第584話 せんきょかつどう

「生徒会選挙とは違うと思います。思いません?」


 広間の席にサムソンが座るやいなや、カガミがテーブルに両手をついて問い詰める。

 なかなかの迫力だ。


「違うのか?」


 その剣幕に押され、引き気味のサムソンが困ったようにオレを見る。

 違うと思う。

 そう言いかけたが、どうしたものかと言葉を飲んだ。

 選挙運動か。

 マンガで読んだくらいの知識しかない。

 あのお話ではトーナメント戦をやっていたから参考にならないと思う。

 あとは……テレビで選挙の話を見たことあるな。

 違うというのは簡単だが、どこが違うと言われると言葉に詰まりそうなのだ。


「あのさ、生徒会選挙って?」


 対応を考えていた時、怪訝な表情をしたミズキに小声で質問をうけた。


「前に話さなかったっけ? 青の月……えっと7月に生徒会長を決める選挙があって、その一方にサムソンが協力してるんだよ」

「そっか。なんでまた」

「原石がなんちゃらって」

「あぁ……そうなんだ」


 オレの適当なコメントで、全てを納得したようにミズキが頷いた。


 ――彼女達は原石なんだ。応援が必要だ。彼女達は、俺の生きがいなんだ。


 もう何度も聞いたフレーズ、それはアイドルを応援するときのサムソン特有の言い回し。

 同僚達は慣れっこなのだ。


「そうそう。そういうこと。で、オレの言葉を代理するって名目でサムソンが……」


 って、おい。

 サムソンの行動は、オレのアドバイスを受けて進めているという設定だった。

 不味い。

 あまりにアホな事をされるとオレまでとばっちりを喰らう。

 他人事だと思っていたら、一気に当事者になる可能性がでてきた。

 オレは関係ないと言ったとしても、どこまで大丈夫か……。

 何かの拍子に、吟遊詩人の歌にでもなった日には、世間様に顔向けできない可能性も出てくる。


「サムソン」

「どうしたリーダ?」

「ちなみに選挙について、サムソン的には……えっとセオリーみたいなのがあるのか?」

「まず選挙対策委員会の発足」


 オレの質問に、間髪いれずサムソンが答えた。

 まぁ、いまのところ普通っぽい。アイドルも、そんな組織を立ち上げるのだな。ちょっとだけ感心する。

 そして、サムソンはさらに言葉を続ける。


「それから、ファン……いわゆる票田の確認。そして、推しのいない……ぼんやりとした層。いわゆる浮動票の獲得についての対策」

「浮動票……」


 カガミも聞く気になったようだ。少しだけ雰囲気が柔らかくなった。


「票を集める基本は、声かけと演説だ。演説についてはシルフィーナ様が原稿を用意している。熱意もある」


 なるほど。


「一応、大丈夫……ですよね?」


 ジッと考え込むように聞いていたカガミが、オレを見て質問を投げてきた。

 なんとなくだが、おかしな事を言っていないと思い頷く。

 そんな中、サムソンは早口になりながら説明を続ける。


「演説の時間、タイミング……そして最低限のスタッフ。ベースは出来ている。だから、あと一歩なんだ。より多人数の協力。それがあれば、どぶ板活動にも力が割ける」


 すごい。なんだか本格的だ。


「でさ、前座とか言ってたのは?」

「その事か、それはミズキ氏……投票というのは人を集めるのが大事なんだ。ファンが集まって盛り上がれば、勝ち馬に乗りたい心理をあおることができる。いわゆるバンドワゴン効果だな。つまり、浮動票を一気に掴めるわけだ。そこで、演出が大事になる。トップを取れる逸材でも、演出があるのと無いのでは段違いだ」

「ふーん」

「だから、決起集会で、ドカンと大きな事をしておきたい。そしてその勢いで彼女の可能性を皆に認めさせ、勝利を得たいんだ」


 サムソンが熱く語る。


「でも、それでピッキー君を巻き込むのは……」


 そこにカガミが苦言を呈した。確かに、学生でもないピッキー達を前座という最前線に出すのは如何なものかと思う。


「ピッキー達はやる気だが、生徒会選挙にはアンフェアだと思う……何となくだけど」

「もちろんピッキー君やトッキー君だけじゃないぞ」


 その言葉をどう受け取ったのかサムソンがニヤリと笑う。

 だけじゃない?


