第534話 いつだってれんしゅうはたいへん
王都に到着し、その翌日。
観光気分のオレ達だったが、なかなか世の中うまくいかない。
「其方ら、何のために早く来たと思っているのだ?」
観光の為に準備をしていたところ、馬車で乗り込んできたラングゲレイグに何故かオレだけが怒られた。
「えっと……観光?」
迂闊に口にしたオレの一言がきっかけ、ある意味自業自得。
「馬鹿者。準備には時間はあればあった方がいい。だから急いだのであろうが」
最近、ラングゲレイグがオレに対して、どんどん遠慮がなくなってきている。
他の奴らに対してはある程度丁寧なのに、オレに対しては馬鹿だと言ったり、首をはねると言ったり、親しき仲にも礼儀ありだろうが。
もっとも、相手は領主だ。口が裂けてもそんなことは面と向かって言えない。
まったく身分制度は、めんどくさい。
「だが1日にして……ここまで、進めるとは、さすがだな」
ラングゲレイグはひとしきり小言を言った後、綺麗に片付いた館の様子を見て呆れたようにぼやいた。
そしてオレ達に向かって言葉を続ける。
「館の一室は空けておけ。改装して練習用の場所を作る。今日からさっそく謁見の練習をする」
そう言ってパッターナという人をオレ達に紹介した。
腰が曲がって大柄なおじいさんだ。巨体に似合わず線の細い優しそうな人だ。
彼が門番及び館の使用人、そして立ち居振る舞いの先生になるという。
さぁ、観光だと思っていたにもかかわらず、観光はお預け、代わりにセリフの練習だ。
仕方が無い。これも金貨1万枚のためだ。
「偉大なる王よ。世界にて並ぶことなきヨランの王よ。ここにギリアの民ノアサリーナを連れてまいりました。是非とも、一時、栄光の時をお与え下さい」
謁見は、オレ達を王の前まで案内した人が、このようなセリフを言って始まるそうだ。
このセリフの後、王は「許す」と言うらしい、それからノアのセリフだ。
流れは、セリフも含めて全てが事前に決まっている。
本当に、ただのセレモニーなのだなと思った。
「白の中の白、始まりにして、無垢な月。かような美しき時に、偉大なる王にお目通り願えた事、一人の民として喜びに打ち震えております。まず、始めに私の事から。先に紹介していただきましたとおり、ギリアの民ノアサリーナでございます。後に控えるのは、私の信頼すべき僕達……名は筆頭リーダより語らせます」
ノアが用意された木札をみて、たどたどしくセリフを言う。
パッターナは、ノアの読み上げたセリフを聞いて大きく頷き、カチャリと音を立て次の木札を取り出す。
次は……オレのセリフだ。
「ノアサリーナ様の筆頭奴隷リーダでございます。次に、カガミ、サムソン、プレイン、ミズキ。そして、ピッキー、トッキー、チッキー。以上8名が、ノアサリーナ様の忠実な僕にございます」
ノアに比べてオレのセリフはあっさりしたものだ。
その後は、王様の側仕えから、王様のありがたいお褒めの言葉の読み上げがあるという。
それが終わるとまたオレのセリフ。
「この度は、私の脚本に目を留め、我が主にお言葉を賜る栄誉、そして場を与えて頂き、言葉に尽くせぬ感謝でこの心は満ちております」
こんな心にもないセリフを、オレは言うことになるそうだ。
次に王様が「望む物はあるか?」と聞いてくるので、褒美として希望するものをオレが言う。これは事前にリストにしたものを、胸元から取り出し読み上げるだけでいいらしい。
オレがリストを読み上げると、王は「よかろう」と言い、最後に王の側使えが「謁見は以上である。王はお前達との時間に満足された。下がれ」と言って謁見はお仕舞いらしい。
終わったら、迎えが来るので指示に従えば大丈夫だという。クソ面倒だ。
「リーダ。お前、大変だぞ」
一通り終わり、サムソンが他人事なコメントを投げてくる。
言われるまでもない。殆どがオレのセリフだ。
「ノアもぉ、大変なのよ。季節の挨拶は、リズムが大切なのぉ」
確かに、ロンロの言う通りだ、ノアも大変……なんたって、初っぱなの挨拶だしな。
「白の中の……、かような……」
そんなノアは、小声で挨拶を練習していた。
「もぅ。パッパとお金だけくれればいいのに」
そうだよな。オレもミズキの意見に賛成。
とは言っても、謁見というクソ面倒くさいセレモニーが無くなる事は無い。
初日はセリフの反復練習。
翌日は館の一室を改装して練習用の場所を作った。
職人たちが大勢入り込んで部屋の調度品を撤去し絨毯を敷く。
あっという間に改装は終わり、練習するスペースができた。
元々広間として使っていたスペースを改装して出来た練習場所は、広々とした何もない空間だ。よく見ると床に敷かれた絨毯は濃い赤と深紅の2色に分かれている。
「実際の場所はもっと大きなスペースになります。では、謁見にかかる大まかな流れを説明いたします」
練習場所が完成すれば、セリフ以外の、リハーサルしながらの練習がはじまる。言葉だけではなく、作法も大事なのだ。
パッターナが、部屋の外にオレ達を連れ出し説明を始めた。
新年の祝賀で一通りの定められた儀式が終わった後、オレ達が呼ばれるらしい。
それまでは控え室で待つそうだ。
案内役の人が控え室に呼びにくるので、呼ばれたらノアが先頭で、オレ……カガミと順番に歩いてついて行く。
リハーサルでは、練習スペースとなる広間に続く通路を控え室代わりとして使用する。
「では、実践してみましょう」
練習スペースへ繋がる扉の前で、パッターナが大まかな流れを説明した後、そう言った。
「ここで止まればいいのですか?」
練習スペースに入りゆっくりと進む。
それから、ノアが絨毯の色が変わった部分で歩みを止め質問した。
「左様です。これは謁見の間でも同じです。絨毯の色が変わってる部分がありますので、そこから先に進まないようにしてください」
「わかりました。ここで跪くのですね」
「そうでございます。大変飲み込みが早く嬉しく存じます」
ノアの満点の回答に、パッターナは説明している間、ずっと笑顔だった。
それにしても……セリフに、入場の仕方から退出の仕方まで、ガチガチで気が思いやられる。
そんな一から十まで決まっている謁見の練習が、2日ほどあって、3日目。
「あまり根を詰めるのもよくありません。ノアサリーナ様も、せっかく王都に来られたのです。今日からは半日だけ練習することにしましょう」
そんな、嬉しい提案がパッターナからあった。
一も二も無く了承する。
ようやく王都の観光だ。せっかくはるばるやってきた王都だ。遊ばなきゃなやってられないのだ。
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