」


 すごいな。あのゴーレム。

 ついでに飛行島も載せる。

 ところが、驚くことは、まだまだこれが始まりだった。


「広い!」


 思わず声がでる。

 モグラ型ゴーレム……スカポディーロに入って、灰色の小部屋を抜けた先は、開けた場所だった。

 一面、見渡す限りの荒野だった。

 空には、満天の星。そして、満月。

 荒野は夜の闇に包まれていたが、明るい月のお陰で遠くまで見渡す事ができた。

 ただし、ハロルドがオークに戻らないので、あれは作り物の月なのだろう。

 でも、壮観な景色だ。


「適当な場所でくつろぐといいだよ。ノームに頼めば、寝床くらいは作るでな」


 そう言って、ゲオルニクスはすたすたと歩き、ぽつんと置いてあった椅子に座る。

 椅子の横には、土の盛り上がりがあり、そこにはコップと、本が数冊置いてあった。

 あらためて見ると、一面荒野に見えた場所にもいろいろな物がある。

 畑や、大量の棚、そして遠くには一軒家も見えた。


「ゲオルニクスは、いつも何処で過ごしているんだ?」

「おらは、この辺りでゴロンだァよ」

「え? 地面に寝ているんですか?」

「地面ってぇ言ってもよ。ここはスカポディーロの中だでよ」

「食事は?」

「ほれ、そこに魔法陣があるでよ。調理魔法で魔物の肉を喰らうだ」


 ゲオルニクスが顔を向けた先には、魔法陣の描かかれた灰色の石板があった。

 地面に散らばる数枚の石板も、何もかもが入り口の側に集中している。

 こんなに広いのに、このあたりでいつも生活しているのか。


「あの家は?」


 そうなると、遠くに見える家が気になる。

 普通に考えると、あの家は生活の場だと思ったのだ。


「ん? あぁ、昔は……あっちで生活していただ。遠いから、面倒だでよ」

「遠いんスか?」

「そうだなぁ。まぁ、あっちですごしてもいいだよ。案内するだァ」


 そう言って、ゲオルニクスが歩き出す。

 小さいながらも立派な一軒家なのに使っていないのか。

 もったいないな。


「ちょっと待ってくれ。この本……」

「どうしたんだ?」

「これ……黒本じゃないか?」


 ゲオルニクスの後を追おうとしたときの事だ。

 サムソンが、オレを呼び止め、一冊の本を指さした。

 地面に落ちていたその本は、確かに黒本そっくりに見えた。


「あぁ。暇だでよ。本を読むことが多いだァよ」


 戻ってきたゲオルニクスは、本を拾い上げて言う。

 そういえば、テーブルに見立てた土の出っ張りにも、本が何冊も置いてあった。


「意外と読書好きなんだな」

「他にやる事がないだよ。魔物を追いかけるか、ラザローを壊すか。エピタフの解放ってのもあるか。でも、大半は暇だでな」

「へぇ」


 あれ? 黒本は、古い文字で書いてあるんじゃなかったっけ?

 いや、でも、ゲオルニクス自体が伝説になっている位だから、長生きなのかな。

 さっきの戦いもすごかったし、よく分からない奴だ。


「なんと言ってもここは図書館だで。暇な時間、本を読むのは不思議でないだよ」

「もしかして、あの棚って……」

「カガミ氏、俺もそう思った。確かめるべきだぞ」

「あの、ちょっと、あの棚、見せてもらっていいでしょうか?」

「いいだよ。せっかくだ、先に書架を案内するだよ」


 書架?

 サムソンが小走りになって、棚の方へと進んでいく。

 カガミもやや早足になった。

 2人はどんどんと走る速さを増していく。


「皆、本が好きなんだなァ」


 そんな2人を見て、ゲオルニクスが嬉しそうに後を追う。

 なんだろう。あわてて……いや、まさか。

 ゲオルニクスが手に持った黒本。

 そして、図書館という言葉。


「やっぱり」

「おい。リーダ」


 興奮した様子のサムソンを見て確信する。


「これ、全部黒本です。膨大な黒本!」


 やっぱり。

 禁書図書館。

 前に、ノアがエスメラーニャから聞いたという話。

 近づいて、そのすごさに圧倒される。

 黒ずんだ木製の見るからに頑丈そうな本棚。

 延々と続く、その高くそびえる書架に収まった本の数々。

 外見は全て一緒。オレ達の持つ黒本そっくりの本の数々。


「本が沢山あるのは当たり前だなァ。ここは知識の収集庫にして異動する砦、英知を守る要塞図書館スカポディーロだでよ」


 驚くオレ達に、ゲオルニクスは誇らしげに言った。

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