第339話 がまんよりめいわく

 月への道は、破損していた。

 具体的には、真っ白い床に描かれていた魔法陣が、アレイアチの大きな爪によって削り取られていたのだ。

 加えて、石や何かの骨が散らばっていて、無残な様子だ。


「ここまで酷いとは」


 ヘイネルさんが、傷だらけになった真っ白い床をみて呟く。

 魔法陣を構成する線が途切れ途切れになっていて、さすがにこれでは魔導具として成立しないなと感じた。


「先に、月への道に関することだと教えていただければよかったのですが」


 ついつい愚痴っぽく言ってしまう。

 先に教えてもらえれば、調査にしろ、修復にしろ、少しは予習が出来たと思う。


「月への道に異常があるというのは、外部に知られたくない事柄なのだよ」

「左様ですか」

「大事な時だ。噂としてあっても困るのだが、この状況であればそうも言っていられぬか。ところで、どう思う?」

「どう……とは?」

「修復できそうかね?」


 初めて見る魔導具だ。

 できるかどうかも解らない。

 サムソンをチラリと見るが、首を振っていた。


「少しお時間をいただかなくては、判断もつきません」

「ふむ。しばらくこの場はあずけよう。私は一旦村へと戻る。結論がでたならば報告するように」


 オレの言葉を聞いても、特にヘイネルさんは態度を変えなかった。

 テキパキと兵士に指示を出し、馬に乗り立ち去っていく。

 しばらくすると、月への道に残されたのは、オレ達だけになった。


「なんだか、投げやりというか、期待していない感じだったっスね」

「そうだな。ところでロンロ、月への道ってなんなんだ?」

「空に浮かぶ月に、魔力を上納するための魔導具よぉ」

「魔力を上納って?」

「そうねぇ。魔法を使うと、魔力を使うでしょぉ?」

「使うね」

「全部が、魔法のために使われるわけじゃないのぉ。ほんの少しが、魔法の実行には使われずに、周りに飛び散るのぉ」

「10の魔力で火球を使えば、9は火球を作るために使われて、1はロスする……そんな感じかな」

「それでぇ。その飛び散った魔力はぁ。目の前にある月への道という魔導具の力によって、集められて、空に浮かぶ月へと送られるのぉ」

「魔法を使う度に、税金のように取られる魔力か。だから、魔力の上納か」

「税金というより、無駄を集めて再利用? 廃材使って箸をつくるような物だと思います」

「じゃ、月は魔力の塊なんスね」

「そうねぇ。月の魔力により、空にある極光魔法陣は光り輝くと言われているわぁ」


 極光魔法陣がサーバなら、そのサーバの動力源は、月が蓄えているエネルギーということになる。

 月はいうなれば、バッテリーのようなものだな。


「ところでさ、これって線を繋げればいいってことだよね」

「多分そうだろうな。だが、結構汚れているぞ。ほら、リーダが踏んでるソレ。アレイアチのフンだろ」


 言われて足下をみると、白い粘土のようなものを確かに踏んでいた。

 確かに、鳥のフンだと言われるとソレっぽく見える。


「やばい」

「ちょっと、近寄らないでよ。はい。バーリア」

「懐かしいっスね」

「遊んでないで……とりあえず、ここを掃除しましょう。きちんと床が見えないと、作業にならないと思います。思いません?」

「そうだが、相当広いぞ」

「ブラウニーさん達を呼びます。リーダ、お酒と果物を下さい」


 カガミに言われて、そそくさとお酒と果物を取り出して渡す。


「ちょっと、そこらへん散歩してくる」


 渡した後は、散歩することにした。

 どうせ、ブラウニー共に悪態をつかれるのだ。

 いない方がいいだろう。


「あのね、リーダ」


 森を進んでいるとノアから声をかけられた。

 追いかけてきたようだ。

 カガミ達と一緒にあの場所に残るのだろうと思っていた。


「なんだい?」

「どこにいくの?」

「ちょっとだけ、周りをウロウロするだけだよ。あのまま残ってると迷惑というか、じゃまになるしね」


 ブラウニーに悪態つかれて、オレが言い返す。

 すると、カガミとミズキから「もぅ、喧嘩しないでよ」とか言われる。先がわかりきっているのだ。

 といわけで散歩。いわゆる危機管理なのだ。


「そっか」

「そうそう。というわけで散歩」

「あのね、リーダ」

「なんだい?」

「私が迷惑かけたらリーダは怒る?」


 どうしたのだろう。

 何かあるのかな。ノアに迷惑かけられるようなことが思いつかない。

 というか、同僚達と比べてもずっとノアの方が素直で大人しい。

 どこかの酒飲みや、踊り子にお金つぎ込む奴よりか、よっぽどだ。

 ……父親からの手紙のことかな。


「怒らないよ。皆、やりたいようにやってるしね」


 だから笑顔で返事した。

 やりたいようにやればいいと。


「うん」

「ノアがやりたいことを我慢するくらいなら、迷惑かけてもらったほうがいいよ」

「そうなの?」

「そっちのほうが楽しいよ。多分」


 ノアはいつも遠慮している。

 少しくらいは好き勝手していいと思うのだ。


「わかった」


 ノアはそう小さく呟いたあと、ずっと黙っていた。


「終わったわぁ」


 フヨフヨと飛びながら声をかけてきたロンロの言葉を聞いて戻ってみると、月への道は見違えるように綺麗になっていた。

 床に描かれた魔法陣も、くっきりと見える。

 大小いくつかの魔法陣が、線で繋がっている。

 さて、アレイアチの爪痕によって失われた部分が、修復できればいいのだが。

 オレは地面を見つめ、そんなことを思った。

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