第564話 あっとう

 逃げていったヴァンパイアのズウタロスを追う。

 オレは両手持ちの水鉄砲。

 ミランダは魔改造聖水を棒状に凍らせた物。

 スライフに至っては、魔改造聖水をソフトボール位の大きさにした球体。

 しかも、それを何個か作って浮かせている。

 見てくれは悪いが聖水の効果は抜群。ぶつけてしまえばイチコロだ。

 あんな弱点なさげなフレッシュゴーレムより、よほど優位に戦える。

 ズウタロスが逃げた先、部屋から伸びる通路は一本道だが延々と続く。

 とにかく急ぎ追いかける。

 というのも……。


「あいつ泳いでないか?」

「そうねぇ」


 オレ達の背後は、進みつつミランダが通路を氷で塞いでいる。

 本来ならば、足止めには十分な分厚い氷の壁。

 だが、そんな氷の壁に、赤く色を変えたフレッシュゴーレムは飛び込んだ。

 そして、スピードこそ遅いが、まるでクロールするように氷を溶かしつつ追ってくる。

 走るスピードを落とすとすぐに追いつかれるだろう。


「あと、あいつ体が燃えてないか? チラチラと炎が見えるけど……トロールって火によわいんだよな」

「体に高熱を纏い氷を溶かしている。自らの回復能力と、エピタフの発火能力を上手く制御し、バランスをとっている。応用力もあり、知性を感じる」


 スライフが感心した様子で、追ってくるフレッシュゴーレムを評価する。

 あぐらを組み、宙に浮いて後を向いたスライフは、感心したように頷いている。

 本当に緊迫感がないな。こいつら。

 それに、この一本道な廊下も結構長々と続く。

 追ってくるフレッシュゴーレムが、少しでもスピードアップしようものなら追いつかれる可能性が、大だ。

 そうしたら、どう対応したものか……。

 迎撃するなら、回復能力を超える一撃が必要になる。

 火柱は……ダメだ。サラマンダーのエピタフとやらが火柱を操る可能性がある。

 となると、タイマーネタくらいか。

 魔導弓タイマーネタの大火力なら、肉片残らず吹き飛ばせそうだ。

 でも、タイマーネタをぶっ放すスペースが無いな。どこか広い場所に出た後なら試す価値はあるだろう。


「何か良い方法うかんだ?」


 オレが考えていると、ミランダがのんびりと質問を投げてきた。

 相変わらず、彼女は困った様子を微塵も見せていない。

 まるでスケートするように、地面を滑る足取りも軽やかだ。


「考え中、ミランダは?」

「無いわねぇ……昼間だったら、あるにはあるけど、夜明けにはまだ時間あるから」

「トロールが火を操れるとはな……弱点が無い。我が輩には対処不能だ」

「でも、大丈夫よ。さっき、リーダが言ったとおりズウタロスを始末しましょう」

「それが賢明だろう。幸い、あと少しだ。あのヴァンパイアは動いていない」


 そのスライフの言葉を聞いた直後、ドーム状の場所へ出た。

 やや広めなその部屋には、雑多にいくつかの机が置かれていた。

 それから中央には巨大な円柱が置いてある。淡く赤く輝く円柱だ。


「困ったものよね。もう一体いる」


 ミランダが部屋の片隅を見て声をあげる。

 フレッシュゴーレムがもう一体いた。


「目の前の方は、エピタフが異なる。ウンディーネか」

「ズウタロスがいない」

「やつなら上だ」


 上?

