第490話 べっぴんさん

「ぶふぁ」

「ちょっとリーダ。動かないで」


 オレは今、揺れる飛行島の上で化粧を施されている。

 ノアとオレが、舞踏会に乗り込む事が決まった後、すぐに準備が始まった。

 オレのサイズに合わせて、カガミの服を適当に改造する。

 薄い青と白がベースのドレスだ。


「袖のヒラヒラが邪魔で、飯食う時は大変そうだな」

「舞踏会で踊るだけじゃん」


 こうやって着てみると、やたらとヒラヒラが多くて重い。

 加えて、変装の魔法を、より完全なものにするために触媒を用意する。

 カガミは、今回のためにバッサリと髪を切った。

 人の髪で作ったカツラ。

 ある意味、最高に天然な素材でカツラを作ると聞いたことがあったが、それを自分が被ることになるとは夢にも思わなかった。

 しかも、すぐそばにいる人間の髪の毛で作ったカツラを被ることになるとは。

 とても微妙な気分だ。

 加えて、カガミがいつも使っている化粧品で化粧をする。

 変装する対象者の普段使っている物こそが、変装の魔法にとって最高の触媒なのだ。

 ということで、カガミの使っている化粧品、そして髪の毛などを使って、準備を進めている。

 変装の魔法を万全な状態で使うため。

 失敗は許されない一発勝負なのだ。

 出来ることは、全てやる。

 だが、オレは化粧が出来ないので、ミズキにお願いするしかない。

 揺れる飛行島の上で。

 リミットは今日の夕方。

 サムソンの見立てでは、ギリギリ到着できる。

 こうなってしまえば引き返すことはできない。

 とは言うものの、先程から半笑いでニヤついている、化粧担当のミズキが気になる。


「ミズキ……本当に大丈夫なんだろうな」

「大丈夫。大丈夫。バッチリ、美人すぎて妬いちゃう」

「先輩! 帝都が見えてきたっスよ」


 操縦席のある部屋でサムソンと一緒にいたプレインが駆け込んでくる。

 とうとう目的地が見えてきたか。帝都という言葉だけで、テンションが上がる。


「まじか」

「ちょっと立たないでリーダ、手元が狂う」

「あっ、眉毛が繋がっていますよリーダ」

「あたしは、そのままのが面白いと思うな」


 ちょこまかとオレの周りを動き回り、好き勝手言ってるモペアとヌネフまでもが半笑いなのが気になる。


「おい、眉毛が繋がってるって言ってるぞ、ミズキ」


 本当に大丈夫なのか?

 回りのリアクションから、化粧に対する心配が増してくる。


「リーダが、動くからじゃん」


 適当に手でゴシゴシとオレの眉間をこすった後、ミズキが愚痴る。

 本当の本当にちゃんとした化粧をしているのだろうか。

 すごく気になる。


「おい、ミズキ。今、どんな顔になってるか確認したいんだが」

「ごめん、今さ、鏡がなくってさ。ほら、ノアちゃんの方がしっかりしないといけないじゃない」

「そっか」


 ノアはカガミの手助けの元、着付けをしている。

 監修はロンロ。


「できました」


 途中から「これは、美的感覚に創意を感じるでアル」などと、知った風な口で評論するウィルオーウィスプを混ぜて、ワイワイと外野が盛り上がっていた時のことだ。

 ガチャリと扉が開いて、広間にノアと、カガミが入ってきた。


「似合う。似合う」


 部屋に入ってきたノアは、オレを見るとニコリと笑い、クルリと1回転して服を見せてくれた。


「いいですよね。よくできたと思います。思いません?」

「うん。似合う」


 白を基調としたドレス姿だ。髪も複雑に編みこんでいた。

 気合いが入っているな。

 ところが褒められたノアは、泣きそうな顔でオレに近づいてきた。


「あの……リーダは」

「あ! ノアノア言っちゃダメ。これは大事なの」

「大事でしたか」


 ノアが何か言おうとしたのを、ミズキが慌てた調子で止めた。


「本当に大丈夫なんだろうな、ミズキ」

「大丈夫、ところでさ、口紅は自分でやって。ほら、私が唇に触るとくっついちゃうじゃん、魔法陣」

「了解」


 丸い小皿に入った赤い塗料を、ミズキのジェスチャーに沿って、小指につけて唇に合わせる。

 鏡がないっていうのに、こんな状況で、満足に化粧できないだろ。

 そもそも化粧なんてやったことがない。

 ということで、適当に唇の上に指を這わせるしかない。


『ガゴン』


 そんな時に飛行船が大きく揺れた。

 オレの指も、大きくほっぺの端までズッと滑ってしまう。


「あっ」


 ノアが反射的に口を開け、両手で口を覆う。


「大丈夫大丈夫、適当に拭いときゃいいよ」


 それに対してミズキが軽い調子で言う。


「いや、さすがに大きくズレたらダメだろ」

「大丈夫だよ。化粧品なんてさ、魔法陣の上に置いとけば、それでも何とかなるんだし」

「なんだと?」


 ということは、オレの化粧自体が茶番?


