第二十六章 王都の演者

第533話 さかながおどる

 緩やかな丘に広がる草原を2日ほど走った後、ポツポツと家が見えてきた。

 加えて大きな畑に、山羊や羊達の姿も見える。


「あれ、何?」

「白い……山?」

「あれは白雲です」


 進行方向の先、地平線の端に白い線が見えた。

 なんだろうと思って眺めていたらピッキーが自信満々に言った。


「白雲?」

「王都を守る壁です。ラングゲレイグ様が教えてくれました」


 オレの目がおかしいのかと不安になる位白い壁、あれが壁か、すごいな。

 進むにつれ白い壁はますます近づいてくる。そして、その奥に見える巨大なお城も全貌が見えてきた。


「あの壁の先が王都なのですか?」

「そうだな。人によっては白雲の先が王都ヨランだという者もいるが、私はここからすでに王都と呼ぶべきだと思っている」


 続くラングゲレイグの説明で、王都は城を中心とした町を示すということ。白い壁……白雲の中にある都市の他に、白雲の外にも大きく分けて3つの町があることがわかった。

 3つの町は城壁こそ無いが、13ある砦によって治安は守られていると言う。

 その言葉どおり、さらに1日延々と進んでいくと白雲が間近となった。

 巨大で延々と続く白い壁だ。

 近づいて見ると、二重の壁で構成されていることがわかった。手前に低めの壁、奥側は高い壁。

 やがてオレ達は王都へと続く街道に合流し進んでいく。


「大きな門っスね」

「帝都にもね、同じくらい大きな門あったよ」

「へぇ。見上げると首が痛くなるね」


 そして巨大な門をくぐり検問を受ける。巨大な門に飲み込まれるような数多くの馬車や人々の全てを検問するらしい。システマチックに兵士が動き、テキパキと確認を進める様子は、まるで元の世界にあった空港を彷彿とさせ、大都市に来たのだなと感じる。


