第411話 きんいろのひつじ
「どう?」
「赤バラの輪……下級遺物……初期段階……売買禁止」
とりあえず現状確認だ。
カガミに看破の魔法でみてもらったが、たいした事はわからなかった。
先ほどのケアルテトの言うとおりであれば、3ヶ月もすれば、何かに全身を覆われる。
無事ではいられないということだろう。
ノアの父親。
結局のところ、その彼はノアに会いたいというよりも何かに利用したいという思惑があるようだった。
今までの案内役の態度と言葉から、それがわかったことで、急ぐ気持ちなんてみじんもなくなっていた。
ノアが望めば別だが。
「あのぉ」
オレとカガミが、突然の異常事態にあたふたとしていると、いきなり声をかけられた。
いつの間にか側に来ていてヌッとのぞき込むように声をかけられ焦る。
「あの、サイルマーヤ様……いつの間に」
カガミが突然の声かけにうわずった声で反応する。
声をかけてきたのは、サイルマーヤ。タイウァス神殿の神官だ。
影が薄いひと。
髪も薄く、パッとしない地味なところが典型的なサラリーマン……といった印象で、親近感がわく。
「先ほどからいたのですが……それは、赤バラの輪ですねぇ。で、先ほどのケアルテト様が、それを使用したと……」
「これ、知ってるんですか?」
「処刑用の魔導具ですね。じわじわと苦痛を与えて、殺しちゃうんですよ」
いつものように淡々とボソッボソッと語る。
口調はともかくやばい代物じゃないか。
「あのっ! どのくらい……猶予があるんでしょうか?」
「二月までは平気らしいですよ」
「ふた……」
必死なカガミの問いに、苦笑いしながらサイルマーヤが答える。
60日か。
これから急いで帝都へ。
うーん。
「外す方法はご存じないですか?」
「いや。そこまでは。外す……ですか。その発想はなかったですねぇ。古代の遺産ですから」
「そうですか。残念です」
「さすがですね、リーダ様は」
いきなり笑顔になって大きくうなずくサイルマーヤに違和感を抱く。
こっちは困っているのに、勝手に納得されても困る。
「さすがと言われても困ってはいるのですが」
「いえ、二月もすれば苦痛に苦しみ、三月もすれば死に至るといわれて平然としておられますので、強者とはこういう人なのかなと思った次第でございまして」
慌てたように額を拭いつつ、サイルマーヤは頭を下げた。
そんなに平然としているつもりはないのだが、納得したように頷くカガミを見ると、そう見えるらしい。
困っているんだけどね。
さて、どうしたものかな。
「どうします? 館に戻って皆に相談しますか?」
考え込んでいるとカガミがのぞき込むようにオレを見て聞いてくる。
「いや。とりあえず、紙を買いにいこう」
「紙……ですか?」
「お礼状に使う紙だよ。そのつもりだったろ?」
「それは、そうですが……」
まだまだ2ヶ月あるんだ。急いでもしょうが無い。
のんびり考えればいい。
「それじゃ、買いに行こうって……、そういえばサイルマーヤ様は何かご用で?」
お礼状に使うための紙。
気を取り直し、当初の目的通りに紙を扱っている店へと行こうとしたときに、申し訳なさげにこちらをみていたサイルマーヤと目が合った。
そういや、この人は何の用事で来たのだろうか。
さすがに通りがかりとは思えない。
「いやはや、よくぞ聞いてくださいました。信徒よりニンテスコ羊の提供があったのです。しかも金毛。これはノアサリーナ様にもお分けしなくてはと思いましてまいった次第でして」
「ニンテスコ羊?」
「これは本当に美味でして。年明け最初の一頭は、皇帝陛下に献上されるのです。ただ、解体に時間がかかり、少しだけ昼の食事を遅くして頂ければと」
なんか凄い貴重な羊みたいだな。
しかも美味しいのか。
現地の人が言うのだから、間違いなさそうだ。
断る理由はないな。
解体に時間がかかるか……解体?
「あ」
解体っていえば。
「どうかされましたか?」
「いえ。もしよろしければ、私が解体しましょうか?」
「リーダ様が?」
「えぇ。魔法で」
「そのようなことができるのですか? いや、できるのであれば、皆喜びます。貴重な羊ですので、解体には本当に緊張してしまうのです」
「自信があります。ノアサリーナ様にお食事を待ってもらうまでもない。お任せください」
そうだよ。この首輪の事、知っていそうなのがいた。
黄昏の者スライフ。
解体でピンときた。
ついでに試したいことというか、確認したいこともある、一石二鳥。
いや、美味しい料理もあるから、一石三鳥だ。
ニコニコ顔のサイルマーヤの案内で、羊がいるというタイウァス神殿へと行く。
「いやぁ。リーダ様をタイウァス神殿へと案内できるとは」
「そういえば、サイルマーヤ様は、帝国のことに詳しいのですか?」
「ん、えぇまぁ」
「やっぱり、ケアルテト……様の事を知っているようだったので、そう思いました」
そういや、知っている風だったな。
カガミは鋭いな。
「なるほど。これは……まぁ、私は生まれも育ちも帝国ですので、詳しいのですよ。ケアルテト様は、帝国中央軍の中でも精鋭のうちの一つ、せきちく……黒石竹の黄色、その長ですねぇ」
それから、タイウァス神殿までの道のりを、サイルマーヤの話を聞きながら進む。
ほどなくして、神殿が見えてきた。
立派な杖を掲げた女神像が象徴するのは、タイウァス神殿だ。
「あぁ、サイルマーヤ様」
「皆さん。朗報です。こちらにいるリーダ様が魔法で解体してくれるそうです」
「おぉ」
明らかにホッとしている神官が目に映った。
彼が解体をすることになっていたのだろう。
足下には、何枚もの布に置かれた羊。
すでに息絶えている。
これから、解体しようというところだったのだろう。
あとはまかせろ。
バッチリ解体するさ。
何でも知っていて頼りになる黄昏の者。スライフ先生が。
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