「いや、化粧したほうが確率上がるんだよ」


 視線を外し、あらぬ方向を見たミズキに対して、不信感しかない。


「変装の魔法において、触媒はあるべき場所にある方が望ましい。紅は唇に、首飾りは首に……と、幻術の本にもあったので、間違いないと思います」


 ミズキの言葉に信憑性が無くなっていた所に、カガミが補足するように解説する。

 確かに、その内容だと化粧の意味はあるのか。

 でもなぁ。

 ちゃんと化粧できているのか?

 なんか、どんどん怪しくなってきた。


「化粧が終わったんだったら、鏡を見せてくれよ。どんなになってるのか知りたい」

「えっ?」


 カガミまでえっとか言うなよ。

 しかもお前まで半笑いじゃないか。

 ひょっとして、内緒で、舞踏会に間に合わないように、飛行島のスピードを落とそうとしたことを、カガミは根に持っているのか。


「本当に大丈夫なのか?」

「まぁまぁ、一応さ、変装の魔法使った後で、特別ゲストにも見てもらうわけだしさ」


 どんどんと、オレに施された化粧についての疑惑が強まっていく。

 疑惑の視線をミズキに向ける、オレに対して、彼女は特別ゲストという言葉を持ち出した。


「特別ゲスト?」

「そうそう」


 そのまま半ば強引な流れで、変装の魔法を使う。

 今回は、慎重に慎重を重ねて、オレとミズキ、それからカガミとプレインで一つ魔法を使う。

 あとはオレが気をつけていれば魔法は途切れることはない。

 こう見えても、オレは魔法の常時起動が得意なのだ。

 心静かに穏やかに、ただそれだけで魔法の効果が途切れることはない。

 詠唱が終わり、回りの反応から魔法が成功したことは間違いないが、実感が無い。

 それから続いて、カガミが何かの魔法を唱える。

 すると、見慣れたコンパクトヒゲ親父。ブラウニー共があらわれた。

 こいつらか。特別ゲストっていうのは。

 確かに、以前、女性に変装した時に、こいつらは一目で変装を見破っていた。

 ともなれば、こいつらをだしぬけることができれば、変装としては上出来ということになる。


「ささ、2人共こっちに並んで」


 ミズキは、オレとカガミを並ばせた。


「何じゃ? 何じゃ?」

「カガミ様が2人もおるワイ」

「そうです。じ・つ・は。実は、どちらかがリーダです」


 そして、芝居がかった様子で、ミズキがブラウニー共に宣言した。


「なんと!」

「むむむ」


 ミズキの言葉に、ブラウニー共は大きく驚き、オレとカガミの2人をまじまじと見つめる。

 くるくるとオレ達の周りを駆け回り見渡すブラウニー。

 ジーっとオレ達の顔を交互に見るやつ。

 本当に、コイツら悩んでいるのか。

 化粧の事は置いても、変装はすごく上手くいっている。

 自信がでてくるな。


『パンパン』


 しばらくブラウニー共が悩んでいた様子を楽しそうに見ていたミズキが手を叩く。


「はい、それまで。では、カガミだと思う方の前に立ってください」


 ミズキの言葉に頷いたブラウニー共が、わらわらと動き出す。

 カガミの前に3人。

 そしてオレの前に4人。

 オレの方が多い。

 まじか! 本当にすごい。

 大丈夫なんだろうかなと、ミズキの言動を疑っていたが、これはすごいな。


「はい、鏡」


 ミズキに手鏡を渡される。

 自分の顔を手鏡ごしに見ると確かにそこにはカガミが写っていた。


「へぇ」


 なかなかやるでしょ。

 いまにもそう言い出しそうなミズキのドヤ顔があった。


「もうちょっとヒントが欲しいワイ」

「ヒント?」

「お二人に、自己紹介してほしいけん」


 悔しそうな様子で、ブラウニーの一匹が片手を上げて、そう言い出した。

 まだ、みやぶろうと努力するのか。

 無駄な努力を。


「えーと、実は私がリーダです」


 何を言おうかなと思ったら、カガミが先手を打った。

 なるほど、奴も騙しにかかってきたっていうわけか。

 それに乗らない手はない。


「カガミよん」


 軽くポーズを取って言葉を発した瞬間。


「こっちだったワイ」


 ミズキが息をのみ、ブラウニー共がオレの方からカガミの元へ、トコトコと歩いて集まった。


「やっぱり馬鹿そうな言動はかくせんけん」

「ちょっとリーダ。考えて物を言ってよね」

「リーダのセリフは、私が考えるわぁ」


 話した直後、ボロが出た。

 ロンロの発案に、皆が頷く。

 かくして、すぐにカガミに変装したオレの話す台詞は、ロンロ担当ということになった。

 確かにそうだよな。

 女性特有の言葉遣いなんかわかんないし、ロンロに任せるか。

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