第431話 みずのみやこ
イフェメト帝国において、帝都の次に有名な町タイアトラープ。
眠りと水の神タイウァスの聖地。
そして、帝都を始め、帝国にあるいくつもの町を潤す水の供給源。
「さぁ。見えますでしょう? 我らが聖地が!」
聖地タイアトラープが見えたとき、サイルマーヤが誇らしげに言った。
指さす先に、キラキラと輝く町がみえる。
光の中に浮かぶ真っ白い建物がとても幻想的だ。
「綺麗ですね。真っ白くて」
「白いのは大神殿です。もう少し近くに行けば鮮やかで色とりどりの屋根が見えますよ」
「帝国の建物は、みな黄色い壁かと思っていました」
「帝都や、タイアトラープは白い壁が多いですね」
皆が海亀の小屋から外にでて、手すりに身を任せ、遠くに見える聖地を見ながら進む。
外はすっかり冬といった調子で、今日は特に、寒さが身にしみる。
だが、小屋の中に入ろうという気にはならない。
真っ白い町が光に浮かぶ様子に、これは見ておかねばという使命感を憶える。
本当に、これを見れただけで来て良かったと思わずにいられない場所だ。
さすがサイルマーヤが自慢するだけはある。
「聖地タイアトラープまでいけば、この一行の皆さん全員がすごせるだけの場所も用意できます。もう少しだけ頑張りましょう!」
「この行進に参加する全員を、ですか?」
「えぇ。今はちょうど閑散期。暖かい時期になれば、宿はタイウァス神の聖地を訪れる方々でいっぱいになりますが、今は逆、誰も宿に泊まる者がいません」
「泊まる宿がそんなに沢山あるのですか?」
「えぇ。いまの、タイアトラープは、空き屋が多いのです」
「見た目はいいけどすごしにくいと有名トヨ」
「見た目はいいのですが……」
テンション高めのサイルマーヤに、エテーリウとワウワルフが微妙なコメントを入れる。
ユテレシアは、ミズキと話をしながら進んでいるが、彼女も同じような事を言っていた。
タイウァス神の神官達も「見た目だけは、自慢です」なんて自虐的なことを言っているので、一般的な意見のようだ。
ちなみにブロンニは、負傷したということで馬車で横になっているそうだ。
そこまで酷い怪我ではないが、大事をとっての対応だ。
お見舞いにいったら、横になってのんびり静養していた。
腕で頭を支え、まるで横になってテレビでも見るようなポーズで、馬車からの景色を眺めながら、串焼き肉を食べていたので元気そうだ。
急に訪問したのは悪いけれど、神官らしくおごそかにすごしていて欲しかった。
近づくにつれて街の姿がいよいよ明らかになってくる。
既視感があった。
「どこかで見たような」
「リーダは来たことあるの?」
「ないかな」
「わたしも!」
聖地タイアトラープはとても幻想的だった。
陸地に超巨大な湖があり、その湖の上に建物が建っている。
水の上に浮かぶ町。
「わぁ! ヴェネツィアです、水の都!」
カガミがオレ達に向かって言った。
「ヴェネツィアでしたか」
「どこなのぉそれ?」
「内緒!」
元の世界といいかけて、神官達が一緒なのに気がつき、ごまかす。
そして更に近づくと、同僚達は首をかしげる。
「なんでだろうね。素敵だと思ったんだけども、なんか違う……」
「船がないな」
「あっ、ホントっスね」
ぱっと見、気付かなかったが、水の上に浮かぶ町並みには船が一隻もなかった。
しばらくすると先を進むサイルマーヤが手をあげ、歩みを止めた。
「到着でございます。タイウァス神の聖地タイアトラープでございます」
くるりとターンして、オレ達の方をみて、高らかに宣言する。
「これからどこに行くのですか?」
「ノアサリーナ様には、あの湖のずっと向こうに見える大神殿にて、神殿長とあっていただきたいと考えております。それから、しばし滞在していただく館へとご案内させていたきたいと存じます」
サイルマーヤの背後に広がる水路を見て、彼が口にした言葉に違和感を憶える。
橋も、船もない。
「船はないのですか?」
「フッフッフッフッフッフッフッ!」
芝居がかった笑い声をあげ、サイルマーヤが水路へ飛び込んだ。
ピョンと。
ところが、彼は水に沈むことはなかった。
彼は水面に立っていた。
「この聖地を覆う神の加護により、聖地がまとう水に沈むことはありえません。本人が強く希望すれば沈みますが、普通に水上を歩くことができるのです。さぁ、皆さん! 恐れずにすみましょう」
聖地にやってきて、さらにテンションの上がったサイルマーヤにならって、進む。
