第438話 閑話 二人のディクヒーン

 ここはサーアエメン領、領主の館にある別邸のうち1つ。

 暖炉にくべられた薪がパチパチと弾ける音に包まれ、鎧姿の騎士達が見守る中、一人の男が部下の前で報告を受けていた。


「なるほど。このリストに沿って……全員を。それにしても、貴方がノアサリーナの申し出を即座に承諾したことは、とても良い判断でした」

「はっ。勿体ないお言葉」

「それで、どうでしたか? かの者達は? 人となりは?」

「はい。皆、慈悲に溢れ、それはおごりではなく確かな力に裏打ちされたものでございました。報告にあるように、その知識は、我々では計り得なかった事については……」

「えぇ、他派閥とのにらみ合いの中では仕方のない事です。でも、貴方は力の裏打ちというものを感じたのでしょう?」


 言いよどむ騎士に、男は柔らかく微笑み、質問を少しだけ変えた。

 その言葉に、騎士の緊張が解けていくのが見て取れた。


「はい。ときにディクヒーン皇子は、魔法をいくつ同時にお使いできますか?」

「そうですね……何を使うかによりますが5つ……でしょうか?」

「さすがでございます。では、身体強化し、飛翔魔法を使い、かつ電撃を放つことは?」

「それは、さすがに無理でしょうね。電撃のような相手を定める魔法と、飛翔魔法を同時に使うことは」

「私が見たのは、ノアサリーナの配下のうちミズキ様のみですが、あの方は、身体強化をし、魔法の鎧にて身を固め、飛翔の魔法にて飛び、騎獣を魔法にて強化し……加えて、電撃や火球の魔法を行使していました」


 唇に指をやり、騎士の話を俯いて聞いていたディクヒーンと呼ばれた男は、電撃という言葉を聞いてハッと頭をあげる。

 その目は、驚きというより好奇心に輝いている。


「それは、すさまじい。私が知る限り、八葉にもいないでしょう。皇帝より7を超える数を賜った八葉以上の、魔法巧者ということになりますね」

「はい。魔力の程をいえば、おそらく帝国には超える者もいるでしょう。ですが、同時にあれほど多彩な魔法を使える者はいません。それも、おそろしく長時間。しかも、ミズキ様が特に同時使用に秀でた者ではない様子。いや、5人の中では魔法の扱いには劣るという言葉を本人より聞いた者がおります」

「……そうですか。果てしない知見に、魔法を扱う術。まだまだ、調べなくてはならないことが多いようです。でも、今日はこれまでにしましょう。皆様もお疲れでしょうから」

「いえ、そんな」

「急ぐ話ではありません。今日のところは疲れを癒やしてください」

「はっ」


 一礼し、報告を行っていた鎧姿の者達が静かに部屋を出て行った。


「この世にて静かに……」


 部屋に残されたディクヒーンと呼ばれた男は、手に持ったリストをパラパラとめくりながら、小さく呟く。その言葉に反応するかのように、部屋に居た鎧姿の騎士が小さく揺れる。


