第338話 つきへのみち

 農村に到着したとき、村人がテーブルに置かれた料理などを片付けている途中だった。


「あんなに準備したのに、可愛そう」


 雨が降る中、ミズキが呟く。


「凄いよな。リーダ」


 サムソンが、しみじみと言った調子で言う。

 オレが雨を降らせたわけではない。

 遠目から見ても色々と準備をしていたのがわかっただけに、農村に入る前はさぞかし村人達は落ち込んでいるだろうと思っていた。

 だが入ってみると、様子は全く違う。


「ようこそ、いらっしゃいました。雨です。雨が降っています」


 見ればわかるのに、雨が降っていますと、村人達が次々と挨拶がてら語りかけてくる。

 待っていましたとばかりの態度と、妙な歓迎のされ方で不気味だ。

 周りの歓迎ムードとは裏腹に、警戒していたところ、知っている人が近づいてきた。

 ヘイネルさんだ。

 馬に乗って近づいてきたヘイネルさんと、簡単に挨拶を交わす。

 それからヘイネルさんと同行していた村長の案内で、雨が降る中、村長の家へと向かった。


「いやはや。こんなに早く雨がもたらされるとは、思ってもいませんでした」


 料理が盛られたテーブルへと案内され、席に座るとほぼ同時に、村長が口を開いた。


「うむ、まったく」


 その言葉にヘイネルさんも頷いていた。

 料理は、テーブルの上にドカンと豚の丸焼きが置いてあった。

 テカテカと輝く豚の丸焼きからは、香ばしい匂いが漂い、美味しそうだ。

 他には、マッシュポテトや、野菜をゆでたものがある。

 ちなみに、オレとノアは、村長やヘイネルさんと同じテーブル。

 他の奴らは、少し離れた違うテーブルで食事だ。

 オレの座るテーブルの方が料理は立派だ。

 だけど、雰囲気が堅い。

 お偉いさん達のテーブルという感じだ。

 給仕に料理をよそってもらうにも気を遣う。

 オレとしては、1人気ままに料理を取りたいのだ。


「ところで、ヘイネル様。今回の仕事というのは?」


 話題がなくて、結局、仕事の話になった。


「うむ、月への道の調査だ」


 月への道?

