第361話 ちょっとしたできごと

 それはヌネフとウィルオーウィスプが延々と終わらない口喧嘩をしている時だった。

 1匹のトーク鳥がオレ達の小屋へと飛んできた。


「タスケテ、タスケテ、キケン、キケン」


 そう繰り返し声を上げた。


「これって、もしかして……。いや、間違いない。オレ達のトーク鳥だ」

「助けてって言ってるのは、チッキー達だよ」

「何かがあったんスよ!」


 皆が、すぐにピッキー達に何かがあったと判断した。


「私、先行する」


 そう言ったかと思うと、ミズキが茶釜を呼び出し、ふわりと飛び乗る。

 そして、颯爽とどこかへ行ってしまった。


「おい! むやみやたらに」


 オレの忠告などおかまいなしに、森の中へと走っていく。


「私、クローヴィスにお願いして、空から!」


 ノアも慌てた様子でクローヴィスを呼び出し、屋根から飛んでいった。


「どうするっスか?」

「まずは状況の確認だ。ピッキー達と合流することを目指そう」

「ピッキー達がどこにいるのかわかるんスか?」

「あぁ。わかるぞ」


 サムソンが小屋の中から顔を出して言った。

 さすが。

 そんなに遠くには行っていないだろうから、しらみつぶしに探すことを考えていた。


「魔法?」

「いや、3人に持たせた魔導具で。念のために居場所が分かるようにしてあるぞ」

「そうだった。言われるまで思いつかなかった」


 焦りは禁物。

 あのガスマスクになる魔導具。

 3人の安全を守るためにいろんな機能をつけてたんだった。

 確かに、沢山つけた機能の1つにあったな。


「ほら」


 サムソンからコンパスを受け取る。


「針の指す方?」

「赤い方だな」

「了解っス」


 プレインはコンパスを受け取った直後、手首の魔導具で矢を打つと、飛び去る矢に追尾する板の影に紛れて飛んでいってしまった。

 飛ぶよりも遙かに速い、プレインなりの移動方法だ。


「誰か、小屋に残っておいた方がいいと思います。思いません?」


 カガミが心配そうな顔をしてそう言った。

 確かに追加の情報があって、行き違いになるのは問題だ。


「そうだな。なら、カガミとサムソンが残ってくれ。何か連絡が必要なことがあれば、空に向かって電撃なり使って教えてくれればいい」

「了解。リーダ。お前はどうするんだ?」

「オレは……ロバに乗って追いかけるよ。飛翔魔法じゃ、長時間飛べない」

「わかりました」


 カガミが青い顔して小さく頷いた。

 オレはロバにまたがり急いで進む。

 コンパスを頼りに。

 ロバは案外速い。

 しかも、森の平坦とは言えない地面も器用に縫うようにすすむ。

 おかげで、足下の心配をせずにコンパスとにらめっこしつつ進むことができた。

 加えて、ロバも急いでくれているようだ。

 心なしか息づかいが荒い。

 オレの必死な気持ちが伝わっているのか。

 それも、ピッキー達を心配してくれているのか。

 どちらにしても心強い。

 しばらく進むとミズキが見えた。


「ミズキ」

「リーダ。こんな時に面倒なのにぶち当たった」

「面倒?」

「でっかい狼」


 ミズキがイラついた様子で声をあげる。

 オレ達から少し離れて、丁度コンパスの赤い針が指す方向に、狼がいた。

 巨大な狼。

 こぶのあるオレ達の背丈ほどある狼。

 四つん這いにもかかわらずオレと同じ高さに目線があるので、体長は相当あるだろう。

 まるで、オレ達をピッキー達の下へ行かせないような立ち位置で、こちらを見ていた。


「3匹いるな……」


 そんな狼が3匹。

 前に2匹。オレの右手側に1匹。


「えぇ。ノアノアには、ピッキー達をお願いって言っておいたけど……」

「そっか」

「なんていうか。マジむかつく。近づくと逃げるし、隙があると飛びかかってくる」


 ミズキが、苛ついた様子で言う。

 それと同時に、一気に近づき左手に持った槍を降ると、当たらない距離まで狼はサッと逃げた。

 だが、諦めている様子はない。

 残りの2匹はいつでも襲いかかれるようにと、前のめりでオレ達を凝視し続けていた。

 ただの狼じゃないな。

 その巨体も、瞳の様子も。

 魔物の類いだろう。


「シャシャシャ」


 どうしたものかと考えていると、巨大狼の一匹が妙な鳴き声を上げだした。

 ピッキー達が心配で、焦る中、その鳴き声がいっそうオレ達を苛つかせる。

 あの狼が逃げるより速く接近して……ダメか。

 ミズキが攻撃したときのように、距離をとられる。


「困ったな。噛まれたら痛いだろうしな」

「リーダ。余裕だよね」

「そうでもない」


 さて、どうしようか。


「あのさ。リーダが魔法を唱えて」

「魔法を?」

「わざと隙を作るの。襲い掛かってきたら、私が迎撃する」


 考えあぐねていると、ミズキがアイデアを出した。

 上手く乗ってくれるかどうかはわからないが、試す価値はありそうだ。


「それで行くか」

「じゃ、そういうことで」


 さっそく、下を向いて魔法を詠唱する。

 ミズキは、そんなオレからわざと視線を外し、別の巨大狼に近づく素振りを見せる。

 狙っていたかのように、ミズキの乗っている茶釜が、別の巨大狼へと体を向けた瞬間。

 巨大狼が1匹、オレに飛びかかってくる様子が視界の端に見えた。


「バーカ」


 ミズキがまっていましたとばかりに、茶釜から飛び降りつつ、グルンと体をひねり、左手に持った槍で狼を突き刺す。


