第547話 おさけ

 目の前に広がるのは、巨大な一室だった。

 元の世界でいえばドーム球場くらいの大きさ。数十本もの巨大な柱に支えられた一室。

 床は入り口からまっすぐ遙か先まで、赤い絨毯が敷かれ、天井からは沢山の巨大な旗が吊り下げられていた。

 視線の先、突き当たりは階段状になっていて、その先には巨大な椅子……玉座が見える。

 すでに多くの人が集まっていて、絨毯の道を挟みこむように、整列していた。

 先ほどのパレードで見た騎士団の姿もある。

 数多くの人が、一糸乱れぬ様子で整列している姿だけで、相当な威圧感があった。

 左右、遠くに見える沢山の窓から差し込む光に、真っ赤な絨毯が照らされる。

 静かで、厳かな空間。それがヨラン王国……国王へ謁見する場所だった。

 そんな神秘的にも感じる部屋に敷かれた赤い絨毯の道を、トロラベリアと兵士に誘導されるように進む。

 しばらく進むと背後で音がした。

 チラリと後ろをみると、途方もなく巨大な扉が、ゆっくりと閉まっていく様子が目に映る。

 予想外だ。

 こんなに多くの人に囲まれて謁見するのか。

 とても幅が広く赤い絨毯を進むのは、オレ達だけ。

 ノア、その後にオレ、さらに後にカガミを始め同僚達。同僚達の後には獣人達3人が続く。


『コツ……コツ……』


 静まり帰った空間で、オレ達の足音がひどく際だって聞こえた。

 そして、絨毯の色が変わる部分まで進み。練習通り、オレ達は跪く。

 絨毯の敷かれた階段がその先には続く、10段は軽く超える……20段? いや30段はあるかな。さらに先に黄金に飾られた巨大な玉座があった。

 遠くから見えた巨大な椅子だ。

 王が静かに片肘をついて座っている。

 パッと見、王は痩せた男だった。

 だが、細かく観察する間も無く、オレ達は跪く。


「偉大なる王よ。世界にて並ぶことなきヨランの王よ。ここにギリアの民ノアサリーナを連れてまいりました。是非とも、一時、栄光の時をお与え下さい」


 俯いたオレに、トロラベリアの声が聞こえた。

 リハーサルどおりだったら「許す」と王が言うから、そこで頭を上げるんだったよな。

 練習した内容を思い出し、王の言葉を待つ。


「許す」


 予定通り、王の言葉があり顔をあげる。

 初めて見る大国ヨランの国王。

 痩せて手は震え、灰色の長髪はボサボサ、宝石があしらわれキラキラと輝く王冠はすぐにもズレ落ちそう……それが、王様の第一印象だ。

 そして、その目はうつろで、モノクルという名前だったかと思うが、片目だけのメガネをしていた。


「げふぅ」


 そして、オレが王様の姿を見ている最中、小さいが静かな部屋では隠しようのない、ゲップをした。

 酔っ払い。

 そんなキーワードが頭をよぎる。

 どう見ても酔っ払いだろ、あれ。

 考え出すと、そうとしか思えない。よく見ると、王の足下には口の細い壺が落ちていて、赤い液体がこぼれていた。

 さらに王からやや離れて横には見たことのある人。

 あれ? プリネイシアじゃないか。

 ギリアにやってきた服職人。職人仲間に忘れ去られ、置き去りにされてしまったお婆さん。彼女が杖を持ってすまし顔で王の横に立っていた。

 さらに、玉座に続く階段の途中には、サルバホーフ公爵の姿もある。彼の向かい側にもローブ姿の男が立っている。そして、オレ達の両サイドには、無表情で整列する豪華な鎧を着込んだ騎士に、立派なローブを着た魔法使い達。

