第489話 きゃっかだ

「魔法陣?」

「スライドガラスに描いた!」


 ふと手元をみると、オレのプラプラと振っていたガラス板はまっさらだった。

 先ほどまであった魔法陣が消えている。

 どこかにくっつけたのか?


「ほんとだ。消えてる」

「大事にしてくださいって、言ったのに……」

「あのね、さっきお姉ちゃんが乗っかったときに、顔にあたったよ」


 ノアがオレとモペアを見て言った。


「スライドガラスが?」


 コクリと頷くノアをみて、カガミがオレの顔を除き込む。

 それから、モペアとノアも、一緒にオレの顔を見つめた。


「みつけた! 口のところだ!」


 しばらくしてモペアがオレの下唇を指さす。

 オレの唇に魔法陣が?

 カガミの作った報復用の凶悪魔法陣が。


「これって、はずせない?」


 とりあえず、元に戻せればいいわけだ。


「転写の魔導具は、元には戻せないぞ。別の物に転写するしかないな」

「自分以外の他人にしか転写できないように改造しているので、他の人に付けるしかないと思います」

「え? 誰か他の人にキスしろと? ぶっちゅうって」

「ぶっちゅうって……いや、別に手の甲とかでいいと思いますが」

「でも、他の人に付けたら、その人にこの魔法陣の効果が及ぶんスよね?」

「えぇ。まぁ」

「解除方法は?」


 先ほどのカガミの説明では、この魔法陣は無限に自己複製するということだ。それによって、対処を難しくするという話だった。

 へたに他人にくっつけた後の影響がわからない。

 他人にくっつけるにしても、解除の確約は必須だ。

 だが……。


「ごめんなさい。まだ作っていません」


 申し訳なさそうなカガミの一言。

 マジで? こんなに危ない魔法陣作っておきながら、解除方法がないとか。酷すぎる。


「もう、リーダがナセルディオに、ぶっちゅう? やっちゃえば」


 困った状況にもかかわらず、急に楽しげな顔になったミズキがとんでもないことを言い出した。


「いや、どうやってオレがナセルディオに近づいてキスするんだよ」

「だが、俺かプレイン、それかリーダが、ナセルディオに近づくことは決定事項だったはずだぞ」


 確かに、そうだ。

 ナセルディオには強力な魅了の力がある。女性限定のその力から逃れるためには、男性が対処することは決めていたことだ。


「でも、唇で良かったっスよね。手だったら、大変だったっス」


 プレインの言う通りだ。これが手だったら、手袋して過ごさなくてはいけなかった。


「了解。オレがナセルディオに接近し、なんとかする」

「えぇ……そうですね。リーダに任せます。でも、再転写の期限もありますし、時間が無いと思います」


 時間制限なんてあるのか。

 どれくらいの猶予があるのだろうか。

 想定外だ。これから、帝都に行ってナセルディオの居場所を探り、奴に近づき、魔法陣を転写する。

 それに時間制限が加わってしまった。


「私、いいこと考えちゃった」


 状況が悪化し、苦笑したカガミに対し、ミズキが満面の笑みで手をあげる。

 凄く嫌な予感がする。


「却下だ」

「まだ何も言ってないけど」

「まぁまぁ。ミズキ氏の良い考えって?」

「リーダが、カガミに変装して舞踏会に行けばいいんだよ」


 は?


「それって可能なんですか?」

「大丈夫。触媒にカガミの髪の毛とさ、着てる服に、化粧品も借りることになるけど」

「それくらいなら……」


 オレを置いて話が進む。


「舞踏会には、間に合わないだろ」

「え?」

「ごめんカガミ。一人で乗り込む不安があったからな、少しペースを落として進んでいたんだ」

「リーダ……」

「大丈夫だ。急げば間に合うぞ」

「マジで?」


 サムソン。お前。舞踏会には間に合わないように進めてくれと言ったのに。

 裏切りやがって。


「先輩だったら安心だし、舞踏会だったらナセルディオがいるのは確実っスからね」

「そうそう。サッと近づいて、ぶっちゅうした後で、お花摘みに行くとかいって帰ればいいんだよ」

「このヌネフ。リーダの新作女装に期待……いや、万全をもってサポートしますよ」


 先ほどとは打って変わって、楽しげな様子で皆が勝手なことを言い出す。

 というか、今回は諦めて、もう一度魔法陣を描けばいいだろう。

 どうせ、じっくりやる計画なのだ。

 だが、そんなオレの思いとは裏腹に皆が盛り上がる。笑顔で。

 あれ?

 心配されていないのか。オレ。


「うん! 私も、リーダと一緒にがんばる」


 ノアまで!


「ノアノアは行かなくても大丈夫……だよね、カガミ?」

「えぇ。そうです」

「ううん。リーダがいくなら、私もいく」


 ノアがはっきりとした声で主張する。


「ノアちゃん」


 そりゃ、話せない幻術より、ノアが同行した方が不自然じゃないと思うが。

 カガミは、心配なのか、前向きなノアを泣きそうな顔で見ていた。


「あのね……私、あいつに言いたいことがあるの」


 そんなカガミを見据えてノアは応じる。


「そうだよね。ノアノアもあいつに酷い目にあったわけだしさ」

「わかりました」


 カガミが大きく頷きオレをみた。

 そして、コツンと軽くオレの顎にパンチをいれる。


「リーダ。お願いします。あいつに、ナセルディオに、仕返ししてください!」


 オレを見上げて、カガミが言った。

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