第412話 せんぞくけいやく

 タイウァス神殿へとたどり着き、神官達、そして町の人達に見守られながら、羊の場所まで近づく。


「では、始めたいと思うのですが、どこか小部屋をお貸しいただけますか?」


 あまりのギャラリーの多さに部屋を借りることにした。

 一般の人には恐れられている黄昏の者。

 そんなスライフを召喚するのだ、人目は少ない方がいい。


「えぇ。えぇ。ではこちらへ」


 ぺこぺことお辞儀をされながらサイルマーヤに案内してもらい、神殿の一室を借りる。


「ありがとうございます」


 がらんとした一室。

 最近掃除されたばかりのようで、何もない上に綺麗な部屋だ。

 これからやることには都合がいい。


「私は……離席した方がよろしいでしょうか?」

「えぇ、すぐに終わりますので」


 部屋に置かれた息絶えた羊、そしてオレとカガミだけが残る。


「黄昏の者を呼び出すんですね」

「そういうこと。あと、試したいことがあってさ」

「試したいことですか?」


 軽く首をかしげるカガミへ笑顔で頷き、影の中から大きな樽を取り出す。

 パカリと中を開けると、黒い水がたっぷり入っている。

 以前、スライフから頼まれたこと。

 黒い液体。ソーマを探すこと。

 スライフは言っていた。オレからわずかだがソーマの匂いがすると。

 あれから色々考えたが、オレから匂いがする……つまりはオレが触れたことがあって、なおかつ黒い液体といったら、これしか思い浮かばない。


「でも、これがなぁ」

「どうかしたんですか?」

「いや、スライフがさ、ほんの少しで莫大な価値があるって言ってたろ?」

「えぇ」

「仮にこれがソーマとしたら、ちょっと多過ぎやしないかなと思ってね。ありがたみがないというか……」

「いわれれば、確かに多そう思います。すごい価値があるっていうのに、ほらって言ってバケツいっぱいのダイヤを持ってこられたら、色々と疑うと思います」

「だよなぁ。これがソーマで間違いない気がするけど……ちょっとだけハクをつけようかな」

「ハク?」

「とりあえず、ちょっとだけ小分けしてお試し分って感じでスライフに見てもらおうかな」


お酒が入っていた壺を取り出す。

 くびれのある細身の壺だ。

 それに、樽から黒い液体をすくい取り、入れる。

 壺の口に、布をかぶせて飾り紐でグルリと蓋を閉めるとそれっぽくなった。

 これなら、違うと言われても、立派な見た目にだまされたって言い訳できる。


「本当に、見た目でずいぶんと変わるんだなと思います」

「でしょ? じゃあ、スライフを呼び出すよ」


 いつもの調子でスライフを呼び出す。

 そして、いつものようにニヤリと笑ったスライフが出現する。


「久し……それは!」


 凄い勢いでスライフがオレの側まで来て、黒い水が入った壺を凝視する。


「前言ってたのって、これ?」

「そうだ。匂いでわかる。間違えようがない。ソーマ。ソーマだ! これほどの量を一体どうやって……どこで? いや、そうか、遺跡か。フェズルードの……なるほど。そうだったのか」