「あぁ、ヌネフとウィルオーウィスプも……」

「却下だ!」


 オレは意図せず大声をあげてしまった。だが、しょうがない。

 なんてことだ。やばい。巨大爆弾が控えていた。

 あいつらが絡むとロクな事になりそうにない。


「なんでですか!」


 そこにどこからともなくヌネフが現れ反論する。


「お前らがかかわると、ただ事で終わらない気がするんだよ」

「気がするとは……そのような気分で反対されるのは甚だ迷惑でアル」


 いつもはいがみ合っている精霊二人が、こうもやる気だと不安しかない。前の王都におけるパレードでも、やり過ぎの演出で目立ちたくないオレ達にとっては大事だった。

 吟遊詩人達はあの様子を大喜びで詠っているが、聞く度にお腹が痛くなる。


「そうです。流石に、学校行事に部外者を参加させるのは反対です」


 カガミもオレに同調してくれる。


「ほら、お前らにはきっとそのうち……大舞台で活躍することがあるから」

「いい加減ですねぇ」

「まぁ、確かに学び舎で保護者があまりでしゃばるのは良くないのでアル」


 ヌネフは納得いかない様子だったが、ウィルオーウィスプはなんとか思いとどまってくれた。危ない危ない。


「そうだよ。ウィルオーウィスプの言う通りだ、お前達には大舞台こそがふさわしいって」


 とりあえず一生懸命なオレの態度を受け入れたのか、二人とも渋々不参加で了承してくれた。


「サムソン……他に隠している事はないですよね」


 カガミが先ほど以上に真剣になってサムソンに問い詰める。


「ええと……いや、あとは普通だ。皆でまとまって一緒になって彼女の良いところ……生徒会運営方針などを話ことになる」

「そうですか」


 ようやく安心したようでカガミがホッと息を吐いた。

 彼女は、大学で一緒なだけに、心配もひとしおだろう。

 適度な活躍に留めておいてほしいものだ。とりあえず、サムソンの話では演出面以外には不審な点はなさそうだ。穏便に進めておいて欲しい。


「さて、せっかくの魔導具だからもうちょっと遊ぶかな」


 話し合いが終われば、再び遊ぶ。

 ノアが名残惜しそうに棒を振っていたのが目に入ったからだ。

 オレの言葉に嬉しそうに頷き、走って出て行く。


「こうやって、腕を動かします」

「足は……こう……やれば大丈夫です」


 追いかけると、トッキーとピッキーに踊りを習っていた。

 チッキーと二人で、真剣に習った後は楽しそうに踊っていた。

 ミズキは、茶釜の子供に投げた棒を取りに行かせて遊んでいる。

 プレインはお手玉のように投げて遊ぶ。皆が思い思いに遊んでいて盛り上がった。

 ただの光る棒なのに、夜の暗闇ではとても映える。まるで、公園で遊んだ夏の花火を彷彿とさせる光景だ。


「喉が渇きません?」


 しばらくそんな時間が過ぎ、カガミがお茶を持ってきた。


「ありがと」


 さっそく、プレインとオレがお茶を手に取り、再び楽しそうに踊るノアを眺める。


「みてみて、リーダ!」


 ノアは、あっという間に踊りを憶えたようで、軽快に踊ってみせてくれた。

 デフォルメしたチューリップの残像が、踊るノアの頭上に光の帯とあわせて出現する。


「綺麗、綺麗」


 お茶を飲むオレの横に、ちょこんと座ったカガミが小声で褒めて、笑顔になって手を叩く。

 チューリップか。いつの間にか、あれがノアの紋章になったんだよな。


「そうだ!」

「どうしたの、リーダ」


 いきなり大きな声を上げたオレを皆が凝視した。

 ふと思い出したのだ。

 それは、お金儲けの良い方法。


「とっても良いことを思い出したのさ」


 オレは皆の前で、光る棒を軽く振りながら自信満々に答えた。

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