第399話 かねのなるまち
アサントホーエイの町にしばらく滞在することになった。
領主が、背後にある峡谷を封鎖したからだ。
「アサントホーエイの町は防衛施設を兼ねた町トヨ」
ワッショイと掛け声をあげて町を練り歩いた時のことだ。
町から帝国内部へと続く街道を指してエテーリウが言った。
それは、崖崩れがあったかのように閉ざされた街道だった。
敵が来れば帝都まで届くという魔法の鐘をならし、背後にある峡谷を封鎖する。
そうして、帝国の守りを盤石にする時間をかせぐのだそうだ。
「今回は、アンデッドの襲来による被害を防ぐためでしょう。帝都までひろげないために封鎖したようですね」
「一度封鎖したものは一月程度は復旧できないトヨ」
地中にも防衛施設は埋まっているそうだ。
それでは、ノームの力で道をつくるのも怖い。
プレインの側で、マヨネーズを食っているノームは、ああ見えてもやること派手だからな。
「まだまだ雪降りそうにないしさ、せっかくだから観光でもして時間潰そうよ」
ユテレシアとエテーリウの解説を聞いて、今後の事を相談していると、ミズキが楽しげに提案した。
それは観光。
特に異論はない。
せっかくの帝国旅行だ。楽しむことにしよう。
さて、このアサントホーエイの町。
この町は、小さな山脈をくりぬいたような立地にある鐘が目立つ町だ。
ビルを彷彿とさせる長方形をした建物の屋上に、門の形やアーチ状の建築物があり、そこに鐘が吊されている。
どの建て物にも、大なり小なり様々な大きさの鐘が見える。
そんなあちこちに鐘が見える町の一角にある大きな館。
領主から、提供のあった館だ。
野球場サイズの巨大な庭付きの一戸建て。
明るい黄土色をした壁の四角い建物で、アサントホーエイの町にある一般的な建物と同じ外見をしている。そして、例にもれずこの館にも鐘がある。
鐘の側には、ハンマーが置いてあり、これで叩いて鳴らすそうだ。
オレ達は断ったが、通常は鐘つき奴隷という人が、定期的に綺麗な音色を鳴らしてくれるそうだ。
最初は宿を取ろうと思っていたが、かなり強引に、この館を勧められてしまった。
「私の申し出を受けていただけなければ、私が領民に殺されてしまいます」
こんなことを言われ頭を下げられては、断りきれない。
使用人は断った。
門の側にある離れに住む館の管理人と、日々交代する門番以外は、誰も居ない。
気心のしれた仲間だけでのんびりすごしたいのだ。
数日をこの町で過ごしてみると、いろいろな発見があった。
町の人々は鐘の音に従って動く。
いままで滞在した町の中で一番、時間に厳しい町だ。
あとは猿が目立つ。
山にすむ猿が、町に降りてくるそうだ。
「餌をやらないでください」
館の管理人に念を押されてしまった。
温厚でおっとりした夫婦だが、この管理人夫妻が唯一キツい物言いだったのが猿の話だった。
餌を一度やってしまうと、大挙して押し寄せてくるそうだ。
元の世界でも、似たような話を聞いたことあるなと思い了承する。
観光するにしても、今回は勝手が違った。
館から出るにも、事前に館の管理人に予定を組んでもらわないとならないのだ。
「なんか、この館が観光名所になってるぞ」
館の屋根から、望遠鏡で外を眺めていたサムソンが溜め息まじりに言う。
アサントホーエイを救った救世主であるノアを一目見たいと、館を訪れる人が後を絶たないのだ。
あれほど、派手に町を回ったのにもかかわらずだ。
というわけで、人に取り囲まれたりしないように、領主と一緒に馬車で町を回る。
そうなると領主のスケジュール調整が必要になってしまうということだ。
「自慢の町を案内するのは、苦にならないものですな」
領主直々のガイドというのは、最初はかなり気まずかったが、すぐになれてしまった。
慣れというのは恐ろしい。
観光は3台の馬車で回る。
先頭は、オレとノア、そして領主アーブーンスと助手。
残りの馬車にも、1人ずつ案内役がいる。
どこに行っても超VIP待遇だ。
「あれが始まりの鐘。皇帝の命により作られた魔法の鐘です」
「魔法の鐘……ですか?」
「えぇ。あの鐘の音は、帝都まで響くのです。いまや帝国の至る所にある鐘ですが、この町にもたらされたあの鐘こそが最初の1つなのですよ」
つづく領主の説明で、あの始まりの鐘があるからこそ、この町が鐘だらけになったということがわかった。
アサントホーエイの領民は、皆、あの鐘を誇りに思っているらしい。
だからこそ始まりの鐘は、この町の象徴となった。
そしてその見事な鐘にあやかろうと、多くの職人がここに集まり、鐘だらけになったのだとか。
「鐘作りは、この町を象徴する産業でございます。よろしければ、案内しますが?」
「えぇ。是非に」
この会話の後、鐘作りの工房を見学した。
金属を溶かす行程は、危ないということで見せてもらえなかったが、それ以外は惜しみなく見せてもらった。
「みてみてリーダ。お口で吹いたら膨らんだよ」
小声だが、興奮を隠しきれないといった様子でノアがオレに言った。
それはガラス細工の行程だった。
よくテレビで見た、息を吹き込んでガラスを膨らませるあれ。
その行程を見て、ノアは驚いたようだ。
「アサントホーエイにはガラスで作る小さな鐘もあります。魔法で増やす前の、純なるガラスで作る鐘は、帝国……ひいては世界でもここだけでしか手に入らぬでしょう」
魔法で増やすか。
この世界では、大抵の物を魔法で増やしているからな。
確かに、魔法が介在しない材料だけで作られた品物が、高く売買されているのは見たことがある。
値段が何十倍も違うのに驚いたものだ。
魔法で増やしたかどうかなんて、オレにはわからないので、どうでもいいけど。
「私、ガラスの形が変わるのを初めて見ました」
「ははは。ノアサリーナ様に喜んで頂き、案内したかいがあったというものです。もし興味がおありなら、紹介状をしたためますので、ガラス畑を見るのもよろしかろう」
ガラス畑?
領主の言葉を聞いて、ノアがこちらをチラリと見た。
何も言わないが、ガラス畑を見てみたいというのがすぐにわかったので、軽く頷く。
「嬉しい申し出です。是非、見学させてくださいませ、アーブーンス様」
ノアが笑顔で領主の提案を承諾する。
この世界では、ガラスが畑で取れるのか。
ガラスを地面に埋めると、芽がでたりするのかな。
そんな場面を想像して笑ってしまう。
ガラス工房では、人数分のハンドベルをもらった。
職人がうやうやしくノアにハンドベルを渡すときに、小声で「ワッショイ」と言ったのが気に掛かる。
ひょっとして流行っているのか。
オレのやけくそでの思いつきが、妙な広まり方をしているのが不安になった。
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