第343話 しょうじきものとぶらうにー

「なんとかなったな」

「いきなり月への道を修復することになって焦ったよ」


 農村での一泊を経て、悠々自適に帰宅の途へとつく。


「私は心配してなかったけどさ」

「ミズキお姉ちゃんは心配じゃなかったの?」


 いつもの調子のミズキに対して、ノアは驚いた様子で質問する。


「だってさ、ノアノア、いつも何とかなってたじゃん」

「うん」

「そうだな皆で一緒にやればなんとでもなるさ」

「皆で……一緒に?」

「そうそう。例えば、怖い話聞いた後で、夜に1人でトイレに行くのはこわいけど、誰かについてきてもらえば怖くないだろ?」


 こういうときは例え話だ。

 身近な事例に当てはめればわかりやすく説明できる。


「え?」

「いや、ちょっと待ってリーダ」

「お前、それ、たとえが違うだろ」


 ところがオレの例え話は、凄い勢いで皆にダメだしされた。


「数の暴力を感じる」

「何が数の暴力なんだか」


 しょうがない別の例え話……。


「そうだな。失敗したかもって思ったり、どうしたらいいかわからない事ってあるだろ?」

「うん」

「そんな時に、皆に相談するんだ。そうしたら、仕様ってことにして乗り切ろうって意見が……」

「シヨウ?」

「ちょっとリーダ。もう黙ってて」

「ノアちゃん、仕様とか言われてもわからないだろう。それに、それ仕事の話じゃないか」


 くそ。またダメだしされた。

 でも、確かにサムソンの言うとおりか。仕事の話をしても、ノアにはわかんないよな。


「そうだよ。リーダ、例え話が下手すぎ」

「では、ミズキさん。どうぞ」

「あのさ。食べ物屋さんに入るでしょ?」

「うん」

「どれ食べようかなって思った時、皆でいろんな料理を頼めば、いろんな料理が食べられるでしょ?」

「うん」

「そういうことだよ」

「いや。違うだろ」

「えー。結構自信あったんだけど」


 帰りながら、例え話を皆で出し合って進んだ。

 結局のところ、最後まで皆が納得する例え話は出なかった。

 案外、誰でもわかるような例え話というのは難しいようだ。

 でもノアは、最後には解ってくれたようで、笑って頷いていた。

 帰り道も順調。

 いろんな場所を旅していたオレ達にとって、穏やかで緑あふれるギリア付近など、おちゃのこさいさいなのだ。

 ギリアの町に帰りがてらより、成功報酬を貰い意気揚々と帰る。

 帰宅してからは、また日常の再開だ。

 仕事をして、借金返済。

 カガミとミズキ、それからノアとチッキーはブラウニーの監督。

 トッキーとピッキーは、ギリアの町で大工のお仕事。

 それぞれが、仕事にあけくれ、そして充実した日々が続く。


「呪い子が答えをださぬだと?」

「えぇ。お嬢様にとっては急な話。一月は短すぎます」

「は? お前は、何を言っているのだ? 呪い子にわざわざ父親と名乗った方に対し、返事を渋るような娘など、力尽くで連れていけばいいだろう?」


 手紙を貰ってから一月が経過したので、事情を説明しにいったら、すごい剣幕で怒られた。

 どうにも価値観の相違があるようで、ムカつきっぱなしの会話だった。

 とりあえず、回答期限を半年ほど延長するという事になった。

 もっとも、そんな回答期限など知ったことではない。

 勝手に言っていろという感じだ。


「あんまり、ノアノアにとっては良い話じゃないかもね」


 その時の話を皆にしたとき、ミズキが言った一言にオレも同感だった。

 だが、日常生活は順調に進む。

 借金もついに残すところ金貨800枚になった。

 もっとも、利息は別。

 だけれど、秋頃に元本完済できればいいねと話をしていたが、それより早く完済できる状況が嬉しい。

 そして、そんなある日。

 昼も過ぎ、そろそろ夕方という頃、地下室でブラウニー共の監督をしているはずのチッキーが広間へとやってきた。


「ひとやすみ? なにかお菓子を出しましょう」

「ちがうでち。お嬢様が、お話があるから、皆様に地下室に集まって欲しいそうでち」


 そして、チッキーはそう言った。

 お話?

