第567話 バンシー

 振り返ったオレの目の前にあった巨大な人の顔。長い髪をしたオレの倍くらいある大きな女性の顔だ。

 スライフの手がその顔を横から貫く。


「透過能力!」


 だがその手は顔をすり抜け、スライフが声を上げる。


「ピピッキーキーギャーギギギ」


 そして、巨大な顔は電子音のような不気味な声をあげ絶叫した。

 まるで、あの有名な絵画……ムンクの叫びにあるポーズで。

 辺りが真っ暗になる。


 ――次……2週……24日に……。


 頭に、優しいが嫌な声が響いた。


「うるさい」


 思わず手にもった水鉄砲で目の前にあった巨大な顔に聖水をぶちまける。


『パァン』


 巨大な人の顔が、はじけ飛んだ。

 アンデッドだったのか。


「焦った」


 ミランダの声が聞こえた。

 振り向くとスライフとミランダは驚いていた。

 そりゃ焦るよな。


「あれは……バンシーだった。至近距離で……お前だけを狙っていた。何故平気なのだ?」


 スライフが驚愕の表情でオレを見ていた。


「バンシーだったら何かあるのか?」

「何かって、バンシーの声は死の予告よ。次の瞬間、死ぬ……それがバンシーの声」


 自分の体の半分近くを氷に覆った姿で、涙目のミランダがか細い声を出す。死の預言?

 そういや、あれだなマンティコアの恐怖攻撃にそっくりだった。

 一瞬、暗くなった感じは、黒の滴に似ていたな。


「わりと平気なんだよ。黒の滴も、あんな感じだったけど、なんとかなったし」

「黒の滴?」

「そうそう。真っ暗になって、変な歌を歌う奴がいてね。あれも、歌を聴き続けると死ぬとかノアが言ってたけど、なんとかなったよ」

「リーダ、黒の滴と出会った事があるの?」

「襲われたよ。倒したと思ったら予想外にしぶとくて、倒すのに苦労したよ」

「倒すのに……苦労……」


 ミランダが唖然とした様子で言葉につまり、スライフは大きく頷き「やはり」と言葉をつづける。


「すごいな、お前。しかし、それは軽いものでは無いはずだ。一体、いかほどの死線をくぐり抜ければその境地に至れるのだ」

「もう、黒の滴は無いの?」

「本体を倒したから、もう大丈夫だと思うよ。話を戻すけど、バンシーとかが隠れていたなんて……まだ、他にも居たりしないよな?」

「あれほどの上位種、そうそういまい。あれはアシューレンだろう」

「アシューレンって?」

「ズウタロスの伴侶だ」


 伴侶……って、夫婦だったのか。ヴァンパイアとバンシーの。


「ズウタロスアシューレンは、夫婦二人分の名……? どうして、お前は教えなかった?」

「聞かれなかったからだ」


 ミランダがスライフを睨む。当のスライフは気にも留めていない様子だった。

 だが、聞かれないと答えないというのは、まずいと思う。

 でも、対価がどうとかスライフはいつも言っているからな。

 自分から色々言うと押し売り状態になるのかな。

 助言したから、何かよこせ的な……。まぁ、前払いしているしな。後で聞いてみるか。


「スライフ……もう、敵は居ないよな?」

「あぁ。何の気配も……いや、まだ終わっていない。死んでいない」


 念の為を思ったオレの質問に、スライフが臨戦態勢をとり答えた。

 死んでいない?


「バンシーか?」


 スライフがグルリと首を回して「違う」と言った。

 その視線の先には、フレッシュゴーレムがいた。

 火だるま状態でも奴は死んでいなかった。

 だが、フレッシュゴーレムはもはや無力だった。

 一足飛びにオレ達に跳び蹴りを浴びせようとした途中、奴は凍り付く。

 そして氷の彫像になった状態でオレ達の方に跳んできた奴を、スライフが蹴り上げた。


『ゴン……ガシャン……』


 吹っ飛ばされた氷の彫像は天井にぶつかった後、地面に落ちて粉々になった。


「無力化……いや、やり過ぎてしまったようだ。タイマーネタで、脆くなっていたか」


 粉々になった氷の彫像には目もくれず、スライフが天井を見上げる。

 直後、ガラガラと天井の一部が壊れた。

 大量の瓦礫が前方に落ち砂埃が舞う。

 あたりに舞った砂煙で、霧の中にいるように視界が悪くなった。

 チラチラと天井が煌めき、それはやがてはっきりとした光になった。


「そこに誰かいるのか?」


 上から、声が聞こえる。

 知らない声だ。チラリと見えた容貌から、大学をうろついている兵士……いわゆる警備員に見えた。

 さて、どうしたものか。

 強い光にオレの顔が照らされる。


「困ったな。どうしよう?」

「さて、我が輩はすでに働いた。さらばだ」


 苦笑しながら振り返った時、スライフは殆ど消えていた。

 そして、ミランダの姿は……無い。

 オレはたった一人で、とり残されていた。

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