 床に横たわる羊には気がつかず、スライフはずっと黒い水を凝視していた。


「やっぱりソーマ?」

「そうだ。ソーマだ」

「我が輩が認識したことで、お前にも看破の魔法で、ソーマという名前が確認できるだろう」

「へぇ、じゃあそれまでは?」

「別の表記がされていたはずだ。ソーマを知る者は少ない。同じ属性で、なおかつ一定範囲内に知る者がいなければ、看破で真実の名は現れない」

「へぇ。何でも看破で見てみれば分かるのかと思っていたが、そういう仕組みなのか」

「もっとも、これは看破の魔法を作り出した時代に、特に大事なものと認められた物質だけが、そのような扱いになる」

「なるほど。なるほど。勉強になるよ、スライフ」

「そんなことはどうでもいい。何が望みだ?」

「あぁ、そうそう。まず、そこの羊を解体してほしいんだけど」


 オレの言葉で、初めて羊が横たわっているのを見つけたようだ。


「まず、あれか」


 言うが早いか動くが早いか、スライフはフワリと動き、羊を解体した。

 金色の毛が綺麗に刈り取られ、加えて肉と骨、そして臓物に分かれた。

 臓物や骨をパクリと口に入れるとすぐにこちらへとまた戻ってきた。


「終わったぞ。で、そのソーマは見せるためだけのものか?」


 もう、解体なんかどうでもいいって感じだ。


「いや。別に、渡すのは問題ないよ」

「その対価は?」

「この首輪なんだけどさ、外し方知らない?」

「赤死の輪か」


 オレが自分の首につけられた首輪を手に取り訪ねると、スライフは何でも無いように答えた。


「赤バラなんとかじゃなくて?」

「赤バラの輪とも言う。なるほど、いまなら解体もできるし、育ったとしても魔法の剪定バサミを使えばすぐに破壊できる」

「そうなの?」

「だが、育てば育つほど、魔法の剪定バサミで切ろうとした時に激痛が走る。早めに対処すべきであろうな」

「あの、その魔法の剪定ハサミというのは……?」


 カガミが不安そうにスライフに聞いた。

 ちらりとオレをスライフが見たので、軽く頷く。


「魔導具だ。触媒は貴重なものだが、お前達だったらなんとでもできるのではないか?」

「作り方は知ってる?」

「もちろんだ。だが、フェズルードで手に入れた本に書いてあるはずだ。遠い遠い昔、あの魔導具は乱用された歴史がある。故に魔法の剪定バサミを始め対策についても事細かに至る所に残された」

「ありがとう。これで何とかなるよ。やばいかなと思ってたんだ」

「それで? それでおしまいか?」

「えっ?」

「ソーマの対価だ。まったく。まったく。まったく足りぬ」


 スライフが焦ったように訴える。

 そう言われても、急には思いつかない。

 こういうのは、何でも無い時にフッと思いうかぶんだよなと思う。


「そっか。ところで、この赤バラの輪。魔法の剪定バサミの他にも、解体だっけ? 解体はどうやってするんだ?」

「たやすいことだ」


 スーッと空中を滑るように近づいたスライフが、オレの首にはめられた首輪に触れると、パラリと首輪が外れ、地面に落ちた。


「何だ。あっさり外れるのか」

「構造を理解していれば、解体はたやすい。もっとも、起動前だからできた技ではあるがな。一昼夜たてば、起動し解体はできなかった」

「そうなんだ」

「それで他に何をすればいい? 何が知りたい?」

「ひょっとして、まだ足りない?」

「全く足りぬ」


 そんなにソーマには価値があるのか。もう、なんでもかんでもスライフに押し付けてもいいぐらいじゃないか。


「じゃあ、オレが、この世界に残り続ける方法は?」

「そこまではわからない。強いて言えば、魔法の究極により希望を叶えるほかない」


 魔法の究極。

 あらゆる望みを叶える魔法。

 ただし神の力を超えることはできない……ってやつか。


「カガミは何かある?」

「何も思いつかないです」


 そうだよな。急にいわれてもな。

 でも、スライフはソーマを欲しがっているしな。

 色々と頼みも聞いてくれたし、個人的にはこれで十分なんだよな。

 どうせ、まだまだソーマは沢山あるし。


「ところで、ソーマの対価は貸しということにはできないのか?」

「前も言ったように、我が輩は借りを作ることは好まぬ。好まぬが……ソーマか」


 少しだけ沈黙したスライフが、首を振り言葉を続ける。


「よし、ここは専属契約を結ぼうではないか」

「専属契約?」

「我が輩とお前が契約し、お前に一生仕えることにしよう。もっとも、呼び出された後、頼み事の軽重により対価は頂く」

「それってさ、召喚魔法で呼び出すのと、どこが違うんだ?」

「専属契約をすれば、お前は他の黄昏の者を呼び出せない。だが、代わりに魔法に頼らず、念じ名前を呼ぶだけで、いつでも我が輩を呼び出すことができる」

「へぇ……ん? そういえば、あの長い名前で?」


 スライフを呼び出す時に使う名刺のような触媒。

 あれに書いてあった名前はとても長かった。あれを言うのはめんどくさい。


「いや、お前が望む通りに命名すればいい」

「じゃあ、スライフって呼べば来るっていうこと?」

「そのとおりだ」


 今まであまり変わらないけれど、それでもいいかな。


「了解。それでいこう」

「家畜の解体程度であれば、対価はいらぬ。対価次第だが、お前が争いごとに巻き込まれたとき、代わりに戦ってもいいぞ」

「了解了解」


 頷いたオレをみて、満足げにスライフはソーマを手に取り姿を消した。

 専属契約。

 名前を呼ぶだけで召喚できるか。

 しかも戦ってくれるという。

 戦力は多い方がいい。

 しかも今のスライフは体も大きく、結構迫力があって強そうだ。

 結構いい取り引きしたな。

 スライフが消えた後、小さく頷いた。

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