 地下室でか。


「なんでしょうか? 手紙の返事でしょうか?」


 サムソンの部屋へと、駆けて行くチッキーを見送ったカガミが、首を傾げて言う。

 ノアが全員に話があるというからには、手紙の返事なのだろうな。

 どんな結論であれ、ノアの望みは叶えてあげるつもりだ。


「行ってみればわかるさ」


 同僚達と一緒に向かった地下室では、予想外の光景が広がっていた。


「ブラウニーがいっぱい」


 カガミが地下室に降りた途端、発した一言。

 いつもの1人あたりブラウニー7人。2人でブラウニー14人という数ではない。

 何10人という数のブラウニーたちが手分けして魔法陣を描き写していた。

 ノアは床に四つん這いになって、魔道具を一生懸命操作している。

 だが、変装の魔法を使っていない。

 いつものノアだ。


「リーダ」


 ノアが、オレ達に気がつき、トコトコとこちらへと向かってきた。


「変装は?」

「あのね。ブラウニーさん達に正直に言ったの」

「正直に?」

「うん。騙してごめんなさいって」


 騙してごめんなさい……。

 その言葉を聞いて、オレは一つ、大きな間違いをしていたことに気がついた。

 ノアはブラウニーを騙していたことについて、罪悪感を抱いていたのだ。

 カガミもそれに気がついたようで、無言でうつむいていた。


「そっか」

「そうしたらね。ブラウニーさん達は最初から知ってたんだって」

「知ってたの?」

「うん、面白いから黙ってたって言ってた。だからワシらもごめんなさいって」


 ノアの視線を感じて、1人のブラウニーがこちらへとやってきて、ドンと胸を叩いた。


「そうじゃ。そもそも、我らが友、ジラランドルの恩人たる嬢ちゃんの願いを聞かんアホは、ブラウニーにおらんけん」


 そうか、最初から知っていたのか。


「それでね。いっぱい色んなお話したの。お手紙を読んで、お父さんに会いに行くって話も。この魔法陣を全部描き写して、早く調べなくちゃダメだってことも。そうしたらね、ブラウニーさん達が今回だけ、今日中に全部やってくれるって」

「今日中に? 今日中にですか? それはすごいと思います。思いますが……」


 カガミがうろたえた様子で声をあげる。


「いや、まだたくさんあるぞ。これ」


 サムソンも同じ感想を抱いたようだ。

 困惑した様子で大声をあげた。


「ワシらがやるって言ったらやるけん。黙って見とけ」


 そんなカガミとサムソンに対し、ブラウニーが笑いながらそう答えた。


「早くお父さんに会いに行くんだろ? だったら、こんな仕事はちょちょいのちょいとすぐに片付けてやるわい」


 別のブラウニーも、こちらに向かってそう言った。

 それからは、ブラウニーは全員がテキパキと動く。


「あれがブラウニーの本気か」


 いつもとは全然違う。

 統率のとれた動きだ。しかし、楽しそうに歌いながら仕事をしている。


「だからね。あのね」


 ノアは改まった様子で、オレ達を見た後で言葉を続ける。


「一緒に……皆、一緒についてきてほしいの」

「ノアノアのお父さんのところに?」

「うん」

「もちろん。いいよ」


 言われなくてもついていくつもりだった。同僚達ともその予定で話をしていた。

 断る理由はない。


「当たり前だよ。ついていくよノアノア」

「そうですよ。また海亀に乗っての旅、今度はもっと快適に進めると思います」

「そうそう。楽しく行くっスよ」

「いろいろ魔導具も準備しているぞ」

「兄ちゃん達も、ぜったい一緒にいってくれるでち」


 全員が、快諾。


「うん!」


 その言葉を聞いて大きくノアは頷いた。

 それからは、皆で協力して一気に作業を進める。

 オレ達、男性陣は、紙の運搬。

 女性陣は、魔導具の操作に、ブラウニー達のバックアップ。

 いつもはノアも、チッキーも、寝る時間になっても作業を進めた。

 ちょっとだけ夜更かしをしたが、予想を遙かに超えるスピードで魔法陣の転記が終わった。


「ちと疲れたワイ」


 そういって消えていくブラウニー達を見送る。


「ね。言った通りでしょ。リーダ」

「なにが?」


 得意気なミズキに聞き返す。


「何が言った通りなんだ?」

「ブラウニーって、良い奴らだってこと」

「まぁ。そうだな。いや。待て待て……あいつら、最初から解ってたって言ってたよな?」

「そういや、そうっスね」

「ということは、最初からオレの変装だってわかってて、あの態度だったってことじゃないか。くそ、ふざけやがって。オレを騙すなどと」

「お互い様じゃん」

「あのね。ブラウニーさんたち、リーダの事も大好きだって言ってたよ」

「そうなの?」

「うん。反応が楽しいから大好きだって」

「やっぱり馬鹿にしてやがるじゃないか」


 1人憤慨するオレに、同僚達は笑い、そんな同僚達につられてノアも笑った。

 まったく。

 しょうがない。

 まぁ、今回だけは許してやるか。

 そうして、少しだけノアが夜更かしした夜は終わった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る