第262話 いりょくがあるのもかんがえもの

「一体何があったでござるか?」


 身体をしならせて立ち上がったティラノサウルスに剣を向けたまま、ハロルドがオレに近づき質問する。


「見てのとおり。サムソンの魔法が、あいつのひと噛みを破ったんだ」

「なんと」


 サムソンが纏った鎧は、彼の全魔力と引き換えに彼が庇ったサエンティごと彼を守った。とんでもない防御力だ。目の前で、口からボタボタと血を流すティラノサウルスを見てそう思う。そして同時に誇りに思った。オレの仲間は凄いのだと。


「だけどティラノサウルス……というか、この巨獣、思った以上に素早いな。逃げるのも辛いと思う」

「追いつかれるでござろうな。それに、堅い」


 ハロルドの一撃でも、うっすらと傷つく程度か。


「時間を稼いで、ついでに動きを止めてくれればコイツでなんとかする」


 ポンポンと、側に置いた魔導具を叩いてハロルドに時間稼ぎを依頼する。


「心得た。うむ。ミズキ殿も、すでに動き始めているでござるな」


 そんなオレの言葉に軽く頷きハロルドは空を見上げた。

 視線の先に、ティラノサウルスのやや上方を飛び回るミズキが見える。


「そこっ!」


 ミズキは、まるでからかうかのようにティラノサウルスの頭の周りを飛び回った後、その目に槍を突き立てた。


「ギャッギャ」


 叫び声のような声をあげて、ティラノサウルスは後ずさる。


「リーダ! 追加を!」


 彼女は持っていた槍を、ヤツの目に突き刺したまま手放したようだ。

 オレの側にして声をあげる。

 すぐに影から追加の槍を箱ごと取り出す。


「時間稼ぎを!」

「分かってる」


 ミズキはオレの言葉に軽く頷き答えると、槍を手に再びティラノサウルスへと飛んでいった。

 ヤツは残った片目でミズキを見た後、プイと背を向ける。

 そして、オレの方を向いてゆっくりと体を曲げようとしていた。

 すぐに距離を取ろうと後ずさる。

 後ずさったオレに、向かってこようと一歩踏み出したティラノサウルスだったが、次の瞬間、再び大きく体をのけぞらせた。


「お前の相手は拙者でござるよ」


 ハロルドが剣でティラノサウルスの顔面を横から殴りつけたのだ。


『ビギギ』


 追加の一撃とばかりに再度振り抜いた剣が、ティラノサウルスに当たった瞬間、異音をたててへし折れる。


「なんと! しくじったでござる!」


 ハロルドが嘆きにも似た叫び声をあげる。

 でも、その一撃のおかげで時間ができた。

 魔導弓タイマーネタを起動させる。


「リーダ! 駄目!」


 だが、オレが魔導具を使おうとした時、背後からノアの叫び声が聞こえた。

 後を振り向くとノアが、海亀の背から身を乗り出すような体勢で大声をあげ、説明を続ける。


「あっちに、皆のテントが!」


 え?

 よく見ると、オレから見てティラノサウルスの先に、うっすらと煙が見えた。

 遊牧民が巨獣避けに使っているお香のあげる煙だ。

 フルパワーで使う気はなかったが、威力の予想ができない。


「危なかった。ありがとうノア!」


 撃つは避けるべきだろう。

 まったく威力があるのも考え物だ。

 他の古代兵器……。

 魔壁フエンバレアテ……あれは、まだ魔力不足だ。どんだけ魔力補給に時間が必要になるのか見当もつかない。いつになったら使えるのやら。

 今すぐ使えるやつというので、適当に取り出す。

 雷槍オクサイル、一見すると大砲。筒の先から、鳥の足に似た3本指のかぎ爪が見える。これは、このかぎ爪を発射して攻撃する古代兵器だ。かぎ爪には鎖がついている。発射されたかぎ爪は相手を捕らえ、電撃を放つ。元々は、備え付けられた飛行島と相手を鎖でつなぎ止めつつ攻撃する用途で使われていたのだろう。

 今の状態で使えば、砲身ごとティラノサウルスに引きずり回されそうだが、電撃の破壊力に期待して使うことにする。

 幸い、魔導弓タイマーネタと同じ触媒が使える。


「こいつを使う。狙いをつけるサポートを頼む!」

「了解!」

「心得た」


 巨大な見た目とは違って、案外軽い力で動かせるようだ。

 カガミが魔法の壁でうまく動きを阻害してくれる。

 ミズキが上空から。プレインが足元を狙って攻撃を続ける。

 剣が壊れてしまったハロルドは、オレがプレイン用に出した武器から適当なものを選んで使っているようだ。

 そんな皆のおかげで、すぐに狙いを定めることができた。


「ラルトリッシに囁き……」


 雷槍オクサイルを起動させる。操作は殆ど魔導弓タイマーネタとほぼ同じ。

 手をスライドさせて発射する。


『ジャララララララ』


 鎖のすれる音をともなって、かぎ爪が発射される。


「ギャ……ン」


 黄色い淡い光を纏ったかぎ爪は、緩く弧を描き飛び進み、ティラノサウルスの下顎に食らいつく。


「戒めを! 罰を!」


 決められた言葉を叫ぶ。

 次の瞬間、巨大な電撃がティラノサウルスの体中を駆け巡った。

 ブルルっと痙攣したあと、何度も足をバタつかせ、ティラノサウルスの身体がよろめく。


「ガガガァッ……ギャァァオォォオォ!」


 だが、倒れない。大きな叫び声をあげて、頭を振り回し暴れ狂う。


「倒せなかったか!」


 電撃による一撃はそれなりにダメージを与えているようだが、まだ足りないらしい。

 ヤツの動きを見る限り、獲物を追いかけるといった様子もなく、ただひたすら暴れ狂っているようだ。あれなら、逃げることも可能だろう。

 決定打が見当たらない以上、撤退も考えた方がいいかもしれない。

 距離をとって、安全な方角から魔導弓タイマーネタによる追撃を加える手もある。


「動きを止める! プレイン! 右足狙って!」

「了解っス」


 ミズキは、足を狙って動きを止めるつもりのようだ。

 プレインと示し合わせ、両足首のアキレス腱のあたりを狙う。


「ダメか」


 悔しそうな声をミズキがあげる。

 プレインの方は追撃により少しだけ傷つけることができたが、ミズキは失敗したようだ。やはり堅い。決定打に欠ける。


「姫様ぁ! 星を!」


 2人の攻撃が終わるタイミングでハロルドがノアに声をかける。

 星?

 そして、そのままティラノサウルスが振り回している鎖を掴み引っ張りあげる。

 あの巨体と力比べするつもりか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る