「ギャァウゥ!」


 甲高い悲鳴を上げた巨大狼へ、ミズキは追撃の手を緩めない。

 今度は右手に持った魔剣を巨大狼の首へと突き立てる。

 さらには、巨大ウサギである茶釜が、振り向きざま前の手で狼の頭を殴りつけた。

 ミズキと茶釜の3連撃が決まったと同時、オレの魔法の詠唱も終わった。

 慣れっこなので、ずいぶんと早口で詠唱できるようになったものだ。

 10本越える魔法の矢が、巨大狼達へとぶち当たる。


「やった」

「ダメ。倒せてない……案外タフ」


 倒したかと思ったオレに、ミズキが冷静なジャッジを下す。

 確かにミズキが言うとおりだ。

 ふと見ると、ミズキと茶釜の連携攻撃を受けた巨大狼は横たわっていた。

 だが、魔法の矢だけが当たった残り2匹は元気だ。


「参ったな。ピッキー達もこいつらに襲われてるのか」

「だったら、まずいよね」

「あぁ」


 最悪、オレがここを引き受けて、ミズキにはピッキー達の方へと向かって貰うか。

 いや……まずいな。

 足止めに失敗すると、最悪、オレがやられてミズキが一人で残り2匹を相手することになる。

 しょうが無いかと、先ほどと同じ手を使ったが、引っかかってはくれなかった。


「ほんとムカつく」


 2匹から目を離さないように警戒しつつ、何らかの方法を考える。

 最初のミズキから逃げる反応速度から、電撃は外しそうだ。

 森の中で火球は……止めた方が良いだろう。

 二次被害が怖い。


「ふぅ」


 考えがまとめきれず、何と無しに上を向いて溜め息をついた。

 その時だった。

 物陰から狼が1匹突進してきていたのだ。

 巨大狼ではない普通の狼。

 やばいと思った瞬間、茶釜が後ろ脚で蹴り飛ばしていた。

 危ない危ない。

 あの2匹の他にもいたのだ。

 ちょっと目を離した隙に……油断も隙もない。


「増えちゃったね、敵」

「ホントにな」

「でも、助かったよ。ありがと茶釜」


 それからも、巨大狼がオレ達には近づいてこない時間が続く。

 気を抜くと、物陰にいる普通の狼が襲いかかってくる。

 どうやら、あの巨大狼は普通の狼を操ることができるようだ。

 面倒くさいことこの上ない。

 シャシャシャと、奇妙な鳴き声を上げながら睨みつけている巨大狼に、イライラする。


「威力がある魔法の矢が欲しいな」

「そうだね。ノアノアが使う魔法の矢だったらいけそうだけど」


 ミズキが困ったように言う。

 確かに、ノアの使う魔法の矢は高火力だ。

 同じ魔法なのに、魔力の差なのかな。

 帰ったら追尾性能があって強力な魔法を探してみよう。


『ドォン!』


 そのような、いつまでも続きそうな膠着状態だったが、突然終わりをつげた。

 巨大狼の頭上から、青い雷撃が降り注いだのだ。

 そして、それとほぼ同時に、魔法の矢が大量に降り注ぐ。


「ノア!」


 オレ達のすぐ上に、クローヴィスとノアがいた。

 ほんのつい今し方、オレが考えていたノアの魔法。

 圧倒的な魔力により作られた魔法の矢が、一気に狼を殲滅した。


「終わり!」


 突然の不意打ちに、残った巨大狼が上空へと注意を払った隙に、ミズキが突撃して一瞬でケリをつける。

 あれほど苦戦していた状況が一気に解決した。

 残った巨大狼のうち、一匹はクローヴィスの電撃ブレスによって。

 もう一匹はミズキに。

 あっさりと倒され、そして2匹の巨大狼が操っていた狼は、ノアの魔法によって倒された。


「助かったよ。クローヴィス」

「楽勝さ」


 フワリと降りてきた銀竜クローヴィスにお礼を言うと、彼は得意げにそう答えた。


「あのね。ピッキー達も大丈夫だったよ。狼をいっぱい倒してた」


 ノアがクローヴィスの背中から、ピッキー達の無事を教えてくれた。

 無事か。よかった。


「ノアノア、プレイン見た?」

「プレインお兄ちゃんは、ピッキー達の近くにいるよ」

「そっか。合流できたか」

「見つけた時には、ピッキー達が狼を倒してたらしいよ。今は、見つからないように護衛してるんだって」


 ノアの言葉に、クローヴィスが補足した。

 どうやら、ピッキー達が狼を倒したので、見つからないように見守るつもりのようだ。

 詳しい話は後で聞けばいいか。

 せっかくなので、オレ達もプレインに習ってピッキー達の側まで行ってみることにする。

 しばらく森を進むと、ピッキー達が何かを作っていたのを見つけた。

 楽しそうにワイワイと盛り上がっている様子に、これは邪魔できないなと思う。


「何してんだろう?」

「あの大きな狼を運ぶために、ソリを作ってるみたいっスよ」

「そっか」


 ピッキー達の側には、10匹以上の狼が横たわっていた。

 うち一匹は、オレ達が戦った巨大狼ほどではないが、二回りくらい大きな狼だった。


「それにしても、よくあんなに狼を倒したな」

「うん、なんかさ。せっかく活躍したのに出て行くと邪魔する感じになるし、私だけ先に帰っちゃおうか?」

「そうだな」

「一応、ボクは見つからないように村まで護衛するっスよ」

「あぁ、無理するなよ」


 そして帰ることになった。

 ピッキー達は自分達だけで倒したのだ。

 後で、ピッキー達の活躍を聞く事にしよう。

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