第二十章 聖女の行進

第382話 こせんじょう

「おはよう」

「リーダ。今日は早いんだな」

「なんとなくだよ」

「今日も、昨日と同じ微妙な天気だぞ」

「みたいだね。まぁ、雨が降りそうで降らないね」

「そうだな。もっとも、静かなのはいいな」

「あぁ。このまま何事もなく、静かに平和に帝国へいきたいな」

「帝国に行って、ノアちゃんのお父さんに会って……とりあえず、そこまでは静かに波風たてないようにしたいな」

「そうだね。もう騒ぎはモルトールの一件だけで十分だよ」


 モルトールを出発して3日目の朝。

 サムソンと会話しながら見る風景は、昨日の朝とほぼ同じ。

 曇り空から、差し込む朝日が延々と続く緑の丘を照らす。

 燃える屋根のあった宿で聞いた営業トークの中で、ここは幾たびも戦いが繰り広げられた場所だと聞いた。

 だが、そんな戦いの後など何処にもない。今は休戦中だからだろう。

 広大な丘陵地帯。

 緩やかな起伏のある台地は、背の低い草が生い茂っていて、緑豊かな丘だった。

 ここで争いがあったと思えないほど穏やかな土地だ。

 たまに野犬や馬などがいた。

 それ以外は何も見当たらない延々と続く丘。

 空を飛ぶ鳥も優雅に飛んでいて、魔物にも出会うことがなかった。

 最初の数日は、美しく広がる緩やかな起伏のある丘陵地帯を眺めていられた。

 だけれど、3日目ともなるとさすがに飽きる。

 まぁ、いつもの景色だよなといった感じだ。


「本当に何もないっスね」

「あのね。昨日、羊飼いさんを見たよ」


 ノアがノートに描いた羊飼いの絵を見せてくれる。

 大きな鐘がついた杖を持ったおじさんの絵だ。まわりには丸い羊がいる。

 ずいぶんと絵が上手くなったものだ。

 なんにでも一生懸命だな。ノア。


「へー、羊飼いか」

「それに、茶釜で走り回るととてもいい感じだと思います。思いません?」

「そうそう。もう、どこまでも広がる丘がすごく綺麗なんだよね」

「えぇ。昨日なんかは、野生の馬と競争しましたよ」

「いいなぁ、私も今度馬を見かけたら、やってみようかな」


 なんだか話を聞くと楽しそうだ。オレも、たまには茶釜に乗ってみようかな。


「明日ね。クローヴィスを呼んでいい?」

「いいよ。せっかくだから茶釜に乗ったオレと競争しようか?」

「うん!」


 大した事のない雑談。いつものようにのんびりした日常だった。


「リーダ様。誰かが立ってます!」


 ピッキーの声を聞くまでは。


「羊飼いかな?」

「違います。急に出てきました。なんか怖いです。じっとこちらを見ています」


 ピッキーが怖いと表現したことが気になって、すぐにピッキーの隣へと進む。

 確かに前方に、人が立っている。

 近いというわけではない、人がいるとわかる程度だ。

 身体強化で視力を強化して、前に立っている人を見る。

 見たことのある人物。

 パルパランが立っていた。

 初めて会った時と同じように、宝石をジャラジャラと身に纏いパルパランはたった1人で、丘の上に立っていた。

 まるでオレ達を待ち構えているように。

 先回りしたのだろうか。

 しばらく様子を窺うことにする。

 パルパランは微動だにしなかった。

 じっと立ったまま、オレ達を見ていた。

 ふと目が合う。

 その瞬間、パルパランは笑った。

 オレが身体強化で視力を強化し見ているように、パルパランも何らかの方法で視力を強化し、オレ達の方を見ているようだ。


「どうしますか?」

「突っ込む?」

「罠かもしれない。あまりも不気味だ」

「では、迂回します」


 ピッキーがそう言って、身を前に乗り出し海亀に指示を出す。


「かってこの地で戦いがありました」


 それとほぼ同時、パルパランの声が辺りに響いた。

 遠くにいるパルパランの声が、すぐそばで話しているように聞こえた。


「んーふふふふ」


 笑うパルパランの言葉はさらに続く。


「戦いは1000年を超える間、幾たびも続き、そして戦いに明け暮れた結果、この土地は血に染まりました。そこでは悲劇も喜劇もありました。人の夢、人の想い、いや人だけではなくあらゆる生き物の願いや想いを、この土地は記憶し、そして存在しております」


 演説するように言葉を続けながらパルパランは、近づいてくる。

 あくまでゆっくりと。


「何かおかしいぞ」

「おかしくはございません」


 サムソンがオレに向かって言った言葉に、パルパランが答える。

 まるでオレ達の側にいて、気軽に会話に参加するように。


「そんなに離れているのに、聞こえているのか。耳が良いな」

「聞こえている? 聞こえていない? 問われれば、聞こえていると答えましょう」

「そうか」

「思えば、貴方達はいつの頃からか、わたくしを警戒しておりました」

「あぁ」

「おそらく館の者が失態を犯したのでしょう」


 いや、違うよ。

 お前が失敗してオレに警戒心を抱かせたんだ。

 人のせいにするなと思う。


「やはり敵か」

「そうでございますね。敵かと問われれば敵と答えましょう。貴方方を殺すために、私は活動しているのですから」

「イ・アの仲間か?」

「王妃様の名前を! お前ごときが軽々しく口に出すな! ただの喋る家畜のくせに! ただの出来損ないのくせに!」


 先ほどまではまったく違う口調。

 ゆったりとして穏やかな口調ではなく、バルパランは怒りをあらわにして怒鳴り声を上げた。


「やはり、仲間だったのか」

「仲間ではございません。王妃イ・ア様が敬愛する王の下僕の1人でございます」

「そうか」

「本来であれば……もうしばらく時間があれば、最高の舞台を用意できました。なれど、急がれてしまうので、不完全な状態で迎えねばなりません」


 オレの予想は当たっていた。

 パルパランは敵で、なおかつ時間を稼ぎたかった。

 もしかしたら、チッキーの誘拐はおろか、報奨金を積み上げたのもパルパランだったのかもしれない。

 それにしても、イ・アの仲間か。

 パルパランの言動から推測すれば、やつは準備不足だ。

 今回は魔改造聖水も含めて、対策も出来ている。

 しかも、ここは見晴らしの良い丘陵地帯。

 いくらでも走って逃げることができそうだ。

 オレは自分の選択が正しかった事に、少しだけ安心し、次に備えた。

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