第二十四章 怒れる奴隷、東の大帝国を揺るがす

第482話 閑話 ある兵士の日常(帝国兵士視点)

 それはリーダ達が、菓子の都コルヌートセルでオーガメイジと戦ってから数ヶ月後の事だった。


「ハァ」


 帝都宮殿の片隅で、1人の兵士がため息をついた。

 目の前の貴族達が話す言葉、もう何度目だろうとうんざりした気分で聞いていた。


「私は、子供のけたたましい笑い声を聞いたと」


 1人の貴族が周りに向かって言う。


「いやいや、私は子供が母親を求めて泣き叫ぶ声を聞いたと、聞いておりますぞ」


 はいはい、次は別の事を誰かが言うのだろう。


「いやいやいや。私は、血にまみれたドレス姿の女性が、宮殿を走り回っていたと聞きましたぞ」


 ほらな。

 もう慣れっことばかりに兵士は心の中で悪態をつく。

 彼は静かな環境が好きなこともあって、庭園の警備に嬉々としてついていた。

 ところがここ最近はいつもこんな調子だった。

 貴族たちは、ちょっとしたスペースを利用して妙な話題について話し合う。

 兵士の好きな静かな場所は、貴族達が噂話をするにあたって絶好の場所であった。

 時には、白熱し、大声で繰り広げられる、話にうんざりする。

 だけれど、兵士の仕事はこの場所の守り。

 兵士はいやがおうにも話を聞かされるはめになる。

 嫌がっていても、耳に入ってくるのだ。

 観念して、ついつい噂に耳を傾ける。


「いやいや、それは、血染めではなく、青いドレスを着たミランダのことでは?」


 そうそうミランダが出現したんだよな。

 上役が氷漬けにされた話を聞いて、兵士は胸がスカッとした事を思い出した。


「はて、血にまみれた女性だと聞いたが」


 そんな兵士の気持ちは放置して貴族達の話は続く。


「そうそう、女性といえば、白薔薇の騎士団長が交代するようですな」

「こんなに早く交代か。宮殿での出来事の責任をとってだろうな」

「若くしてあれほど出世したのに……」


 そういや、白薔薇の騎士団長が、顔面踏んづけられて、気を失っていたとか聞いたな。

 兵士は、同僚が言っていた、顔面にくっきりと靴跡がついた騎士団長の話を思い出した。


「いやいや、だが、それは別の1件であろう。白薔薇の隊長が、失態を犯したからと言って、帝国の勢力図が大きく変わることはあるまい」


 そりゃそうだろうな。

 兵士も、貴族の勢力図が一変した事に気付いてはいた。

 一夜にして。

 それほどに、大きな変化だった。


「だが、何かのヒントになっているのでは?」


 話は続く。

 貴族達が熱中して止まない妙な話題。

 それは、皇帝主催の舞踏会における出来事についてだった。

 一夜にして、帝国内における勢力図が一変する出来事。

 宮殿大広間にて起こった出来事。

 たった一夜で勢力図が大きく変わった出来事について、皇帝が他言無用としたため、その場に居合わせた者は誰も彼もが口を閉ざす。

 だが、どれほど皇帝の権力が絶大でも情報はどこからか漏れるもの。

 少しずつ漏れる情報。

 小出しにされる出来事の話。

 それが余計に皆の好奇心を駆り立てた。

 勢力図が一変する出来事。

 大広間で何があったかは、未だわからない。

 口にしてはならないこともある。

 それでも、多くの貴族達が、漏れ聞こえる小さなヒントを頼りに、何があったのかを推察しようとしていた。

 それは、貴族達の話にうんざりしながらも聞き耳を立てていた兵士も同様だった。

 特に重要な事は2つ。

 大広間には、呪われた聖女ノアサリーナがいたということ。

 そして、同じく居合わせた聖女の筆頭奴隷であるリーダという男が発したとされる言葉。


「天誅を食らわすため、このリーダ様が直々に手を下した」


 このような言葉を、リーダという男は、大広間にいた皇帝を前にして言ったということ。

 兵士は、大広間側の守りをしていた兵士達から聞き及んでいた。

 皇帝の前で、よくそのような口が利けると驚いたものだ。


「ノアサリーナ様を苦しめた者に、罰を与えるため、リーダという者が直々に手を下しに来たと言ったらしいぞ」


 そして貴族の一人が同じような話をする。


「確かに私も同じような話を聞いた」

「つまり、その、聖女の奴隷……従者……リーダという男が中心にいるということか」

「うむ。どうやら、今回の事、あの呪われた聖女ノアサリーナを侮辱されたと、怒りに燃えたリーダという者が中心にいるらしい」

「怒ったからと言って、宮殿に乗り込むとは」

「だが、宮殿の守りをしていた者は、誰も宮殿にリーダという男が入る姿を見ていないと」


 そういえば、そうらしいな。

 きっと魔法で何かしたのだと兵士は思った。

 理解不能な出来事は、大体魔法で説明できるのだ。


「なんと? 皇帝陛下のおわす宮殿の守りを、誰にも見られず進んだというのか?」

「いやいや、確かではない。噂には尾ひれがつきものだ」

「ふむぅ。全く分からないことだらけだ」

「一体何が起こったのか」

「あぁ、あと光り輝く島も……」


 光る島か……。

 ぼんやり貴族達の話し合いを眺めていた兵士は青空を見て思う。

 そういや、あの日、空が光っていたな。

 何時もの赤でなくて、真っ白く。

 本当、何があったのか俺も知りたいよ。

 でもな、どうせ結論が出ないんだろう、今回も。


「ハァ」


 延々と続く貴族達の話にまぎれ、兵士は聞こえないように小さく溜め息をついた。

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