第383話 ほういせんめつじん
「さて、それでは後をごらんなさい」
パルパランは再び落ち着いた様子で、言葉を発した。
「後?」
「ご安心ください。んーふ。騙し討ちしようなどとは考えてございませんので」
そう言いながらパルパランは、ゆっくりと歩みを再開する。
もうかなり近い。
視力を強化しなくても、パルパランがいかに宝石をジャラジャラと身に纏っているのかわかる。
「念の為に、隠れておいて」
ミズキが御者台に座っていたピッキーの肩を軽く叩き指示を出す。
「チッキーもトッキーも、それにノアノアも」
そしてそう付け加えた。
オレはミズキがパルパランを見張っているのに任せて後へと回る。
遙か遠くの方に人影がたくさん見えた。
100……1000?
「なんだあれ、軍隊か?」
「見えましたか? 見えましたか?」
オレが後を見てあげた声に、パルパランはクルリと踊るようにターンし、声をあげ言葉を続ける。
「あれこそが、貴方方の相手をする者達です。さて、話を戻しましょう。この地で戦いが行われました。終わらない戦いに、多くの兵が血を流し命を散らし、夢も希望も奪われ、敗れた者達の骸。朽ち果て土に戻った骸。その土地が持つ……争いの記憶。これら全てが貴方方を殺しにかかるのです」
話ながらもパルパランは歩みを止めず、海亀の側をすり抜け、小屋の後ろ側に立つオレの横をすり抜けさらに進む。
そして、さらにしばらく進んだ後、止まった。
それからパルパランは振り返ってオレを見た。
嬉しそうな笑顔だ。
何がそんなに嬉しいのだか。
ちょうどそれと同時に、パルパランと海亀の中間辺りの地面が盛り上がり、3体のスケルトンが現れた。
すでに小屋の屋根に上がり、警戒していたプレインが即座に魔法を詠唱する。
詠唱によって出現した矢は、スケルトンを粉々にする。
「さすがはお強い皆様だ。侍従長であるダ・ヤが率いる果実となった呪い子達。あれらを無傷で始末しただけのことはあります」
何のことだろうか。
そんなのと出会った憶えがないんだが……呪い子達?
「後は、あの遠くにいる集団だけか? それだけじゃないんだろう?」
正直なところ、あの遠くに見える集団だけでも、不味い状況だが、絶対にそれだけではないと感じる。
「もちろんです。ではでは、その強がりがいつまで通じるのか楽しみでございます」
パルパランが言い終わると同時に、次々と骸骨やゾンビが地中から現れ始めた。
その数はどんどんと増えている。
「ちょっと待て」
この調子で増えるのは不味い……というか、あの遠くにいるのも……。
「よくお気づきに。そう、この地にて果てた死者のなれの果て、その集まりである亡者……アンデッドの軍隊。いつまで耐えられるのか、とてもとても見物でございますれば」
周りを取り囲むように次々と出現する、スケルトンやゾンビ。
他にもコウモリやカラス。
出現速度はどんどん速まり、あっという間に、アンデッドの集団はオレ達を取り囲んでいた。
「チッ」
ミズキが舌打ちをすると同時に、剣を抜きパルパランへと斬りかかる。
あいつを倒せば、アンデッドが消えると判断したのだろう。
だが、ミズキの振るった剣はパルパランの体をすり抜けた。
「んーふふふ。そのお気持ちはわかります。わたくしめを倒せば解決すると思ったのでございましょう。なれどアストラル体である、わたくしめには、家畜の攻撃などききません」
イ・アと同じか。
では魔改造聖水では、どうだろうか?
