第二十二章 甘いお菓子と、甘い現実

第447話 ゆたかなじんせいけいけん

 ある寒い日のことだ。雪が積もった街道。

 オレはハロルドに抱え上げられていた。


「離せ! 離せハロルド!」

「まったくもう。静かにするでござるよ」


 ハロルドに抱え上げられたオレは、海亀の背にある小屋の中へ、押し込まれるように投げ飛ばされる。


「私なら、大丈夫だよ」


 ハロルドの後から着いてきたノアが、ピョンピョンと小さく飛び跳ね、大丈夫だとアピールした。

 事の起こりは、昨日。

 聖地タイアトラープを出て、サートゥール大橋を渡り、オレ達は順調に進んだ。

 そして、とうとうコルヌートセルの町、つまりお菓子の祭典がある町のそばまでやってきたのだ。


「あれですか?」

「そうです。あの壁に囲まれた町。あれこそが菓子の都コルヌートセルです」


 なだらかな山を降りた先に、その町はあった。


「では、今日はこの辺りで野営して、明日に出発すれば昼過ぎにはたどりつくでしょう」


 案内役であるサイルマーヤのアドバイスに従い野営することにした。

 野営といっても、小屋の中でのんびり過ごすだけだ。


「思ったより、寒いっスね」

「雪! 雪が降っています。すこし、辺り一帯を魔法の壁で覆います」

「サラマンダー、少しだけ頑張ってちょうだい」

「茶釜と、子供達は小屋に入れて……海亀は、こたつ出すか」

「そうだね」


 今年は使うことがないと思っていたが、とうとう出番がやってきた。

 見た目こたつの暖房器具。

 海亀の背に取り付けてある板と、その上に乗っている小屋の間に分厚い布をかぶせる。

 小屋を念力の魔法で動かして、魔導具である布を挟み込むようにとりつける。


「こたつ完成っスね」


 対策もばっちり。

 魔導具も滞りなく起動し、部屋のぬくもりが分厚い布にも移り、海亀をあたためる。

 そして、その日は一晩中、季節はずれの雪が降った。

 吹雪くほどではないが、季節外れの雪はなかなか辛い。

 翌日、雪が降って所々が白くなった草原が目の前に広がっていた。


「所々が白いだけで、なんとかなりそうっスね」


 雪は大したことなく、特に問題はない。

 はずだった。

 ところが……。


「動かないね」

「そうだね」

「海亀さん。海亀さん」


 ピッキーが、こたつのように被さった布をめくり、中に入っていく。

 四つん這いになってちょこちょことヌネフも後に続く。


「寒いから、動きたくないそうですよ」


 そしてヌネフが海亀の声を代弁してくれた。


「あぁ。こたつはあったかいからね。これはこたつの魔力だよね」


 その言葉を聞いて、へらへらとミズキが笑う。

 やれやれ。

 言いたいことはわかるが、それでは困るのだ。


「後、もうちょっと進んで町に入ったら、ずっとこたつでぬくぬくしてていいから。あと少し頑張ってくれよ」


 海亀に言葉が通じるかどうかわからないが、愚痴ってみた。

 オレの言葉に反応したのか、にゅっと、こたつから頭を出してキョロキョロと周り見た後、シュッと引っ込んでしまった。


「オレの言葉が通じたのかな」

「通じたところで、引っ込んでしまわれたら、同じだと思うぞ」


 確かにサムソンの言う通りだけれど、さて困った。

 目的地は目と鼻の先だっていうのに、足止めはくらいたくない。

 たまに側を通りかかる馬車には、どれも積み荷が沢山積んであって、聞こえる会話からも祭りが近いことがわかる。

 できれば、急ぎたいのだ。


「私もお願いしてみる」


 それからノアが説得すべく布を少しだけ持ちあげて、前屈みで潜り込む。

 ところが。


『ゴン』


 ノアが軽くヘッドバットされて、追い出されてしまった。

 コロコロと転がってオレの足下まで来たノアは、おでこをすりむいていた。


「大丈夫?」

「平気なの」


 ノアは笑って起き上がったが……こいつ!

 もう許してはおけない。


「ノアに攻撃するなんて! いい加減出てこい」


 オレは布を大きく持ち上げ、バサバサと振り上げる。

 経験上知っているのだ。

 こたつでぬくぬくしているとき、これをやられると堪えるのだ。

 オレの豊かな人生経験をなめるな。


『ドスン』


 だが、海亀は、頭を思い切り突き出して対抗しやがった。


「ぐぇ」


 海亀の殺意がこもったヘッドバッドがオレにぶち当たる。

 そして、さきほどのノアの比ではない距離、吹っ飛ばされた。

 なんて奴だ。


「もう許さん! 鍋のダシにしてやる! スッポン鍋だ! スッポン鍋パーティーだ!」

「ちょっと、リーダ」


 ということで、それからすぐにノアがハロルドの呪いを解いて、オークの大男になったハロルドはオレを抱え上げ、海亀の小屋へと戻した。

 ということで、今がある。

 すでにお昼。

 海亀相手に、午前中費やしてしまったわけだ。

 いまだ海亀は動かない。


「料理人さん達は早くコルヌートセルに行って、予選を見たいそうです」

「ユテレシア達も寒いから先に行くってさ」


 オレ達がまごついている間に、他の人達は先に進んだらしい。

 確かに、あと少しの距離だ。

 早めに着いて、宿の手配とかしたいだろうな。


「どうする?」


 続いて同僚達やピッキー達も小屋へと戻ってきた。

 全員が小屋に集まったのを見計らって、サムソンが声をあげる。


「もう海亀には、ちょっとだけ浮いてもらって、あとは茶釜に引っ張ってもらうしかないと思うんです。思いません?」


 カガミのいうのは、あの金の鎖を作る魔法で引っ張る方法か。

 あれって、長時間大丈夫なのかな。

 あんまり使ったことがないからわからないが。


「浮いてくれるかなぁ、寒そうだし。頭を出すのも嫌って感じじゃん」

「だが、そのへんは説得するしかないと思うぞ」

「そういえばワウワルフさんが、神具を使ってはどうかって言ってたっスよ」

「神具?」


 なんか使えそうな神具、あったっけかな?


「ケルワッル神の神具……あぁ、あのモヒカンの……」


 思い出した。

 あのトサカの部分が馬鹿でかい兜か。


「そうっス。あれ、被ると、気合いが入って、体がぽかぽかあったかくなるそうっスよ」

「へぇ」


 見た目から、被りたくないなと思っていたが、効果は意外と実用的なのか。


「しかも。被る対象に合わせて、大きくなったり、小さくなったりするらしいっス」

「大丈夫そうだな」

「飛翔魔法が使えなくなるから、スピードが落ちるけど……どうする?」

「進むだけマシだろ。それに飛翔魔法については、今日くらいは念力で持ち上げてもいいと思うぞ」


 確かに浮き上がらせるだけであれば、念力の魔法でいけるか。

 あと半日程度だ。

 少し疲れるが魔力も足りるだろう。

 もっとも、問題は、あのクソ海亀が素直に兜を被ってくれるかどうかだな。

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