 なにそれ。

 名前のとおりなら、月まで行ける道ってことになる。

 乗り物か何かかな。


「そうねぇ。月への道はぁ、魔力の上納を司る魔導具のことよぉ」


 オレの呟きに、ロンロが解説してくれた。

 乗り物ではなさそうだが、魔力の上納……よく解らない言葉がでてきた。


「魔力の上納?」

「うむ。そうだ。フェッカトール様は、この地に雨が降らなくなったのは、近くにある月への道に異常が起こり、魔力の上納に狂いがあったことが原因だと考えられている」


 ロンロへ質問をするつもりでしたオレの呟きに、ヘイネルさんが頷く。

 ヘイネルさんの言い方では、月への道も、魔力の上納も、知っていて当然の知識のようだ。

 どちらもロンロが知っていたようだし、とりあえず話を合わせることにしよう。


「なるほど、それで月への道に、異常ですか……私に対処できるかどうか」


 いきなり調査と言われても、見たことはおろか、初めて聞く存在をなんとかできるとは思えない。


「可能であればで構わんよ。本来なら魔術師ギルドを頼るところだ」

「魔術師ギルドには頼らないので?」

「スプリキト魔法大学にある魔術書を確認しつつの作業になるはずだ。ギルドに頼れば数年かかる」


 うへぇ。

 そんな大がかりな仕事をオレ達に投げてきたのか。

 駄目元って感じなのはわかるが、さっぱり分からない物に対処するのは不安だ。

 出来ないと判断した場合でも、すぐに諦めると相手の心証が悪い。

 とはいっても、出来もしないことを延々と引きずるわけにもいかない。

 個人的な経験上、タイミングが大事なのだ。

 もっとも、対処が可能であれば、それが一番だ。


「少しは、お力になれれば……そう考えます」


 だが、現状では対処できるかどうかわからない。

 あまり期待させるような事を言うわけにもいかず、曖昧なコメントをして、その日の食事は終わった。


「雨が上がりましたね」


 翌日。

 不安を覚えつつ、ヘイネルさんの案内で森を進む。

 夜通し降り続けていた雨も、翌朝には止み、安心して月への道がある森を進む。

 ヘイネルさんには十数人の兵士が同行していた。オレとノア、それに同僚達が後に続く。

 獣人達3人はお留守番だ。

 森の中を海亀に乗っていけないため、オレは歩いて進む。

 ノアはロバに乗り、カガミとミズキはエルフ馬である茶釜に乗って進む。

 昼近くになったころ、森の先に、白い建造物が見えた。

 大きく真っ白な床があって、その中央には、真っ白い柱が一本立っていた。

 背丈の低い柱だ。周りの木々よりも低い。

 柱はやや白く輝いていて、そこから空へとチラチラと光が煙のように立ち上っていた。


「月への道……だけどぉ。壊れてるのかしらぁ。それに、あれ」


 白い建造物をみて、ロンロが月への道だと言った。

 そして、ロンロが指さす先、月への道には、2匹の魔物がねそべっていた。


「アレイアチだな」


 ヘイネルさんが忌ま忌ましげに言う。

 真っ赤な体に巨大な足。魔法が効かない鳥の魔物。

 前回は、魔導弓タイマーネタをぶっ放して一撃で倒した魔物だ。

 魔法が効かない敵への対策は同僚もやっていた。

 今回は同僚にまかせることにしよう。

 兵士もいるし、大丈夫なはずだ。


「展開! 展開!」


 同行していた兵士が小声で呟き、兵士達がオレ達の前に立った。


「月への道を傷つけるわけには行かない。アレイアチを月への道から引き離し、森の中で始末する」


 ヘイネルさんがそういって、ゆっくりと後ずさる。

 足だけで乗っていた馬を上手く操り、道から外れて森へと進む。

 とりあえずオレ達もヘイネルさんから離れないように、森を進んだ。

 しばらくヘイネルさんに習って森の中を進んでいると、カンカンと金属同士がぶつかる音が響いた。

 ここからは見えないが、月への道に残っていた数人の兵士が、音を鳴らしているようだ。

 音でアレイアチを挑発し、こちらへとけしかけるのだろう。

 目の前にいる兵士達が、戦闘準備を取っている様子をみて、そう判断した。


「魔法が効かないのでは?」


 魔道書を胸元から取り出し、戦闘準備に入ったヘイネルさんに質問する。


「問題ない。魔力を直接ぶつけなければいいだけだ」


 オレの質問に、ヘイネルさんは早口で答えた後、魔道書を手に詠唱を始めた。

 それとほぼ同時に、ガサガサと大きく周りの木々がゆれ、オレ達の前方にアレイアチが飛び込んでくる。

 そこに狙い澄ましたかのように、エルフ馬に乗ったミズキが飛び込んでいった。


「おぉっ!」


 兵士達の歓声があがる。

 ミズキは、アレイアチの足下に滑り込み、大きく立ち上がった茶釜の背から剣を振り抜いた。

 その剣は、アレイアチの大きな目を切り裂き、ほぼ同時に茶釜が振り回した手はアレイアチの片足をはじき飛ばす。

 すごいな。

 あっさりとアレイアチの一匹が倒された。

 あんなに強くなっているとは思わなかった。


「もう一匹!」


 倒れたアレイアチに飛びかかり、剣を深く突き刺しとどめを刺したミズキがオレ達の方を向いて大声をあげる。


「問題無い。すでに取り押さえた」


 その声をうけて、ヘイネルさんが大声で返す。

 ヘイネルさんが顔を向けた先には、アレイアチが横たわっていた。

 足をバタつかせていたアレイアチだったが、うまく起き上がることができないようだ。

 その側に立っていた木々がまるで生き物のように動き、アレイアチの体を押さえつけ、殴りつけているせいだろう。


「魔法……ですか?」


 生き物のように動く木々をみて、カガミがヘイネルさんに問いかける。


「偽トレントの魔法だ」


 ヘイネルさんはそう言って頷き、続けて大声をあげる。


「とどめを刺したまえ!」


 その大声をうけて、兵士達がアレイアチを取り囲みタコ殴りにして、とどめを刺した。


「終わりましたね」

「ふむ。思った以上に早く終わった。魔法だけではないとはな……」


 そう言ってヘイネルさんはミズキを見る。


「えぇ」

「それにしても、月への道に魔物が住み着くとは」


 独り言のようにヘイネルさんは言った後、再び月への道に向かって馬を進めだした。

 いよいよ、月への道の調査か。

 もっとも、見ればわかる。

 あの月への道は、魔物により破壊されていた。

 となれば、オレ達の仕事は、調査というより修復ということになる。

 修復。

 上手くできればいいな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る