第541話 しばいごや

「似合ってる。似合ってる」


 次の日、ミズキが嬉しそうにチッキーの頭を撫でた。

 3人に用意された子供用の神官服は確かに似合っている。

 ケルワッル神を示す赤いラインが特徴的な神官服だ。


「私達が案内したほうがいいって事になったんだ。ほら、ケルワッル神官だけが一緒だったらズル……モガッ」

「あの、王都は広いから。それと、ご迷惑であれば帰りますので、おっしゃってください」


 ついでに一緒に家に来た3人の神官が、当番制でオレ等の案内をしてくれるという申し出があった。

 今日は二人の子供。エルフの女の子がラタッタ。そして、彼女の口を押さえて、余計な事を言わないようにしている男の子がグンターロだったかな。


「有名な劇場だったら……こっちだよ。この辺ならさ、もう目をつぶっていても行けるってもんよ」


 偉そうにラタッタは言った。

 彼女の案内でたどり着いた劇場、大きく年季の入った石造りの建物だ。竪琴を構えた女性の彫像が目を引く。立て看板が沢山並んでいるが、あれが演目なのかな。


「そこはダメです」


 ところが一軒目、ヌネフがフッと現れて、オレに呟いた。

 目の前の劇場は、悪意に満ちているらしい。

 ノアの側をトコトコと歩いている子犬のハロルドを見ると、ヌネフの言葉にコクコクと頷く。

 常に危険に溢れているな王都。


「ここは、やや危険に感じます」


 ヌネフとハロルドの忠告だ。素直に従うのみだ。


「そっかぁ。そんな風には見えないけどな」

「でもリーダ様が言われることです」


 2人に伝えると、また別の所を案内してくれることになった。

 ところが、2軒目もアウト。


「ここかな。まっ、劇場というより、芝居小屋かな」


 3件目にして、ようやく悪意の無い芝居小屋を見つけることができた。

 そこは芝居小屋という言葉が似合わない、立派な木造の建物だった。

 威圧感のある建物。一昔前の映画館を思わせる大きな入り口の陰に、なにやら歓談している人影が見える。


「ここは王都でも有名な劇団が運営している芝居小屋なんです」

「有名すぎて、お高くとまってるんだけどな」


 2人がそういうだけあって、芝居小屋に併設された厩舎へと続々と入っていく馬車は豪華なものが多かった。

 貴族御用達といったところかな。


「では、少し演目をきいてきます」


 グンターロ達がオレ達にペコリと頭を下げて芝居小屋に駆け込んでいく。

 そして、2人は芝居小屋の職員と共に戻ってきた。

 意外な提案と共に。


「え? ノアサリーナ様と……私が……ですか?」

「左様でございます」


 2人と一緒に近づいてきた芝居小屋の職員が、頷き言葉を続ける。


「本日行う2つの演目。1つがノアサリーナ様のご活躍のお話、もう一つがリーダ様が手がけられた脚本によるもの。ここは1つ、挨拶を願いたいのです」


 挨拶をして欲しい。いきなりの提案に困惑するオレに、職員は腰から手のひらサイズの板を取り出し、何かをガリガリと書き出した。

 そして、ひとしきり何かを書いた後、オレに見せて読み上げる。


「ヨラン王国に名を轟かせるジットラ劇場。栄光あるこの劇場に、新たな夢ある物語が刻まれます。本日は、聖女と名高いノアサリーナ様、そして、王も認めた脚本家リーダ様が、足を運ばれました。本物に見つめられる中の公演、少しばかり緊張しますが、これは幸運。皆様、一層の応援と厳しい言葉を……このような言葉でいかがでしょう?」

「その後に、私とノアサリーナお嬢様が挨拶を……と?」

「左様です。挨拶と言いましても、支配人がこのようなセリフを言った後で、立ち上がりお辞儀して頂くのみで良いのです」

「お辞儀するだけなのですか?」

「左様でございます」


 タイミングを合わせて軽く頭を下げるだけ。

 それだけで、特等席で観劇できて、しかもタダでいいと言う。悪い話ではないなと了承する。


「では、こちらにてゆるりとご鑑賞ください」


 職員はオレ達を席に案内すると、静かに去って行った。

 そこは、吹き抜けになった巨大な建物のちょうど3階相当の部分に用意された席。

 この劇場は、1階中央に設けられた舞台を取り囲むように席を設置する作りだった。

 吹き抜けは天井まで続き、天井には3つの光球が舞うように動いている。

 オレ達の席は、3階相当にある小さな部屋。ただし舞台の方向には開けていて、木製の柵がもうけてあった。

 部屋には、椅子に小さなテーブル。そのテーブルには、小さなベルと木製の板が置いてある。

 板には演目と、ベルを鳴らすと職員が来るという文章。

 職員に頼めば飲み物などの手配をしてくれるらしい。雰囲気のある空間に、カガミが喜んでいる。


「まるで映画の中にいるみたいだと思います」


 彼女は小声で言い。カーテンを触ったり、身を乗り出して舞台を眺めていた。

 いつもの落ち着きはどこへやら。大はしゃぎしている。


『ガラーン……ガラーン……ガラーン』


 雰囲気のいい席に盛り上がっていると、鐘の音と共に「ようこそ、ジットラ劇場へ!」と、支配人の挨拶が始まった。


「最初に、支配人の挨拶、それからノアノアとリーダの挨拶で……それから、温泉と小部屋だっけ?」


 支配人の挨拶が進む中、ミズキが小声で聞いてきた。


「らしいね」


 オレも小声で応じる。

 今日の演目は、温泉と小部屋という物語と、涙と織物という名前の物語だ。

 オレが書いた鶴の恩返しは、涙と織物という名前で上演されるらしい。

 支配人の挨拶が終わり、パッとオレ達の席に光が差す。

 控えめな光が当たる中、オレとノアは席を立ちお辞儀する。

 そして物語が始まった。


「温泉を温める話か……」


 最初の演目は、ギリアの温泉を温める話だった。温泉を巡ってケルワッル神官やら、貴族や商人とせめぎ合うお話。

 オレ達は、そんな人達と争った憶えは無いが、温泉をめぐる駆け引きが加わったコメディタッチの面白いお話だ。最後は小部屋……ロープウエイに乗って皆で歌いながら向かうシーンだった。


「リーダは……ムグムグ」


 熱中しすぎたノアがついつい大声を上げてしまい、ミズキに口を押さえられてしまう。

 先ほどから演劇よりも、ノアのリアクションが面白い。

 足をバタつかせたり、両手で顔を覆ったり、すごく熱中しているのがよく分かる。

 ピッキー達も、さきほどからポカンと口を開けっぱなしだ。こうやってみると3人は兄妹だとよく分かって面白い。


「悲しいお話でした」

「うん」


 演目が全て終わった後、皆の刺すような視線を浴びて外にでる。

 2本目である鶴の恩返しは、大幅に改変されていた。

 鶴の代わりに、両手が鳥の羽をした海上の住人セイレーンが登場し、セイレーンと漁師の悲恋物語となっていた。

 そのセイレーンが歌うシーンがあったのだが、それがアニメの主題歌に似ていたので笑っていたら、皆に睨まれた。


「あの、先輩……皆、泣いているっスよ」


 そのプレインの一言が全てを表していた。

 空気が読めなくてごめんなさい。

 それにしても、演劇を間近で見ると迫力が違って面白いな。

 でも、オレが書いた脚本と大幅に違っていた……どうしてだろ。

 まっ、どうでもいいけど。

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