第548話 なをなのれ

 また飲んでるよ。

 玉座に座った王様は、やりたい放題やっている。

 ノアが挨拶の言葉を言っている間も、静かに近づいた女性から壺を受け取り、中身をグイっと飲んでいた。


「白の中の白、始まりにして、無垢な月。かような美しき時に、偉大なる王にお目通り願えた事、一人の民として喜びに打ち震えております。まず、始めに私の事から。先に紹介していただきましたとおり、ギリアの民ノアサリーナでございます。後に控えるのは、私の信頼すべき僕達……名は筆頭リーダより語らせます」


 予定通りに、ノアの挨拶が終わる。


「よかろう」


 何か言うかと思ったが、ノアの挨拶が終わり、次に促すようなセリフを王様は口にした。


「ノアサ……」


 予定通りに、オレと同僚、そして獣人達3人の紹介をオレがする。

 ……はずだった。


「いや、まて……」


 だが、オレが予定通りのセリフを口にしかけた時、王様が言葉を挟んだ。

 次はなんだ?


「ノアサリーナ……お前の僕は8人だったはずだ。なぜ7人しかおらぬ?」


 そして、そんなことを言い出した。

 え?

 予想外の言葉に、チラリと振り向く。

 あれ? 皆いる。

 8人だ。


「王よ。8人、確かにおります」


 王様の横にいるプリネイシアも8人いると言う。

 だが、王様は納得しない。


「いーや。ヒィック。7人しか、いない。よぅし、誰が居ないか、当ててやろう。一人一人、立ち上がり、名を名乗れ!」


 うわぁ。アレだ。酔っ払い特有の絡みだ。

 これだから、酔っ払いは嫌なのだ。というか、周りの人もなんとかしてほしい。

 だが、相手は腐っても王だった。

 誰も逆らう者はいなかった。


「リーダ。其方から、順に立ち上がり名乗れ」


 そして、仕方ないとばかりに、サルバホーフ公爵がオレ達を見て言った。


「ノアサリーナ様の僕、リーダでございます」


 付き合いきれない気持ちで一杯だが、言葉少なく自己紹介する。


「ノアサリーナ様の僕、カガミでございます」


 オレの言葉に習って、皆が名前を名乗る。


「ピッキー君達は、私達の真似をしてね」


 カガミが後にいるピッキー達にかけた小声が聞こえる。


「ノアサリーナ様の僕、ミジュ……ミズキでございます」


 ミズキが少し噛んだが、自己紹介は次々進む。


「ノアサリーナ様の僕、ピッキーでございます」


 だが、自己紹介はそこで終わる。

 無言の時が過ぎた。


「あぁ……ん、どうした?」


 王様の小さい声だが、はっきりした声が、静かな空間に響く。


「と、と……隣の者は、トッキーで、その隣はチッキーです。ノアサリーナ様の僕です」


 そして、続けてピッキーの言葉が響いた。

 何があったのだと、チラリと後を見る。

 トッキー……。

 しくじった、この可能性は考慮すべきだった。

 トッキーはガクガク震え、パクパクと口を動かしていた。

 チッキーはかがんだまま、トッキーを不安そうに見ていた。

 緊張。

 来る時から緊張していたのだ、この大舞台で、声が出ないのだ。


「なぜ、お前が名乗る?」


 ピッキーの言葉を受けて、王がドスの利いた声で聞き返した。


「トッキーは、声がでないから……」

「んあぁ? なぜ、お前が! お前が名乗る!」


 ピッキーが弁明しようとするが、王様は許さないとばかりに、酒の入った壺を片手に玉座から立ち上がり大声をあげる。

 どうする?

 自問自答する。放置してはおけない。


「だって、おいらはお兄ちゃんだから! トッキーを守らないと!」


 オレが考えていると、ピッキーが張り裂けんばかりの大声で、王様に答えた。


「ピッキー……」


 カガミの呟きが聞こえる。


「あ? おいら……? おいら? 王に対し、田舎者の言葉を使うか」


 だが、ピッキーの想いは王へ届かない。

 ヒャハハと、おいらというピッキーの言葉使いを馬鹿にしたように王様は笑う。


「えっ……あの、わ、私……」


 あわてて、ピッキーは言い直そうとするが、ドスンと尻餅をついて、そこから先の言葉が続かない。

 さらに悪い事に、とても小さいが、周りからクスクスと笑い声が聞こえだした。

 不味い。

 放置しておけない。


「改めまして、私がノアサリーナ様の筆頭奴隷リーダでございます。次に、カガミ、サムソン……プレイン……」


 ここは誰かが引き受けるべきだと判断する。

 先は見えないが、オレは先ほどより遙かに大きな声で、自分と同僚達の紹介を一から始めた。

 周りの視線が、ピッキーからオレに移ったのが分かり、安心する。


「何故……」


 王様の声が聞こえるが、無視だ。無視。


「そして、ピッキー、トッキー、チッキー。以上8名が、ノアサリーナ様の忠実な僕にございます」


 そしてオレは、全員分の紹介を言い終える。


「聞こえぬのか!」

「なんでございましょう」

「何故、お前が名乗る?」

「はい。私は、ノアサリーナ様の筆頭奴隷でございます。ピッキーよりも私が適任であると判断いたしました」

「なにぃ? 一人一人立ち上がり名乗れと言ったであろう?」

「あぁ。申し訳ありません。あの言葉はサルバホーフ公爵からの命令でございました。ですので、公爵様の命令よりも、何故ピッキーが名乗るのかという、王の言葉への対応を優先し、態度で示しました」


 我ながら、無茶な言い訳だが、関係無い。

 オレの目的は、ピッキーからオレ自身に皆の注目を集めること。事をうやむやにして次の段階に進めることだ。

 ピッキーもトッキーも、あのままにはしておけなかった。

 放置しておけば、二人は潰れてしまう。

 こんなクソみたいな場面で、クソみたいなパワハラで、大事な仲間がダメになって欲しくはないのだ。

 内心で目的を、褒美を貰うことから、仲間を守り、この場を切り抜けることへと変更する。

 まず第一弾は、皆が立ち上がり名乗るという状況から、オレが全てを引き受ける状況を作ること。そこに絞る。そこから先は、あらためて考える。

 切り抜ける方法を考えつつ、行き当たりばったりでも、言葉を続けしのぐのだ。

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