第320話 いかりとしつぼう
「牛さんたちは大丈夫でちた」
とりあえずプレインとミズキが一通り調べ、屋敷が無事だと確認したあと、帰宅した。
家畜を見に行ったチッキーが、嬉しそうに戻ってきたのをみて、安心する。
屋敷を覆っていた氷は、嘘のように消えていた。
溶けた氷によって濡れている場所も無い。
見返してみると、屋敷はオレ達が出て行った当時のままだった。
残ってるのは、氷漬けになったロンロとガーゴイル。
その程度だ。
「本当に、さっきまで氷漬けだったとは思えないぞ」
「ええ、この壁も、濡れてるってこともないようですし、さすが魔法だと思います。思いません?」
同僚達も、屋敷の様子に驚いていた。
「帰った?」
安心していたら、キョロキョロと辺りを見回しながらモペアが近づいてきた。
「どこに行っていたんだ?」
「えっ、ずっといたよ。だけどさ、あいつ怖かったから隠れてたんだ」
「ミランダが?」
「そうそう。生きてるのに生きていないみたいな感じでさ」
ミランダは、前評判こそ怖かったが、態度はそうではなかった。
だが、モペアは怖いという。
オレ達がミランダに対し抱いた印象と、ドライアドであるモペアが感じた印象。
違いがあったようだ。
モペアは、冗談ではなく本当に怖がっていた。
「生きてるのに生きていない?」
「気配も、思いも、何も感じさせない人物だったのです。ミランダは」
モペアの言葉に、ヌネフもうなずきながら同調する。
そうなのか。
オレは、ミランダに対して、人が良さそうな印象を持った。
ノアに対しても、年上のお姉さんがからかうような態度だった。
最後の言葉も、ノアを心配しての言葉だった。
だが、気配も思いも感じさせないという言葉を聞いて、もしかしたら芝居だったのかと不安になった。
「だけどさ、あたり一帯が氷漬けになっててよかったんじゃないの?」
「どうしてなんスか?」
「だって、あれほどの呪い子だ。しばらくしたら、この辺り一帯は枯れ木ばかりになってたはずだよ」
「呪い子の呪いで?」
「そうそう」
強い呪い子は、その身にまとう呪いも強くなる……か。
ノアよりも強力な呪い子であれば、その呪いもやはりノアより強い。
つまり、草木は枯れて、家畜は死ぬ。
モペアの言葉に、ノアにもいずれ来る運命を感じ、悲しくなる。
それまでに、対策を考えないとな。
家畜に対しては、解決策はあった。
草木に対しても、何かあるはずだ。
「なら、ミランダがこの辺りを氷漬けにしていたのは……」
モペアの言葉に、サムソンが俯き呟く。
考えることはいろいろあるが、まずは、これからの生活。それも、快適な生活だ。
「この調子だと、部屋の汚れもそんなにないかもな」
「今日は屋敷でぐっすり眠れそうっスね」
そう言いながら屋敷へと戻る。
部屋の中も、出かけた当時のまま。
「今日はオレが作るよ」
「お茶を準備するでち」
オレが久しぶりに料理をして、チッキー達がお茶を入れる。
暖炉にサラマンダーが飛び込み、火がつく。
食事の準備が整う頃には、先程の緊張感はどこへやら、皆はいつもの調子になった。
皆、のんびりとした気分だ。
ただ1人を除いては。
「もう、来ちゃダメなの!」
「ノアノア、めっちゃ怒ってるよ」
ミズキが笑顔で、小さく呟く。
ノアは1人激怒していた。
こんな反応は初めて見る。
憤まんやるかたないと言った感じだ。
ドンドンと、足を立て、腕を組み、難しい顔をして怒っていた。
「もう、来ちゃダメなの!」
くり返し、そう言いながら怒っていた。
「リーダ様、どうしましょうか」
トッキーが不安げに、声をかけてくる。
「大丈夫だよ」
小さく笑みトッキーに答える。
「部屋は、綺麗だったよね」
「せっかくだから、明日にでもブラウニーさん達に掃除をお願いしようと思います」
一通り部屋の様子を見て回り、異常がないことは確認できた。
皆、自分の部屋を確認して痛んでいるものが無かったという報告だった。
「茶釜さんや、ウミガメさん達の厩舎を作らないといけないです」
「そうだな。材料は、そこら辺の木を切って調達するか」
「はい」
「天気も悪くない、2・3日は屋根なくてもなんとかなるだろう」
「特に急用はない、のんびりしよう。レーハフさん達にも、戻った報告したいしな」
「バルカンにも、落ち着いたら、お土産持って報告っスね」
これからの事について、皆で話し合う。
屋敷の掃除に、帰還の報告。
厩舎の増築。
やることは沢山あるが、急ぐこともない。
皆が、のんびり気分で団らんしていると、扉が小さく開いた。
「クゥーン」
子犬になったハロルドが、殊勝な態度で戻ってきた。
ミランダの言った通り、自力で氷をなんとかして戻ってきたようだ。
「まぁ、ハロルドも大変だったよな」
そんな労いの言葉をかけたが、それでは収まらなかった。
「もぅ、ハロルド。ミランダやっつけてくれるって言ったのに」
ノアの怒りが再燃していた。
怒られた子犬のハロルドは、オレの足下に隠れた。
これがただの子犬だったら可愛いらしいものだが、こいつの正体を知っているだけに微妙な気分になる。
そんなハロルドを見て、ノアは椅子から降りて、オレの近くへと歩いてくる。
それから、足下で俯いて、たまにチラチラとノアを見上げるハロルドを睨みつけた。
「もう。すぐやられちゃって!」
「もう来ちゃダメなの、やっつけないと絶対ダメなの」
「もうハロルドは、ダメなんだから」
「ハロルドがバチンとやっつけてくれないと」
ひたすら、色々と罵詈雑言を並べ立てていた。
獣人達3人はビクビクと不安げにオレ達を見るが、同僚達は小さく手を振ったり、微笑んで頷き、心配ないと態度で示す。
「ノアノア怒っててかわいい」
ミズキは小声でそう言った。
確かにだ。
思いつくままの罵詈雑言も、なんとなく言っていることが可愛いらしいものだ。
「ノアちゃん、食事中だから席を立っちゃダメよ」
カガミにそう指摘されて、席に戻る。
難しい顔をしてモグモグとスープを食べる。
たまに顔を上げて「もぅ」と、呟く。
そんなことの繰り返し。
結局、ノアはその日1日、不機嫌だった。
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