第342話 閑話 彼らについて
「兄上、ただいま戻りました」
領主の執務室に、領主であるラングゲレイグが足を踏み入れる。
そして、まるで家臣かのように、部屋に残り書類に目を通していた仮面の男フェッカトールに頭を下げた。
そんなラングゲレイグに対し、フェッカトールは手を突き出し制して、言葉を発した。
「其方が主だ。間違えるな」
「はっ。ついつい……ところで兄上」
「あぁ。丁度良かった。つい先ほど、そこにいるヘイネルから報告を受けたばかりだ」
「左様でしたか。して首尾は?」
「予想以上の結果だ。月への道は修復された」
「修復ですか?」
「あぁ。月への道は魔物によって破壊されていたそうだ」
「月への道が破損?」
「にわかには信じられないことだが、確かに破壊されていたということだ。だが、彼らはそれを瞬く間に修復してみせた」
「月への道を……瞬く間に修復?」
ラングゲレイグは大きく目を見開き、側に立つヘイネルを見つめる。
ヘイネルは、領主に対して無言で頷いた。
2人のやり取りを見た後、フェッカトールはゆっくりと言葉を発する。
「つまり。魔術師ギルドの者達が、何年もかけて対処するような事態を、彼らはほんのひとときの間に直す術を心得ていたということだ」
「なんと。一体どうやって?」
「はい。ラングゲレイグ様。残念ですが、私はその場を見ておりませんでした。ですが聞くところによると、あの月への道は、建造物の一部が露出した状態ということです」
「一部が露出か。つまり我々の知らない物が、あの月への道の下に埋まっていると」
「そのようです。そして、我々が見ている部分の下には、月への道を補修するための部品が、あらかじめ用意されているということなのです」
「そんな話は聞いたことがないぞ。そもそも、月への道に踏み入ろうものなら、圧縮された魔力により無事では済まぬ」
「私も、ヘイネルの話を聞いて、驚いている。だが、月への道が機能を止めた状態であれば、そのような対処も可能なのであろう」
「ですが、なぜ、彼らはそのようなことを知っていたのでしょうか?」
「わからぬ」
「はい、その件についても聞いてはみましたが、偶然見つけたとばかり……」
「偶然? 偶然、土を掘り返したということか?」
「いえ、それはノームの力を借りて、ということです」
「なぜそこで精霊が、ノームが出てくる」
「彼らはノームを使役しているらしい」
「ノームを使役できる精霊使いが、彼らの中にいると?」
「その様だな。すでにサラマンダーを使役していることは報告にあった。だが確証が持てない報告ではあった。だが、ノーム。すでに、ただの精霊使いの域を超えている」
フェッカトールは、手元の紙に何かを書きつつ言葉を発した。
それは単語の並びだった。
ノーム。月への道。月への道の補修。魔術師ギルド。
ただただ、単語を書き連ねていく。
立ったままのラングゲレイグは、その様子を上から眺め、ため息をついた。
「全く底が知れませぬな」
「そうだな。だが、これはギリアにとって良い知らせだ。なんと言っても、彼らに払う報酬だけで事が済んだ。金貨1000枚程度であれば、魔術師ギルドをもてなすための費用にもならぬ金額。これは助かる。おかげで、他の案件に資金が回せる」
「まったく。今のギリアにとって、金貨1枚ですら貴重です」
ヘイネルも、領主であるラングゲレイグの言葉に対し、大きく頷き同意を示す。
その様子を見た後、フェッカトールは、ヘイネルに向き直り、改まった様子で声をあげた。
「だが、ヘイネルよ。彼らには、一応忠告しておけ」
「忠告ですか?」
「精霊を使うことは、あんまり口外しないようにということだ」
「それは一体?」
「彼らの価値が跳ね上がるということだ。いいか? あの呪い子が精霊使いであれば、話は早い。だがノアサリーナの従者のうち1人が精霊使いだとしたら……。王都の貴族、特に大貴族が、精霊使いだけを何とかして我がものにしようと考えるかもしれぬ」
「確かに」
ラングゲレイグも、フェッカトールの言葉に大きく頷く。
「少なくとも、ただでさえ彼らは、様々の形をしたゴーレムを創造するという知識を持っていた」
「はい、彼らの知識はまだ底知れません。テストゥネル相談役の影がちらつき、強攻策に出る貴族はいないようです。ですが、加えて、精霊使いとなると……」