『ガシャン』


 すると、さきほどまで騎士だったものが、ただの鎧の飾りへと姿を変えた。


「ふぅ」


 ディクヒーンと呼ばれた男は小さく息を吐き、報告者が出ていったほうとは別の扉に入っていった。

 そこにはまた1人別の男がベッドに寝ていた。

 彼はぼんやりと外を眺めていた。

 そしてディクヒーンと呼ばれた男と、ベッドに寝る男は瓜二つの顔をしていた。

 薄い金色の髪をした男。

 その装いが男性のものでなければ、女性と見まごうばかりの線の細い男。


「ただいまディクヒーン」


 扉から入ってきたディクヒーンと呼ばれていた男は、ベッドに座る横たわる男に向かってそう声をかけ、手に持ったリストを手渡す。


「報告はしてくれないのですか?」

「聞いていただろう?」


 そう言いながらディクヒーンと呼ばれていた男は、ゆっくりとベッド側にある椅子に腰掛ける。


「そうですね。でも、直接……お話をしたかったのです。ずっとベッドに横たわってると、どうにも誰かと話したくなってしまいます」

「そのようなことであれば、今日は1日語り明かしても問題ない」

「あはっ」

「だが、ディクヒーンの言うように、自らの領地に戻す決断をして正解だったよ」

「ですが……私の予想以上の状況でした」

「そうだね」

「決断は急ぎました。私が指示を出す前に、多くの人達から募った意見をとりまとめていたとは」

「リスト……驚きより恐怖を覚えたよ」


 ディクヒーンと呼ばれていた男は、相槌を打ちながら、近くの棚にあった取っ手のついた壺を手に取った。

 それから慣れた様子で、お湯をコップに注ぎ、そしてベッドに寝ている男へ差し出した。


「もうすっかりと湯を注ぐのにも慣れましたね」

「慣れというのは恐ろしいものだね。最近だと人に任せず全て自分でやりたくなる」

「やめてくださいよ、それだけは」

「わかってる」

「それにしても、本当に良かった。あの者が、ノアサリーナの申し出をその場で受けてくれたおかげで、イブーリサウトはさらに窮地に立たされる。このようなことになるのであれば、私は彼を怒らせる小細工などしなくても良かったかもしれない」

「イブーリサウトの物見を買収したこと?」


 ベッドに寝ている男から、コップを受け取り、慣れた様子で片付けながら聞き返す。

 楽しそうに雑談を楽しむように。


「そう。ノアサリーナを褒め称えるかのような内容で報告を書かせたでしょ? 偽りでなく、真実を書いたとしても、それでもなおイブーリサウトを怒らせることなど容易いですからね」

「そして、ノアサリーナとぶつける……」

「どちらにしろと、イブーリサウトの名は傷つきます。上手くいけば、周囲に当たり散らす……彼の悪癖が出るでしょう」

「そうなれば、より大きな失点となるだろうね」


 ディクヒーンと呼ばれていた男は、コップを片付け終わった後、椅子に戻ることなく、テーブルにヒョイと腰掛けた。テーブルに置いてあった小さな巻物がボトリと落ちた。

 それをチラリと見て彼は笑う。

 ベッドに寝ている男は、それをみて困ったように微笑み返した。


「でも、そんな私のもくろみすらノアサリーナは軽く超えてしまった。かように読めない対応を進めるノアサリーナに付き合っていたら、私達は振り回され、予想外の状況に陥ったでしょう。そう考えると、ナセルディオは正しい。距離をとっている」

「ナセルディオ……か。でも、どうするんだい? イブーリサウトとノアサリーナが出会えばまた状況は変わるだろう?」

「いや。このリストが出来上がった時点で、ノアサリーナは有利に交渉を進められる立場となっています」

「ということは、イブーリサウトは不利な立場へとなるということだね」

「素直に行けばね……もしかしたら、またもや私達の予想外な対処にでて、火傷してしまう可能性だってあります。全く先の読めない知恵者達、距離を取るべき……です。先の話から推察するに、知略だけではなく、その身に宿る技すら、私達の常識でははかれないようですしね」


 ベッドに寝た男はそう言った後、唇に指をあてうつむき、沈黙する。

 それは彼の考え込みだしたときの癖だった。


「身分が奴隷……領主権限で奪えないかな」


 ディクヒーンと呼ばれていた男は、その様子をテーブルに腰掛けたままジッと見ていたが、すぐに沈黙に耐えられないと言った様子で、ボソリと呟く。


「対策はとっているでしょう。おそらく、奴隷の身分は偽装でないかと。それにしても、魔法の鎧と身体強化……飛翔と、電撃。そのようなことが可能なのか信じがたいです」

「確かにね、それほどの術者が無名というのはね」

「やはりノアサリーナ達は、魔法王国グラムバウムの出かもしれない。繰り返しになりますが、距離をとるべきだと考えます」

「そうか、ディクヒーンがそう考えるのであれば、私はそれに従うよ。あとは、クシュハヤートか」

「あの人は慎重に慎重にといって何も決断できない人ですから、放っておいてもいいのではないかと考えます。このまま、ナセルディオとにらみ合いという体で、帝都から出ることも、何かすることもないでしょう」


 ディクヒーンと呼ばれていた男は、身軽にテーブルから降りると、身だしなみを整える。

 そして、言葉を発した。


「だが、父上はあの人を第一皇子として未だ据えている」


 その言葉にベッドに寝た男はゆっくりと頷く。


「父上は慣習をとりやめ、次期皇帝から次期皇帝候補へと下ろした事に対し、配慮されているのでは? あの人は動かないので、失点も無いということもありますが……」

「そうか。ディクヒーンが言うならそうなんだろうね。さて、私はそろそろ戻るよ」

「えぇ。お願いします。姉上」


 ディクヒーンと呼ばれていた男は、大きく体を伸ばし、来たとき同じように静かな様子で扉を開ける。

 ベッドに横になった男は、去りゆく自分とうり二つの彼にそう声をかけた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る