第440話 とくべつしょうたいじょう

「こんなもんでどうだ」


 オレは新しく作った魔導具を海亀の頭に被せた。


「うん、いい感じ。いい感じ」


 ミズキが何度も大きく頷く。


「すごい! いっぱい木が生えた!」


 ノアも、海亀の周りをクルクル走り回りながら絶賛する。

 その後ろついて歩くように、チッキーも一緒になって走り回っていた。

 オレが作った魔導具は、変装の魔法を少しだけ改造して仕込んだものだ。

 これをかぶると、かぶった人のいる場所が、まるで木々が生い茂る丘のように見えるのだ。

 結局あれから、同僚たちとも色々と話し合ったが、イブーリサウトの問答については、一旦恭順するという方向になった。

 武力に屈して降伏ということだ。

 ただし、無条件で降伏するわけではない。

 オレ達の安全と自由が勝ち取れることが条件だ。

 加えて、マークシートで選んだ通りに民衆や諸侯の人達の希望は叶えることも条件に含める。

 その代わり、ある程度まで協力しようという方向で回答するのだ。

 ただし、これはあまりにもオレ達の都合ばかりを考えた話だ。

 交渉の中でどこか別の落とし所をつける必要があるだろう。

 全く飲めない話になった時のために、この魔導具を作った。

 最悪、茶釜に乗ったカガミに、魔法でつくる金の鎖で海亀を引っ張ってもらって、近くの森の中へと駆け込む。

 そして、この魔導具を使い、森の木々に偽装してしのぐのだ。

 もっともこれは最悪中の最悪だった場合だ。

 民衆や諸侯が送ってくれた人達の為にも、逃げる状況に陥るのは避けたい。

 そんなわけで、とりあえず叩き台として作った偽装の魔道具だったが、思いの外高評価で、いきなり完成度の高い代物ができてしまった。


「一発で傑作ができた。オレは天才かもしれないな」

「そうっスね」

「じゃあ、これでオッケーと。そろそろ次の目的地に行こうか」

「もう少しのんびりしていかないか? 急がなくてもいいと思うぞ」

「いやいや、いつ再開するか分かんないんだからさ」


 ミズキは早く出発したくてしょうがないようだ。

 オレ達に関係がないと思った、世の中を賑わせた魔王復活の話だが、予想外の部分で関係があった。


「それではお菓子の祭典って延期したのですか?」

「そうですねぇ。なんでも皇帝陛下が一旦全ての行事を延期したようですよ」


 サイルマーヤから、ちょっとした情報提供があった。

 なんでも魔王の復活に対し、今後のこともあるので一旦は全ての行事が延期になったらしい。

 ある程度目処が立つまで、何も行わないと皇帝が決めたそうだ。

 その後、第6魔王は勇者に討伐されたという続報も入った。

 というわけで脅威は去ったということで、緊張していた周りの空気も和らいだ。

 いつもの日常が戻ったという感じだ。

 それは、この聖地タイアトラープに限った話ではないらしい。

 皇帝が待ったをかけた世の中もろもろの行事……新年の祝賀も、お菓子の祭典も、改めて近いうちに再開の日取りが、発表されるらしい。

 新年の祝賀に間に合うように来て欲しいという、ノアの父親を名乗るナセルディオの希望はともかく、お菓子の祭典に参加できないというのは、ミズキにとっては許せない話らしい。

 しかも。


「見てみてください、これ」

「それは何ですか?」


 サイルマーヤが満面の笑顔で、石版を持ってきた。

 手のひらサイズの白い石版だった。


「お菓子の祭典、ヘーテビアーナの特別招待状でございます」

「特別招待状?」

「ええ、特別観覧席で、最終選考に残ったお菓子が食べられます。これをノアサリーナ様にお渡ししたいと思いまして」

「それは、とても大切なものではないのですか?」


 よく見ると石版は金属で縁取りしてあり、いくつか宝石が散りばめられていた。

 これだけでも結構な値打ちになりそうなものだ。


「いえいえ。これはノアサリーナ様に対しての献上品でございます」

「ノアサリーナ様へ……指名しての献上品ということですか?」

「左様です。というのもですね、私、実はちょっとしたツテがありまして、ノアサリーナ様が、コルヌートセルの町に、いらしていただけるのであれば、これはもう、是非にということでお預かりしたのでございます。ほら、ここにノアサリーナ様のお名前もあるでしょう」


