第395話 うたとのろい

 チッキーが歌い、ピッキーが歌い、そしてプレインが歌ったとき。

 ノアも、一緒に、少しだけ歌ったそうだ。

 だが、その瞬間から歌声の力は上手く出なくなって、プレインがコウモリに攻撃されたらしい。

 そこから先は、目をつぶって、魔法の矢を何度も繰り返し使っていたという。

 それが言い出せなかったそうだ。

 今日まで。

 そういえば前に、呪い子は神の加護が得られないという話を聞いたことがある。

 今回もそんな話なのか。

 一緒に歌うという話になったとしても、効果が無ければ意味が無い。

 そうノアは考えたのか。

 すでに動いている歌があるわけだ。

 別に取り直ししなくてもいいだろう。

 盛り上がっているところ悪いが、レコーディングの中止を提案するかな。

 そう考えて、少しだけ同僚達の方へと進んでいたとき、ふと気になることができた。


「一杯になった?」

「いや、あと少し……ちょっと出かけてくるよ。休憩にさ」

「どこまで行くんスか?」

「ノアと一緒に、アンデッドをからかいに、すぐそこまで」


 ノアを連れて外へでる。

 ここ最近は、海亀の背に座り込んで自分の足で動く気が無いロバを降ろして、乗り込む。


「こいつは、本当にグータラだからな」

「でもね、いつも一緒にいてくれるの。ミズキお姉ちゃんがね、リーダみたいだねって言ってたよ」

「そっか」

「どこに行くの?」

「アンデッドの側。試してみたいことがあってね」


 そのまま、ロバを進め、アンデッドが塵と成る境界線あたりまでやってくる。

 あと10歩程度進むとアンデッドの群れがいる部分だ。

 アンデッドはオレ達に向かってきて、数歩動くと塵となっていく。

 たまにすぐ側まで来る個体もいるが、手が届くところまでは近寄れない。

 投げる武器も、放つ魔法も、まるで煙のようにかき消えていく。

 とりあえず、この辺りでいいだろう。

 影の中から、言葉封じの石を取り出す。

 これは旧型。

 いま爆音でならしているのは、魔力消費が少なくエンドレスで音を流し続けることができる新型だ。


「さて、ノア。せっかくだ。聖なる歌を歌ってみて」

「でも……」


 げ。

 いきなり歌えは無理か。


「ごめん。ごめん。歌詞とか、さすがに憶えていないよな」

「ううん。大丈夫」


 軽く首を振った後、ノアは歌を歌い始めた。

 軽快な調子の歌だ。

 砂漠の戦士が、踊りながら剣を振るうと、辺りに猫が走り回り、砂漠にオアシスが出来上がる。そんな内容の歌。

 聖なる歌というわりには、神様が出てこない。

 でも、物語調の歌詞は聴いていてたのしい。

 そして、ノアが言う通りだ。

 聖なる歌は効果を発揮しない。

 それどころか、オレ達の眼前まで一体の犬の頭をした大男のゾンビが飛び込んできた。

 ノアの歌が、聖なる力を打ち消したのか。

 影の中から剣を取り出し、ゾンビの攻撃をなぎ払う。


「リーダ!」

「大丈夫」


 歌うのを止めて、振り返ってオレをみたノアに笑いかける。

 そして、ロバに乗ったままゾンビの襟元を掴み投げ飛ばした。


「ごめんなさい」

「歌って欲しいと言ったのはオレだ。それに、あの程度のゾンビは楽勝だよ」


 先日のアンデッド集団との、連日連夜の戦いで、慣れてしまった。

 身体強化の魔法にも、戦いにも。

 ハロルドが言うには、オレと同僚達は相当量の魔力があるし、魔法の同時起動がすごく上手いそうだ。

 だから、コツさえ掴めば、そこらの騎士程度なら圧勝できる資質があるのだという。

 ということで、あの程度なら、いつの間にか楽勝になっていたのだ。

 それに。

 言葉封じの石を起動させ、ノアの歌った歌を流す。

 そうして、すこしだけロバをアンデッド集団に近づけてみた。


「あ……」


 ノアが口をポカンと開けてこちらを見た。

 物は試しだと思っていたが、こんなに上手くいくとはな。

 先ほどとは違い、ノアの歌がアンデッドを苦しめる。

 そう。

 呪いを回避する策は、録音することで正しかった。

 ノアが歌った歌は、真逆の効果を発揮していた。

 聖なる効果を打ち消すという働きをしていた。

 だけれど、録音した音は、他の人と同じ効果だったのだ。

 歌に歌い手の魔力を乗せるという形で効果を発揮するのであれば、スピーカーで音量をあげて効果が増えるというのはおかしいと思っていた。

 それに重ねがけして曲が変わって効果倍増っていうのも理屈にあわない。

 なら、なぜノアが歌ったとき真逆の効果を発揮したのか。

 それは呪い……つまりはノアが背中に抱えている魔法陣が影響したのだろう。

 歌をトリガーに、歌とは違う、別の魔法的な何かを作動させた。

 そんなところだろう。


「これで大丈夫。皆で歌って、最高の歌にしような」

「うん!」

「さて、オレも、あとでちょっとだけ練習しとこうかな」


 オレは歌うことなんて考えていなかったしな。


「私も! 一緒に練習する!」


 ノアがとても嬉しそうに笑う。

 それだけでも、諦めずに試しみて良かったと思う。


「実はね、聖なる歌を歌わなかったのは、ノアだけじゃなくて、オレも歌ってない。あとな、あそこにいるおじさんもだ」


 そう言って、海亀の背にある柵に体を預けこちらを見ていたサムソンを指さしてから、ノアをみて笑う。

 ノアはしばらくポカンとした顔をしていたが、楽しそうに笑った。

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