第462話 閑話 ギルド長の部屋にて

 菓子職人ギルドの建物から、長い渡り廊下で繋がれた屋敷がある。

 ギルド長の住む屋敷だ。

 そこに2頭の馬が門番をはねるかと思われるほどの勢いで飛び込み、乗り手はひらりと飛び降りた。

 先頭を行く女性は、ズカズカと一直線で屋敷に入る。


「お帰りなさいませ、お嬢様」

「これ、お願いね」


 迎えに出たメイドに手に持った剣と荷物袋を投げ渡し、早歩きで屋敷の中を進んだ。

 両開きの扉を勢いに任せて開く。バタンと部屋に音が響いた。


「お帰りなさいませ、ハサーリファ様」


 部屋には数人の男女がいた。

 彼らは、部屋に入ってきたハサーリファと呼ばれた女性に、次々と挨拶をする。

 彼女は、軽く手を上げて応じ、さらにズンズンと進む。

 そして、ひときわ立派な机にヒョイと跳び上がり腰掛けた。


「ただいま」


 軽い調子で言ったハサーリファを、机についていた男はギロリと睨んだ。

 そして、ドスンという音をたて、手元の書類に大きな印を押したあと口を開いた。


「待ちかねたぞ。で、どうだった?」

「ノアサリーナ様は、やばいね。職人の緊張が普通じゃ無かった。長居はご遠慮いただきたいものさ」

「そうか。やはり、ただの呪い子ではないか」

「でも、従者は皆、穏やかな人達ばっかりだった。全員、頭の回転が速い。菓子職人じゃないのに、菓子料理の知識も持っていた」

「菓子料理の知識を……もっていた?」

「一口食べてさ、調理法を見破ったのを見た」

「例えば?」

「モグセン親方の、輝く焼き菓子を一口食べるなり……砂糖水で茹でてるんですね、だとさ。ベーグルと同じらしい……ベーグルが何かは分からなかったけどね。油断すると足下をすくわれるね、ありゃ」


 ギルド長の太い眉が繋がるのではないかというほどに、眉間によった。

 同時に、ギリッと歯が鳴った。


「それで町の者の反応は?」

「あたしが御者をやってるんだよ。ただごとじゃないなって、皆が判断するさ。だから、口裏を合わせているかのように、あたしについては触れず静かなものさ」

「特別扱いはしなかった……ということか」


 ハサーリファは軽く頷き肯定した。

 そこにメイドがお茶を渡し、交換に、彼女は肩にかけていたケープを剥ぎ取るように脱いで、メイドへと手渡した。

 そして「ふぅ」と息を吐き、お茶を飲みつつ、ギルド長が低い声で唸る様子を、微笑みながら見下ろした。


「ところで、そのケープは役に立ったか?」


 ギルド長は、メイドが丁寧に折りたたんでいたケープを指さす。

 それは、先ほどハサーリファがメイドに渡したものだ。


「多分ね。少なくとも、あたしが菓子職人ギルド長の娘だって事は、ノアサリーナ様にバレてないと思うよ」

「そうか。おい、そのケープは領主様よりの大事な預かりものだ。しっかりと、ゆっくりと、丁重に扱いなさい」


 野太い声でされたギルド長の言葉に、メイドは微笑み頷いて応じた。


「そうそう。親父」

「なんだ?」

「それがねぇ。ノアサリーナ様とは別に、ちょっと困ったことがあってさ。少しばかり面倒臭い嫌がらせの現場を見ちまった」

「ヘーテビアーナが始まるのです。それなりの小競り合いはあるのでは? 買い占めなどに、いちいちギルドは介入しません」


 ギルド長の元に書類の束をドンと置きつつギルド職員が口を挟んだ。

 そのうち1枚を手に取りハサーリファは「うへぇ」と苦笑いを浮かべ、楽しそうにギルド長を見た。


「毎年のことだ」


 ギルド長はハサーリファから書類を奪い取り、何でも無いように呟く。


「そうなんだけどね。ところが店を壊されて、職人が怪我を負ってたのさ」

「どこだ?」

「キステンラーテン」

「南門近くの……確か、あそこは店の主人が、去年に亡くなったのではなかったでしょうか?」


 思い出すようにギルド職員が言った。


「娘が、後をついだはずだ」


 ギルド職員の言葉に対し、ギルド長は声をかぶせるように答える。

 その言葉を受けて、ハサーリファは小さく頷いた。


「そう、あの店が嫌がらせをされてる」

「誰がやった?」

「さぁ。私は見てない、もう襲撃を受けた後だったからね」

「そうか」

「そうそう、現場にアーキムラーキムの若旦那がいた」

「へぇ。確か、帝都で修行を続けられている方ですね。ラジサーン様が、いつも自慢されている……そうそう、息子がまた新しい工夫を思いついたと言っていました」

「そう、その人。すっごく格好良くなっちゃっててねぇ」

「そうか」


 ハサーリファの言葉に、興味を無くしたかのように、再びギルド長は印鑑を押しはじめつつ言葉を返す。


「しかも、だよ。わかりやすいくらい、キステンラーテンの店主にお熱って感じでね」


 楽しそうにハサーリファは言って、ケラケラと笑い、言葉を続ける。


「昔、大きくなったらあたしと結婚するって言ってたのに、男ってのは信用ならないねぇ」

「そうでしたのですね」


 おどけた様子のハサーリファに、ギルド職員が笑う。


「お前が、結婚すると言うまでげんこつをやめないと言って、脅して言わせたんだろうが! わしは憶えとるぞ。なんせ謝罪にいったからな」


 それに対し、ギルド長はギロリとハサーリファを睨むと嘆くように言った。


「あれ、そうだっけ」

「あぁ。で、報告がそれだけなら、さっさとそこをどけ。それから、あたしというな! わたくしだ」

「へいへい」

「それから、仕事を手伝え。なにやら貴族が騒がしい。おそらく大物がヘーテビアーナに来る予兆だ。多分」

「そりゃ大変」

「他人事のように言うなハサーリファ! あとな、親父というのもやめろ。父上だ! ち・ち・う・え!」


 怒号のように響くギルド長の声に対し、両耳を手で塞ぎしのいだハサーリファは、机から降りると、手をヒラヒラさせて、部屋から出て行った。

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