「あぁ。彼らの価値はさらに跳ね上がる。普通の奴隷のように、主が売り買いに応じることはあるまい。ともすれば、彼らと王都の貴族が激突することもあり得る。それは避けなければいけないことだ」
「かしこまりました。では次に会う時に、忠告しておきます」
ヘイネルの言葉に満足したように軽く頷いたフェッカトールは、ラングゲレイグに顔を向ける。
「ところで、ラングゲレイグ。其方の方は……やはりそうだったか?」
「はい。兄上。白薔薇の目的は彼らです」
「やはりそうか」
「接触は確認したか?」
「いえ、確認はできませんでした。彼らの……あの海亀を追跡してる白薔薇の1人を見つけたところまでは良かったのですが……」
「何が起こった?」
「追跡をしていた白薔薇に邪魔が入りました。結果、白薔薇は彼らを見失ってしまいました。その後は、諦めてギリアに白薔薇が戻ったところまで監視したのち、戻りました」
「何の目的で邪魔を……どのような者だった?」
「はい、貴族の男です」
「貴族?」
「遠目で見た感じでしたが、白薔薇に対し言い寄っている風でした。まぁ、あれは、おそらく口説こうとしたのではないでしょうか?」
「そうか。その貴族の男というのは、誰かわかるか? 白薔薇は身分を明らかにして、こちらに滞在している。場合によってはその貴族を差し出さねばなるまい」
「えぇ。マルグリット様の紹介で温泉宿を手配した男です」
「マルグリット様というと、からっぽ頭……いや、黒騎士団長の?」
「そのマルグリット様です」
「そうか、黒騎士団長の紹介か。面倒ごとにならなければいいが……。だが、これで、白薔薇の目的が奴らということは分かった。我々が把握できていないだけで、接触はされているのかもしれないな」
「えぇ」
「帝国中央軍の者だ。今は休戦状態といえども、身分を明かして乗り込んできた。その意図を知りたいところだったが……。まぁ、良い。白薔薇が、ノアサリーナ達を目当てにしている。それがわかっただけでも、良しとしよう」
ラングゲレイグは、大きく頷いた後で、領主の席に深く腰掛けた。
領主の席に座り、大きくのけぞり体を伸ばしたラングゲレイグに対し、フェッカトールは声をかける。
「彼らは多くの名声を博している。ノアサリーナの名前は世界中に知れ渡り、そしてあの娘に絶対の忠誠を誓う5人の従者、彼らの存在も知れ渡った。既に、ギリアどころか、ヨラン王国だけの話ではなくなった。もしかすれば帝国の有力者が、彼らを手に入れようと動いている可能性も……ある」
「帝国までもが……」
ヘイネルが小さく呟く。
「だが、力尽くでは、彼らはどうにもならぬでしょうな。というより、逆襲され酷い目に遭いはしないかと、帝国が心配になります」
深刻な顔をした、フェッカトールとヘイネルに対し、ラングゲレイグは面白そうな調子で、言った。
「どうして、其方は、そう思うのだ? ラングゲレイグ」
フェッカトールは怪訝な様子で、ラングゲレイグに質問する。
「だって兄上。我らは友好的に接していて、これだけ彼らに振り回されるのです。ヘタにちょっかいをだそうものなら、余計にろくな目にはあわないでしょう。彼らはそういう奴らです。想像できませんか、兄上? 彼らに、振り回される帝国の姿が?」
質問をうけて、ラングゲレイグはおどけたように、答える。
「フフッ。ハハハ。そうだな。確かにそうだな」
「でしょう?」
「あぁ。其方の言う通りだ。確かに言う通りだ。気が楽になったよ。そうだ、ラングゲレイグ。あのリーダという男にまつわる雨の話は本当だったそうだ」
「火を囲む祭りの準備をしてリーダを迎えると、雨が降るという?」
「そうです。イザベラが、ノアサリーナの従者から聞いた、与太話。雨を呼ぶリーダの力、あれは本当だったようです」
困った顔で言ったヘイネルの言葉に、ラングゲレイグとフェッカトールが笑う。
「いやはや、奴ら……本当に訳が分かりませんな。兄上」
「あぁ。全くだ。真面目に考えるのが馬鹿らしくなってくる」
フェッカトールもそう言って笑う。
「考えすぎず、しかし前向きに考える……か。ラングゲレイグ、やはり其方の方が領主の器だよ」
フェッカトールは、誰にも聞こえないような小声で加えた後、小さく笑った。
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