第352話 閑話 裏にいる者

「いやー、疲れた疲れた」

「早いおつきで、大変でしたね」


 4階建ての宿の一室。

 窓から外を眺めつつ、ジョッキについだ酒をあおっていたキャシテが、入室したイオタイトへと声をかけた。


「他人事かよ」

「他人事ですから」

「これから東へ向かうことになった」

「主様の命令ですか?」

「他にないだろ。すぐにここを出てノアサリーナ達よりも早く帝国に入れだって」

「慌ただしいですよね」

「こんなことだったらノアサリーナと別れずに、ずっと同行しておくんだったよ」

「ダメですよ。先回りできないじゃないですか」

「言ってみただけだよ。あと、主様もオレっち達と同じ考えだった」


 それまで、ずっと窓の外をぼんやりと見ているキャシテが、振り返って入り口側にいるイオタイトを見た。

 その口には野菜のスティックが咥えられていて、手にはお酒の入ったジョッキを持っていた。


「やっぱりギリアには私達の把握していない誰かがいると? それで私達の正体は?」

「そこまでは掴まれていないだろうということだったよ」

「そうですか。主様が言うんだったらそうなんでしょうね」


 ホッとした様子でキャシテが笑う。

 そんなキャシテの様子を一瞥したあと、イオタイトは部屋に置かれたテーブルに置いてあったサラダに手を伸ばしつつ言葉を発した。


「あの地図を見た時は震えたよ」

「ですよね。だってノアサリーナ達は、貴族の力関係とか知らなさそうでしたもんね」

「そうなんだよなぁ。にもかかわらず、あれだけ精緻な計画を立てていた。目的地の帝国まで、通る所はサルバホーフ公爵側についてる貴族の領地や街道ばかり。ちょっと外れれば、ゴタゴタに巻き込まれるかもしれないけど、あのルートだったらたぶん巻き込まれないだろ」


 サラダと、焼いたパンを食べながら、ぶつくさとイオタイトはぼやいた。

 そして、そのままテーブル側においてあった椅子にドスンと音を立てて座った。

 その様子を見て、キャシテが笑う。


「そんなにお疲れだったら、そこのベッドに寝転べばいいのに」

「えっ、おれっちと寝たいって?」

「面白い冗談ですよね。最近、調子良すぎですよ。お姉様にもおしえなくちゃですね」

「勘弁してください」

「しょうがないですね。でも、怖くないですかそれ? 貴族の内心なんて普通分からないのに、私達と同じレベルで、どちらの派閥か把握しているってことですよね」

「そうなるよなぁ。少なくともラングゲレイグというギリアの領主に、知識があって、なおかつ、おれっちに気配すら感じさせずに行動する。それが出来る誰かがいるってことになるからなぁ」

「ギリアの城に入り込まなくて正解でしたね」

「そういうことだね」

「でも、やっぱりノアサリーナ達と、もっと旅をしてみたかったですね」

「同感。でも、あんまり情が移っちゃうと、殺せと言われたとき大変っしょ」

「そんなに感傷的でしたっけ?」

「おれっちは、とても心が穏やかで、優しい人間なのさ」

「そういう設定なんですね」

「いやぁ。設定じゃないよ。素だよ素。それにしても、彼らに関しては結局わからず仕舞いだったのがなぁ」

「ですよね。変わった人達ですよね。面白いし。とはいえ、隙だらけかと思えば、いきなり鋭い気配を感じるから、油断はできないですし」


 キャシテが呟くように行った後、イオタイトから目を離し、窓枠に体を預けて外をみやった。

 イオタイトもまた、キャシテを見ることなく、テーブルにおいてある料理を口に入れながら、キャシテへと声をかけた。


「確かにね。次にノアサリーナ達と会った時……その時どんな立場か分からないけど、敵対したくはないね。ところで、どんな状況?」

「どっちですか?」

「ノアサリーナ達以外にあるのかい?」

「えっと、白薔薇の人達を見かけましたよ」

「この町で?」

「うーん。ちょっと町外れですね。見たこともない飛行船が見えたんで、調べたら白薔薇の飛行軍艦でした」

「白薔薇の飛行軍艦でヨラン王国に乗り込んだのか。休戦中とはいうものの強気だね」

「ですよねぇ。それは別として、ノアサリーナ達はおとなしいものですよ。何か魔道具を作ってるみたいですね」

「そっか、平和だねぇ」

「あっ、でも、ちょっと魔術師ギルドの人とは上手くいってない様子ですよ」

「楽しそうに言っちゃだめっしょ」

「魔術師ギルドと、ノアサリーナ達の泊まる宿が接近してて、まるで火花が見えるようですよ」

「言われてみれば、本当に魔術師ギルドの近くだな」


 食事が終わった様子のイオタイトが、ノソノソと窓へと近づき、窓枠に手をかけて外を眺めた。

 大通りと、そこを行き交う馬車、そして人の喧噪が窓から見る景色にはあった。

 騎士が駐留しているにもかかわらず、騎士団よりも魔術師が幅をきかせる町。

 その象徴たる円錐形の青い屋根が輝く、魔術師ギルドの高い建物。

 そんな魔術師ギルドの建物を、視界の端に留めてイオタイトが見るのは、普段と変わらない日常だった。


「平和ですねぇ。休んでていいですよ。監視なら私やりますし」

「酔っ払いに?」

「やだなぁ。フリですよ。フリ」

「じゃぁ、そうしようかな。徹夜はやっぱり辛い」


 それが起こったのはちょうどそんな時だった。

 突如、あれほど行き交っていた馬車が止まった。

 加えて多くの人が、町の一カ所を見ていた。

 小さなざわめきが起こっていたこともあり、何かが起こったのが、誰の目にもあきらかだった。

 そして当然、何か異変が起こったことに、イオタイト達もすぐに気がつく。


「なんでしょう?」

「向こうの通り……ノアサリーナ達が通っている工房のあたりですね」

「うーん。ちょっと見てくるかな」


 小さく唸った後、イオタイトが窓から身を乗り出した。

 キャシテは、そんなイオタイトへ道を空けるかのように体をのけぞらせた。

 それから、片手に持っていたジョッキを口に運びつつ、横目で町の様子を眺めていた。


「何だろう……何かが動いてる?」

「ただいま」


 ドンという大きな足音をたてて、イオタイトが部屋の中に現れた。

 勢い余ったように少しだけ前に足をすすめ、椅子を蹴飛ばす。


「早すぎますよ」


 キャシテが呆れたように、笑顔で声をかける。


「ちょっと見てきただけだしね」

「何かあったんですか」

「木彫りの人形が、走り回ってる」

「何ですか、それ」

「見たまんまだよ。どうやら魔術師ギルドの面々を追いかけ回しているようだね」

「一体何があったんでしょうか?」

「さぁ、わからないが、誰がやったのか……犯人はわかるよ」

「さすが。で、誰が犯人なんですか?」

「ほら、あそこでコソコソと、この町を出ようとしてる人達だよ」


 窓辺までゆっくりとイオタイトが歩み寄り、かるく指差した先に、小屋を乗せた海亀がゆっくりと歩いていた。


「ぷっ」


 それを見てキャシテが吹き出すように笑う。


「やっぱり一緒に行きたかったですよね、あの人達と」

「本当にね。ちょっと目を離した隙に何をしでかしたんだか」

「主様に怒られるかも」


 キャシテの笑いながらの言葉に、イオタイトがわざとらしい溜め息をついた。

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