魔改造した聖水を影から取り出し、ドンと側に置く。
オレが何をやりたいのか分かったのだろう。
いつの間にか呪いを解いて、オークの戦士となったハロルドが、オレが聖水の入った樽の蓋を開けると同時に、両手を突っ込み手を濡らす。
そして、濡れた手でパルパランへと殴りかかる。
パルパランは先程と違い、ハロルドの攻撃を避けるように動いた。
だがハロルドは逃さない。
避けきれなかったパルパランは、地面に倒れこんだ。
「んぐふふ。やはり対策をとっておられましたか。このアストラル体を殴ることができるとは……座標を見つけたので? それともまた別の力?」
だが、パルパランは余裕だった。
クリーンヒットとはいかなかったからだろう。
だが、攻撃は当たり、ダメージもあった。
いける。
さらに影の中から水鉄砲を取り出し、オレの側に来ていたサムソンに渡す。
反撃だ。
だが、パルパランは待ってはくれなかった。
「では、わたくしは一旦退散いたしましょう。しばらく、その子達とでも遊んでいてください。まだまだ平気でございましょう。ですが、必死にもがき、必死に戦い、そして絶望の中で最期を迎えてください。では、またお会いいたしましょう。生きていれば」
そう言ってすごいスピードで上空へと飛んでいった。
「逃がすか!」
ハロルドはなんとか捕らえようと飛び出す。
だが、遠方にいた巨大なアンデッドが投げた棍棒と、ゾンビに阻まれてパルパランに近づくことすらできない。
「ぬぅ。あれはミノタウロス。アンデッドのミノタウロスでござるか」
残ったのは、次々と出てくるアンデッドの軍団。
スケルトンだけではない。魔物のアンデッドもチラホラ見える。
こんな奴らが、いつまで湧き出るのか。
そして、先ほど見た軍勢も控えている。
あんなのにぶち当たったら、ひとたまりもない。
「相手にしてられない。逃げよう」
「そうだな」
「じゃあ、ボクが御者するっス」
「いや。茶釜で引いていこう!」
そう言ってミズキとカガミが茶釜に飛び乗る。そしてミズキの後に座ったカガミが魔法を唱え、金色の鎖を作り出し海亀を包むように動かした。
「ミズキ。前は任せます!」
「了解。蹴散らして進むから揺れるよ」
そして次々と生まれるアンデッドから逃げるように、茶釜は猛スピードで駆け出す。
ミズキは、槍を振り回しながらアンデッドを蹴散らし、茶釜の進む道を切り開く。
右へ左へ蛇行してから逃げ惑う。
カガミは上手く金色の鎖を操作して、海亀を導いているが、かなり右へ左へと揺れる。
相当なスピードが出ていた。
だが、増えるアンデッド軍団に、オレ達の進む道はどんどんと狭まっていった。
ミズキが簡単になぎ払うことができない強力なアンデッド。
それらが、行く手を阻むのだ。
一体や二体であれば、楽勝だろう。
だが、この数え切れない集団との戦いでは、援護もままならない。
ハロルドも、オレ達も、たまに飛び乗ってくる強力なアンデッドへの迎撃で精一杯だ。
「どこか! どこか! 敵が少ないところ」
「あっちっス!」
プレインが指を指したところは確かにほとんどアンデッドがいなかった。
こうして見るとアンデッドが大量に生まれる所と生まれない所があるようだ。
「じゃあ、あそこに」
ミズキが槍を振り回し、立ちはだかるアンデッドをなぎ倒しながら茶釜は必死で進む。
「やった! 抜けた!」
ミズキが弾んだ声をあげる。
だがアンデッドの包囲網を突破し、やっと一息つけるかと思ったとき、そこにはパルパランが立っていた。
「んーふふ。兵法には、わざと逃げ道を作り、敵を誘い込み、死地へとおびき出すという手法がございます」
勝ち誇ったように笑うパルパランが言葉を続ける。
「見てください、周りを!」
『ボゴン』
空白地帯だと思っていた先に、いきなり大量のアンデッドが湧き上がった。
いきなりひっくり返された土が、大量の土煙を起こす。
「マジか?」
安心したのも束の間、アンデッドの集団に囲まれていた。
「これぞ、包囲、殲、滅、陣! でございます」
パルパランは、勝ち誇ったように言った。
何が包囲殲滅陣だ。
すでに包囲なんて必要がないほどのアンデッドじゃないか。
「追撃を!」
ハロルドが一瞬でパルパランの近くへと飛び込み剣を振るう。
だが、パルパランの方が早かった。
まるでハロルドの接近を予想していたかのように、急上昇する。
「さてと。とりあえず、とりあえずではございますが、私の溜飲は下がりました。あーとは、必死にもがき、必死に苦しみ、死んでいただければ。ですが、お強いあなた方は切り抜けるかもしれません」
「切り抜けるさ」
やられてたまるか。
「そうでしょう。そうでしょう。本当は、もっと多くの! もっと強力な骸に! 貴方方をまかせたかったのですが、準備不足によりこの有様でございます」
準備不足でこれか。
一体、当初のプランだとどうなっていたんだ。
やりすぎという言葉を知らないのか。コイツ。
「いや、十分だよ」
「いえいえいえいえ。ご遠慮は無用。より強い個体……を用意しておりますれば、しばしお待ちを」
そう言ってパルパランは飛び去って行った。
残されたオレ達の状況は依然悪い。
周りにはおびただしい数のアンデッド。
未だ増え続け、次々と襲いかかってくる死霊の群れ。
逃げ道はない。
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