 赤い光が沢山見える。よく目をこらすとそれは大量のコウモリだった。


「あのコウモリ?」

「分割して存在している」


 水鉄砲で一撃だと思っていたのに、あんなに沢山いるのか。


「あれの本体ってどれ?」

「どれも何も、全て本体だ」


 チッ。

 どれか一体が本体で、それを倒せばおしまいというのを期待したのに。


「全部倒すしかないわね。どうしましょ」


 そう言いながらミランダが両手を振るう。

 待ち構えていたフレッシュゴーレムが氷に包まれるが、やはり凍らせたそばから解けていく。


「その氷で動きを封じる術……いつまで持つカネ。さぁ! ジョゼ、ピーノ! 殺してしまえ」


 合唱するように揃った声が、部屋中に響く。


「ズウタロス、死ぬ前に、せっかくだから教えて欲しいのだけれど」

「何カネ?」

「あれ、あの柱……巨大な遺物に呪い子の死体を捧げているの?」

「呪い子だけではない。他にも多くを捧げた。命をくべて、この地を魔力で満たす。それによって、ようやく動かすことに成功したのだ」


 何か考えがあるのか、それとも好奇心からか、ミランダは突然ズウタロスと会話を始めた。だが、襲いかかる2体のフレッシュゴーレムへの対処も、彼女は忘れていない。

 氷で何度も動きを止める。

 一度凍らせると、10秒ちょっとは動きが止まるようだ。

 巨大な氷に覆い、その分フレッシュゴーレムが自由になるまでの時間を稼ぐつもりらしい。この部屋が、大きめな事を最大限に利用しているという感じだ。


「スライフ、あの天井にいるコウモリ全部に、聖水ぶつけられる?」


 氷で動きを封じきれず襲いかかるフレッシュゴーレムは、かろうじて避けることができた。避けながら上を眺め、余裕そうなスライフに声をかける。


「不可能だ。数が多く、動きも速い。我が輩でも、そこまで自由に水を操れない」

「そっか。ウンディーネ……いるかな」

「すでに、ウンディーネの力を感じる。エピタフを抑えている。助力が無ければ、我が輩の水玉はすでに破壊されているだろう」


 残念だ。

 ウンディーネもすでに力を貸してくれているのか。

 さて、オレにも自力では無理だよな。

 グッと押し込むとピュっと水が飛び出す……この水鉄砲はオモチャみたいなものだ。

 仕方が無い、とりあえずフレッシュゴーレムを倒そう。

 念の為、いろいろ考えていて良かったよ。

 こいつらと来たらお気楽すぎるからな。

 特に、ミランダの奴は楽しくお話しながら戦っているし。頼りになるのは自分だけのようだ。


「魔導弓タイマーネタか!」

「そうそう。こいつで、フレッシュゴーレムを吹っ飛ばしたいんだけど、これ動かせる?」

「我が輩には起動の資格が無い」

「いや、発射はオレがやる。狙いをつけて欲しい」

「了解した」

「ちなみに、学生とかいないよね? 間違えて貫いたりしたら不味いんだけど」

「学生は上だ。上層部分に数名いる」


 良かった。隣の部屋にいるよ……なんて言われたら怖くてぶっ放せない。


「あと、ここでコイツを使っても、部屋が倒壊とかしない?」

「問題無い。もし崩れるような事があっても、我が輩が地上まで送ってやる」

「それから……」

「まだ何か?」

「ウンディーネを助ける方法はない?」

「エピタフの……か? どうせこの世でウンディーネを破壊しても、水の元素界へと帰還するだけだ。気に病む意味もない」


 そうなのか。ウンディーネごと殺すことが嫌だったが、それなら多少は気が楽だ。


 巨大な弓であるバリスタを模した石像……魔導弓タイマーネタを、スライフは軽々と抱え上げて断言してくれる。心強い。

 次にミランダが、フレッシュゴーレムを凍らせたタイミングで撃ち抜けそうだ……と思った直後にチャンス到来。

 ピシリという音と共に、フレッシュゴーレムが凍り付く。


「ラルトリッシに囁き……」


 即座にキーワードを呟き、水鉄砲を腋に抱えて手を動かした。


『ゴォォォ……ン』


 タイマーネタの先端から、巨大な光線が轟音を響かせた。

 超強力な一撃が、フレッシュゴーレムの一体を軽々と消し去る。あと、残り一体。

 それにしても、やっぱり凄いなタイマーネタ。

 後に残ったのは大きくえぐられた部屋の壁だけだ。


「な、何事カネ、それは何カネ」

「さぁ。でも、お前は、気にする必要はないわ。準備は終わった。これでおしまい」


 驚きの声をあげたズウタロスに対し、ミランダが今までとは違う声音で言い放つ。

 次の瞬間、辺りが白くかすみ寒くなる。


「吹雪か!」

「ご名答。吹雪の雪に聖水をからませた。この部屋中に、吹き荒れる小さな吹雪を相手にして、どこまで耐えられるかしら」


 コウモリがボトリと音をたてて落ちた。

 何匹も、何匹も、雨のように落ちてくる。落ちたコウモリは黒い霧となってすぐに消える。


『ガラン』


 そんな時、部屋の片隅にあった木箱が音を立てて動いた。

 見ると、ズウタロスが這いながら木箱に身を隠す姿が見えた。


「なるほど。体が大きければ、吹雪にある聖水は耐えられるか……」


 スライフがフワリと逆さになった木箱に近づき言い、そして中に浮かせた聖水を剣の形に変え突き刺した。


「倒した?」

「手応えがあった。終わりだ」

「あっちも終わりね。私が手を下すまでも無かったみたい」


 スライフが断言し、ミランダは残るもう一体のフレッシュゴーレムを見て笑う。

 もう一体は、炎に包まれていた。

 火だるまになったフレッシュゴーレムから、何かが飛び出してくる。

 サラマンダーだ。


「ガルルガル」


 サラマンダーは、吠えながらスライフの周りを駆け回った。

 終わってみれば、楽勝だった。

 なんだかんだと言って、ミランダにスライフ、二人とも強くて心強いな。

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