 あの王様の態度……誰も、何も言わないのか。


「初めてお目にかかります。ギリアの領民ノアサリーナでございます」


 周囲から見つめられる中、ノアの挨拶が始まり、予定通りのセリフが続く。


「白の中の白、始まりにして、無垢な月。かような美しき時に、偉大な……」

「はぁ?」


 だが、ノアが挨拶をしている途中で、王様がいきなり声をあげた。

 よく見ると、いつの間にか王様の側に黒い鎧を着た人が跪いていて、何かを報告した様子だった。


「如何なされましたか?」


 王様の言葉に反応して、サルバホーフ公爵が声をかける。


「ノアサリーナが、望んだ褒美……モッティナが死んだそうだ。用意した一匹だけではない、およそ王都で手に入るモッティナは全部が全部、死んだそうだ」

「なんと……」

「はっ。呪い子が望むから、死んだのだろう。呪いとは怖い。怖いものだ……なぁ。ヒャハハ」


 何が楽しいのだか。王様が、楽しそうに笑う。

 死んだ責任をノアに押しつけて、胸くそ悪い。


「では、モッティナは、日を改めて……」

「サルバーァホーフ! お前! 王に! 褒美は用意できませんでしたと、頭を下げろというのか?」

「そういうわけではありません。死んでしまったとなれば、仕方の無い事かと」

「はん! つまらぬ。あぁ……そうだ! 良い事を思いついたぞ! 代わりにアレをくれてやろう」

「アレとは?」

「カーバンクルだ! カーバンクルを持ってこい!」


 王が言ったモッティナの代わりにカーバンクルを渡すという言葉。

 その言葉に、辺りがざわめく。

 カーバンクル?

 ゲームで出てきたな。額に宝石がある奴だっけかな。


「恐れながら王よ。いかに褒美となるモッティナが死んだからと言って、たかだか脚本の褒美に、国宝であるカーバンクルを渡すというのは……」


 辺りがざわめく中、サルバホーフ公爵の向かいに立っていた人が、王様に一段近づき、声をかけた。

 カーバンクルって国宝なのか。

 確かに、買おうと思えば手に入りそうなモッティナの代わりとして、国宝というのは口を挟みたくなるよな。

 本当に……王様、悪酔いしすぎだろ。

 今の言動なんかも、酔っ払いのソレだ。


「では、カルサード。お前に、やろうか? カーァバンクルゥを!」

「いえ。滅相もありません」

「んん? どうした? 国宝だぞ。国宝。ヒャハハハハ」


 そこまで王様は言うと、早足で近寄ってきた黒い鎧姿から何かを受け取り、ノアの足下へと投げ落とした。


『ゴクリ』


 静かな部屋に何かを飲み込む音が響く。

 ノアの足下に落ちた黒い塊に目を奪われていたので、よく見ていなかった。

 音のした方……玉座を見ると、王様は立ち上がり、地面に落ちた壺を拾い上げ、中の物をゴクゴクと飲んでいる姿が見えた。

 困惑し動けないでいるノアを放置して、王様はグルリと辺りを見回す。


「持ち主が次から次へと不審な死を迎える……呪われたカーバンクル。誰か望む者はあるか!」


 そして、片手に持った壺を振り回し、王様は辺りを見回し叫んだ。

 だが、誰も何も言わない。

 反応が無いことを確認するかのように、王様はもう一度、周りを見回した後、言葉を続ける。


「呪われたカーバンクル! ウィーックッ……そこが呪い子にふさわしいではないか! 呪い子に、呪いの品。薄汚く呪われた者同士、お似合いであろう!」


 先ほど飲んだ酒を、口から垂らし、そう王様は言った。

 何を言っても無駄といった感じだ。

 オレの受けた印象と同じ印象を持ったのか、カルサードと呼ばれていた人も苦笑し、一歩引いた。

 当の王様は、満足したのかドスンと玉座に再び腰掛け、ポイと手に持った壺を投げ落とす。

 ゴロゴロと音をたて、僅かに残った酒をまき散らしながら、壺は階段を落ちていった。

 それにしても、この王様、やりたい放題だ。

 態度が悪い、嫌な感じしか受けない。


「……どうするぅ?」


 ロンロがオレの元に飛んでくる。

 どうするも何もオレ達は予定通りだ。


「とりあえずは、練習どおりに……と、ノアに伝えて」

「了解ぃ」


 そう言うと、ロンロはノアの元へと飛んでいく。

 コクリと頷いたノアは、不穏な空気の中、練習通りの挨拶を進めた。

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