 サイルマーヤがニコニコ顔で石版の端を指差す。

 そこには確かにノアサリーナと、ノアの名前が書いてあった。


「何から何までありがとうございます」


 かしこまった態度で、ミズキがサッと石版を受け取る。


「リーダ様の素晴らしい考えにより、聖地タイアトラープは活気の溢れる姿へと変わりつつあります。やはり賢者リーダ様の知恵!」

「確かに。見違えるようですな。うぅむ。私どもの聖地にも来ていただいて、一言でも助言が頂きたいものです。ですが、それにしてもヘーテビアーナの特別招待状。羨ましい」


 なんともコメントしづらいサイルマーヤの賞賛に、ブロンニが頷く。

 見た目のとおりブロンニは食いしん坊だからな。

 特別観覧席ってのは魅力的に映るのだろうな。


「この観覧席、何人くらい入れるのですか?」

「そうですね。えっとノアサリーナ様とその従者、そして所持する奴隷と書いてありましたねぇ」

「そうですか」


 こんなやり取りがあった。

 その時、石版を受け取ったミズキは「お菓子。お菓子」とノアの後ろで石版を持ってユラユラと体をゆらし、浮き足立っていた。

 ただ見に行くだけではない。

 本戦のお菓子が食べられるチャンス付き。

 遅刻は許されないと強く主張するミズキにせかされ、この町を出ることにした。

 結構な人達が行進から離れたにもかかわらず、新たに人が増えた結果、ほとんど変わらない人数で行進を再開する。


「ワッショイ!」


 全員が大きく「ワッショイ」と声をあげ、聖地タイアトラープを後にする。


「みて、リーダ。手を振ってくれてる。こんな風に!」


 ふと後ろを見たノアが、オレの袖を何度も引っ張り、嬉しそうに報告する。

 大きく左右に体を揺らしながら手を振って。


「ノアノア、似てる似てる」


 何だろうと後を見てみると、巨大な水でできた巨人が手を振っていた。

 ミズキの言うように、ノアの巨人を真似た仕草が似ていて面白い。


「すごいスケールっスね」

「うん」


 雲に届くのではないかと思うほど、手を高く上げた水でできた巨人。

 それが、太陽の光に反射し、キラキラと光り輝きながら手を振っている様子は、確かに凄い。

 手を振る巨人に見送られながら、俺たちは行進を続ける。


「いつまで手をふってんだろうね?」


 夕方になってもまだ遠く小さく見える、巨人を見ながらミズキが笑う。

 それからは、のんびりムードだ。

 特に何事もなく行進は続く。

 次の日も、その次の日も。


「このまま何もなければいいよね」

「そうだな。だけど、そのうちイブーリサウトとか言うのに出会うんだろうな」

「面倒だが、スルーはできないと思うぞ」


 嫌な事はさっさと済ませたい。

 そう思う一方、できれば会いたくないなぁという思い。

 2つの、どっちつかずの思いを抱える中で、行進を続けていたある日のことだ。


「イブーリサウト皇子が……」

「なんてことだ」


 それは早馬が進行方向からやってきて、オレ達の側を走り抜けた。

 おそらく、何かの連絡を受けたのだろう、一部のグループからざわめき始める。


「あれ? 行進から外れてどこにいくんでしょうか?」

「緊急の連絡かな」


 身なりから諸侯がよこした兵士の一団が行進からはずれて何やら集まり始めた。

 何があったのだろうか。


「ちょっと見てくる」


 ミズキがそう言い残し茶釜でかけていく。

 違いにサイルマーヤがやってきた。


「ノアサリーナ様。どうやら、イブーリサウト皇子がお亡くなりになったようです」


 そしてオレ達に向かってギリギリ聞き取れるくらいの声で言った。

 えっ?

 亡くなった。

 突然の話に頭がついていかない。


「まだ詳細は不明ですが……」


 同僚達も同じように無言だったのを見て、サイルマーヤはそう言葉を続けて去って行った。

 それから戻ってきたミズキからも同じ話を聞く。


「イブーリサウト皇子って、すごく慕われてたみたい」

「そっか」

「少しだけ行進を外れることをお許しくださいって言われたからさ、了承しておいたよ」

「あぁ。別に引き留める理由もないしな」


 オレ達に対して、恭順を迫っていた第2皇子イブーリサウト。

 その本人が亡くなったという知らせ。


「詳細がわからないと、なんとも言えないな」

「そうだな」


 腕を組み、ゆっくりと噛みしめるように言葉を発したサムソンに、オレは頷いた。

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