海亀も、跳ねるように勢いをつけて飛び込んだ。
『ポョン』
ところが、まるでトランポリンに飛び込んだようにポワンポワンと軽く跳ねるだけで沈むことはなかった。
キョロキョロと辺りを見回し、観念したかのように海亀は進む。
「なんだか不思議な感覚っスね」
よくよく見ると、見渡す限り張り巡らされた水路に、まばらに人が歩いていた。
大きな荷物を持ったおじいさんがフラフラと歩いているのは、とても危なっかしく見えた。だが、サイルマーヤによると、転んだとしても弾力があり怪我をすることはないらしい。
町並みはとても綺麗だった、色とりどりの屋根、綺麗だが歴史を感じさせる立派な建物。
とても綺麗な街だ。
活気がないことを除けば。
巨大な町なだけに、人が少ないことが目立つ。一見ゴーストタウンだ。
一行の人達も、次々と水へ飛び込み、おっかなびっくりと言った様子で歩みを始める。
たまに、普段通りに進んでいるグループもあるので、あの人達は多分この町に詳しいのだろう。
「うーん、なんか違う」
ミズキが眉根に皺をよせて、呟く。
「違う?」
「なんか物悲しいんだよね。なんていうか、素敵じゃない」
「そんなもんかね」
ミズキのぼやきはともかく、活気が無くて、少し寒い中、進む。
「おじさん、こけてる」
「大丈夫です。ノアサリーナ様、タイウァス神の加護により、この水は柔らかくなっております」
「たしかに、大丈夫そうですね」
「左様でございます。安心して見ていてくださいませ。雪が降るほどの寒さでさえ、この聖地の水は凍ることがございません」
先行するサイルマーヤが乗った馬を綺麗にターンさせて、上機嫌で説明をする。
彼はタイウァス神の神官だけあって、この聖地での振る舞いも慣れたものだ。
進むにつれて、一行の人達はバラバラになった。
タイウァス神の神官達が先導し、今日泊まる宿の方へと案内しているそうだ。
最終的にオレ達と他の神殿の代表、そしてサイルマーヤだけになり、大きな湖の上に浮かぶ巨大な神殿へと進む。
水の上を歩くのは本当に奇妙な感覚だ。
氷とは違う感触。
波の形にウニウニ動くゼリーの上を歩いている感覚。
好奇心で、少しだけ自分の足で歩いてみたが、すぐに海亀に戻った。
「なんかさ、ぜんぜん進まないね」
ミズキが外をみてぼやく。
広大な大地を進むのとは違う。湖を歩き進む感覚。
ぜんぜん景色が変わらないので、本当に進んでいるのか不安になる。
「あぁ。泳いでいるときは波をかき分けてるから進んでいる感覚があったけど、歩くとそういうのがないからか」
サムソンが納得したように呟く。
なるほど、泳いでいたときとちがって、海亀があるいても、足跡も波の形も変わらないから、進んでいる実感が得られないのか。
そのうえ、水の上から見る景色は変化がない。
だが、実感がないだけでオレ達はしっかりと進んでいた。
ずいぶんと時間がかかったが、タイウァス本神殿へとたどり着く。
聖地というだけあって、そこにある建物、本神殿はとても大きく立派であった。
巨大なドーム状の神殿。
神殿のドーム状の屋根を支える大量の柱は、その全てに精巧な彫刻が施されていた。
「あれは、神々の時代を象徴する彫刻なのです」
タイウァス神殿でよく見る、女神像。
ここの女神像は大きな瓶を肩に担ぎ、そこからきれいな水がどぼどぼと溢れ出していた。
本当に夏に来ればいい風景だったんだろうが、冬の今寒い時期に来ていると飛び散る水が冷たすぎて辛い。
神殿の中を案内されるまま進む。
真っ白い神殿の中、広大な敷地は、緑あふれる庭になっていた。
建物の中にある庭には、鳥が飛び交い、そして植え込まれた背の低い木々はどれも見事な手入れがなされている。
外は寒々とした冬といった感じだが、この中は緑が溢れていて春先の様子だ。
小さな水路が庭中をはしっていて、綺麗な水が流れている。
さらに進むと、小さな神殿が建っていた。
サイルマーヤに促されオレ達も入っていくと、そこには立派な椅子とテーブルがあり、椅子には老人が座っていた。
「神殿長。ノアサリーナ様、そしてリーダ様をお連れしました」
座っていた老人……神殿長はオレ達に気がつくとすっと立ち上がり、駆け寄ってきて、いきなりオレの手を取った。
「ようこそ、おいでくださいました、リーダ様!」
えっ、オレ?
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