「ギリアの領主ラングゲレイグである」


 出迎えた兵士に向かってラングゲレイグは言った。

 オレ達は、それでおしまい。

 海亀の小屋から出ることなく白雲の中に入ることができた。

 チェックらしいチェックは無い。

 他の人達が、色々と聞かれたり、荷物のチェックなどを受けていたのと比べ大違いだ。

 こうして見ると、ラングゲレイグは偉い人なのだとわかる。

 門をくぐった先は、外とは全く違う街並みが広がっていた。

 密度が違う。建物も、人も。

 桁違いの大都市が広がっていた。


「芋~、芋~、ふかし芋~」

「遠く離れたテソノアの水! いつまでも美味しい、テソノアの水~」


 ガラガラと響く馬車の車輪の音、雑踏の中、物売りの声が響き渡る。

 至る所で楽器を弾いて歌う人達もチラホラ見かける。服装から吟遊詩人だと分かった。


「あまりはしゃぐな」


 巨大で、見事な建築物。

 そして象が引く巨大な馬車。

 華やかな町並みにオレ達が外へ出てはしゃいでいるとラングゲレイグに怒られた。


「申し訳ありません」


 オレ達を代表してノアが謝る。


「全く、我らが田舎者だと思われるではないか」


 ノアの謝罪に対し、小さくため息をついたラングゲレイグはそんなことを言った。

 まぁ、田舎者だしな。


「ノアサリーナ。其方が今見ていた建物は大神殿だ」


 とは言うもののラングゲレイグは、それ以上あまり口うるさく言わず逆にいろいろと案内しながら進んでくれた。

 ヨラン王国は、歴史があること、それに加えて歴代の王が在位中に1つ巨大な建物を作るため、巨大建築物が数多くあると言う。


『ガラーン、ガラーン』


 そうこうしてるうちに巨大な鐘の音色が響いた。


「もうこんな時間か」

「鐘の音で時間がわかるのですね」


 まるで帝国のアサントホーエイみたいだな。鐘の鳴る町といわれたアサントホーエイのように、澄んだ鐘の音が響く。


「そうだな、あれを見よ」


 ラングゲレイグが巨大な城を指差す。


「お城……真っ白で大きなお城ですね」

「城の側だ、飛空船が3隻飛び回っているだろう?」


 言われる通り飛空船が3隻飛び回っていた。ただの飛空船ではない。大きな鐘を吊した飛空船だ。


「鐘を吊しています」

「1日6回、あの飛空船は鐘を鳴らす。その鐘の音色に応じて、地区ごとが同じように鐘を鳴らし王都の時を知らせるのだ」

「なるほど。その鐘の音を参考に行動するわけですね」

「リーダ、其方の言う通りだ。王都に限らず巨大な都市には大抵は鐘が鳴る仕組みがある。いずれギリアにも鐘の音が響き渡る時が来るだろう。私は鐘の音は好かんがな」

「そうなのですね」

「まるで鐘の音に突き動かされてるような気がする」


 確かに時間に急かされるのは嫌だ。その辺はラングゲレイグと気が合う。寝たい時に寝て起きたい時に起きる。お腹が空けばご飯を食べる。これぐらいがちょうどいいのだ。

 朝6時に起きて、通勤電車に揺られて、ようこそ燃え上がる職場へ……なんて状況はまっぴらごめんだ。


「お魚? お空に、お魚が沢山いる」


 さらに、それから時を置かず空に魚の群れが飛んでいるのを見かける。

 大小様々な魚の群れが、ある時は頭上高くを、ある時はオレ達のすぐそばまで高度を落として、まるでこの辺りが海であるかのように飛び回る。

 高い日の光に照らされた魚の群れが作り出す影は、とても幻想的な雰囲気を醸し出していた。


「あれは王都の聖獣だ」


 聖獣なのか。すごい数だ。

 帝都の聖獣は一体の巨大な火の鳥だったが、ヨラン王国は大量の聖獣か……。

 聖獣がゴミを食べてくれるからなのか、街並みはとても綺麗だ。

 喧騒の中、高い日を浴びてオレ達は進む。

 そして一軒の館へと到着した。

 広い庭に、門番専用の家もある大きいがボロボロの館。庭の草は生え放題で、まるで廃墟のようだった。


「まいったな」


 その状況を見てラングゲレイグが忌ま忌ましげに声を上げる。


「ここは?」

「一族の所有する館のひとつだ。どうやら一族は其方達を歓迎するつもりはないらしい。代わりの館を手配する。しばしここで待て」


 オレの質問に、ラングゲレイグが困ったような顔で言う。


「別に私達は、この館で問題ありませんが……」


 どうせダメだったら海亀の背で過ごすのだ。別に住む場所はどうでもいい。

 そんなオレの思いが通じたのか、ラングゲレイグはほっとした顔でノアを見た。

 ノアもオレの言葉に小さく頷いた。


「ではその言葉に甘えさせてもらおう。この館は、広間を練習用の場所にするつもりだが、他は好きに使え、明日の朝、配下の者を送る。足りない物は明日以降に打ち合わせる」

「かしこまりました」

「私は用があるので、ここから立ち去るが、白壁の向こうに出ようとするな」

「はい」

「改めて入るのが面倒なのでな」


 そう言ってラングゲレイグは館の外へと駆けていった。


「ふぅ」


 そんな去って行くラングゲレイグを見て、ミズキが息を吐く。


「領主様がいるとさ、疲れちゃってさ」


 ヘラヘラとそんなことを言いながら彼女は海亀の背からピョンと飛び降りた。

 そのまま館の中へと走って行き、こちらを振り向く。


「どうだ?」

「掃除すれば何とかなるっぽい」

「そっか」


 オレ達も次々と海亀の背から降りて館を見回す。

 多少放置されているが、第一印象よりも酷い状況ではないようだ。


「草を刈って、部屋を掃除すれば全然問題が無いと思います。思いません?」

「好きに使えって言っていたし、掃除してここを使おう」


 海亀の背にある小屋もいいが、広々とした館もいい。

 そんなオレの心の声は、皆に通じたようで、全員が笑顔で了承する。

 立地もそんなに悪くなさそうだ。王都を進む間ずっと聞こえていたけたたましい喧騒もここでは静かなものだ。

 新年まであとひと月近くある。快適な生活が得られるなら、それに越したことはない。


「ではブラウニーさん達にお願いようと思います」


 早速ブラウニーを召喚し、掃除をお願いする。

 カガミ、ミズキとノア、そしてチッキー。

 女性陣4人がブラウニー達を指揮しテキパキと進む。

 日が沈む頃には、草は刈られ、部屋は綺麗になった。

 あとは海亀の小屋から、ベッドなど家具を移動するだけ。


「明日は観光したいスね」


 一仕事を終え、のんびり気分のプレインが楽しそうに言う。


「そうですね。大浴場とか行ってみたい思います。思いません?」


 積み重ねて山盛りになった雑草の塊、それを滑り台にしたりゴロゴロしている茶釜の子供達を眺めながら、茶釜をブラッシングしていたカガミも王都には興味津々だ。

 海亀の背から何冊かの本や、実験道具を抱えたサムソンもそれに頷いた。

 そうだな。明日は観光しよう。楽しみだ。

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