第565話 やみのとり

 フレッシュゴーレムにヴァンパイア。

 2つの脅威が去ってみると、今居る部屋の様子が気になった。

 特に目立つのは淡く赤色で光る円柱だ。

 瓦礫の上に、やや傾いて立つ円柱。

 それは、この広い部屋を赤みがかかった光で照らしていた。


「コレは?」

「魔砲アンティアサレラだ。極光魔法陣を天に貼り付けるために使う。空洞の部分に魔法陣を投げ入れ、打ち上げるのだ」


 確かに見ると、円形の形をしたコイツは中が空洞だ。いわば巨大マカロニって感じだな。もしくは土管か。


「空にある極光魔法陣は全部これで?」


 この世界に広がる満天の星だ。

 あれが全て魔法陣だとすれば、大変だったろうな。


「いや……大半は、高地にて天のカーテンが降りたときに貼り付けているのだろう。このアンティアサレラは、完全に動くものが少なく、あまり使われたことがないと聞く。これも不完全品だ」

「光ってるけど」

「動いているだけだ。魔力も漏れている。これでは、打ち上げるに足りる力は無い」

「本当に詳しいのね。黄昏の者は、皆がお前と同じように知識があるの?」


 淡々と解説をするスライフを見て、ミランダは感心した様子だった。


「無論だ。だが、知識には対価を要求する」

「でも、お前は要求していないように見えるのだけれど」

「我が輩は、リーダに前もって対価を貰っている。この程度の助力は受け取ったソーマで足りる」

「ふーん」


 ミランダは、会話をしながらも、部屋にある本棚の書物をペラペラとめくっていた。この部屋は紙束と本が多い。


「あれは……」


 テーブルに置いてある本が目に映る。

 やっぱり。黒本だ。ウレンテと見た目がそっくりだと思ったんだよな。

 魂の解体と無痛消費について……なんとなくゾワッとくる名前だ。

 薄い黒本の中にはびっしりと描き込みがしてあった。

 内容に関する書き込みのようだ。

 パラパラとめくっていたオレの目に、1つのキーワードが目に留まる。

 命約付与と奴隷化!


「……魂を切り取り、他者に融合する事により奴隷化を図るものである」


 間違いない。読み進めるにつれ、ちょっとした気づきは確証に変わる。

 オレ達の状態、命約奴隷について書いたものだ。

 しかも、命約を追加する方法が説明してある。


 ――だが、魂は根源に近づくにつれ重みを増すため、近く死の予定ある者の魂は、命約にかかる過大な価値を内包する。

 ――故に、命約は途切れないように……。


「リーダ?」


 読み進めていたオレの思考は、ミランダの呼び声によって途切れた。

 いつの間にか、ミランダがすぐ側に立っていた。

 そして、彼女は、オレの顔をのぞき込んでいた。


「どうかした?」

「いや、何度も呼んだのだけど。その本、興味があるなら持っていけば? もう、この部屋の主人は居ないし……それに、明日はテストでしょ? 早く戻らないと」


 そういえば、そうだった。

 明日はテストだ。

 ミランダが言うとおり、本を持っていくかな。


「そういや、ズウタロスって何者だったんだ? ミランダはズウタロスを探していたんだよな?」

「ズウタロスアシューレンは、かって闇の鳥を異世界から召喚した賢者よ」

「異世界?」

「闇の鳥がいたのは、そこのサラマンダー達精霊とは少し毛色の違う……異世界らしいわ。結局、ほとんど分かってはいないけれどね。ズウタロスアシューレンは、神の懲罰を恐れず、モルススという国の事を調べ……その過程で闇の鳥を召喚した。だけれど、モルススを調べた罪で、神の懲罰である黒の滴に見舞われて、学術都市ウェステカルドごと滅んだという人物よ」


 異世界といわれドキッとした。

 オレ達が、異世界から来たとバレたら、捕まったあげく実験台になるかもしれないと、随分と昔、ロンロに脅された事を思い出す。

 あの時、闇の鳥の話がでてきた。

 でも、ミランダの話は矛盾してないか……。


「あれ、さっきの話だと、ズウタロスって黒の滴に殺されたことにならないか?」

「黒の滴に殺される前に死んでアンデッドになっていたのよ。あれは本物。ズウタロスが書いた手記……文字が今は亡き王朝オーバのものでしょ?」


 当然のようにミランダがいう。

 それから、オレが先ほどまで読んでいた本をめくると、本の書き込みを指さした。

 これに書いてある文字は、普通の文字と違うのか。


「なるほど。すでに死んでいたから、死ぬのが怖くなかったのか」

「そういうことね」


 さて、一件落着だ。

 本を影の中に投げ込み、机に置きっぱなしだった水鉄砲を手に取る。

 忘れ物は無いよな……。

 よし。帰り支度も完了。

 予想外にいい収穫もあった。

 皆にも報告しなくてはな……あっ。


「そうだ。ミランダに言わないといけないことがあったんだ」


 忘れていた。家賃。

 お金は大事なのだ。


「え、何……リーダ!」


 ヘラヘラ笑っていたミランダが、突如真顔になる。


「後だ!」


 それと同時に声を上げたスライフが、こちらに高速で飛んできてオレに向かって手を伸ばす。

 後?

 バッと後を向いたオレの眼前に、巨大な人の顔があった。

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