第260話 ちゃがま
そのエルフ馬は、ちゃがまと呼ばれていた。茶釜だ。遊牧民は、ミルクを使ったお茶をよく飲むが、あれは茶釜という茶色い壺で大量につくっているそうだ。そして、その茶釜の名前を、例のエルフ馬は冠していた。
いまだに冬眠に入らない珍しいエルフ馬らしい。
善は急げということで、さっそくラッレノーの案内で茶釜をよく見かける場所へと出かける。
「すみません」
併走するラッレノーを見ると、エルフ馬のことで無理を言っているのではないかと不安になった。思わず謝罪の言葉がでる。
「いえ、こちらこそ。お客人である皆様に対して危険なエルフ馬を紹介するなどと……」
「いえいえ、おそらく、きっと、問い詰めたのでしょう」
ラッレノーとオレで謝り合う。
「でも、エルフ馬ってなんでエルフ馬っていうんですかね。エルフとは似ても似つかないのに」
何時までも謝り合うってのは、どうかと思うので話題を変えることにした。
「長い耳と長寿なところから、そう呼ばれるようになったと聞いたことがあります」
「へぇ。確かに耳が長いってのは言われてみればそうですね」
「本当は、お譲りできたらいいのですが、生活に欠かせないものですので」
「いえいえ、おかまいなく。ところで、どうやって野生のエルフ馬を手懐けるんですか?」
ミズキもカガミも、大丈夫だと太鼓判を押していたが、具体的な方法を聞いていない。
なんとなく、美味しい餌かなにかだろうなとは思う。次点で、魔導具かな。
「そうですね。よく洗った世界樹の葉を根気よく与えて手懐ける方法と、あと……力で屈服させる方法……がありまして」
「へぇ」
なるほど、餌か。
でも、カガミもミズキもそれっぽい餌を持っていないな。
いや、まさか、力尽く……じゃないよな。
「餌は半年くらいずっとやり続けるのですが……」
「ごめんなさい」
反射的に、全力で謝る。心配させるようなことになってしまい申し訳ありませんと。
全て分かってしまった。力尽くだ。
あの2人は力尽くで、なんとかするつもりだ。
なんてことだ。
エルフ馬の外見に惑わされて正常な判断ができなくなっている。
止めなくては。
「おい! ミズキにカガミ、正気に戻るんだ!」
ダダダっと小屋の中に駆け込み、打ち合わせをしていた二人に声をかける。
「どうしたの?」
「どうしたの……じゃないだろ。ほら、可愛い動物を力で屈服させても、かわいそうなだけだろ?」
「なんのこと?」
「力尽くで、エルフ馬を手懐けるっていうんだろ? 殴ったりしちゃ駄目だよ。そっとしておこう」
ロールプレイングゲームなんかでよくあるやつだ。死ぬギリギリまでダメージを与えて、それから説得。そんなのは駄目だと訴える。
そんなオレの言葉に、カガミとミズキが顔を見合わせて少し笑う。
ノアはきょとんとした顔をして、プレインとサムソンは表情がない。
なんだろ……間違えた?
「殴ったりするわけないじゃん」
「あのね。リーダ大丈夫なの」
ミズキとノアが即座に否定する。
だが、サムソンが目線でもっと言えといっている。つまり暴力じゃないけど、面倒ごとだ。
「リーダ。別に殴るわけじゃないです。サエントゥちゃんに教えてもらったのは、抱きつく方法なんです」
「だきつく?」
「えぇ。なんでも、3~4日ずっと抱きついているとエルフ馬って、なついてくれるんですって。これだって思いました。思いません?」
え? 4日? 抱きつく?
珍獣抱きつき4日間耐久レースだと?
「いや、無理だろ? カガミがやるのか?」
「途中で人が変わっても大丈夫らしいです。だから、交代で」
「それでさ、ほら。ローテーション表作ってたわけ」
ミズキがテーブルに置いてある紙を指さす。
そこには、オレと同僚4人の名前が記されていた。
「オレも?」
「当たり前じゃん」
「おいら達も頑張ります!」
「わたしもね、頑張る!」
驚くオレに、ピッキーとノアが参加すると言う。
「ノアノアに、ピッキーは応援おねがい。リーダがいるから大丈夫」
「うん。リーダはすごいの」
ピッキー達や、ノアを巻き込むわけにはいかないが……。困った。ノアも、ミズキ達の味方か。
信頼を伴ったノアの視線が辛い。これは逃げ切れない。
ローテーション表を見直す。一人あたり2時間程度抱きつき交代……2時間?
「2時間もだきつくの?」
「えぇ。大丈夫ですよ。もふもふしてますし。それにホラ、騎乗服に着替えてますよ」
カガミがズボンを少し摘まんで笑う。
そういう問題ではない。
「ミズキ姉さん、茶釜っていうエルフ馬、凶暴なんスよね?」
「うん」
「その凶暴なヤツに抱きつくんスか?」
「他に方法ないしね」
「諦めるって方法もあるぞ」
「もぅ。リーダは相変わらずなんだから。冗談は顔だけにしてよね」
「なんだと」
「でも、私達二人じゃ駄目ですし、頼れるのはリーダ達だけなんです。それに魔法があるから大丈夫だと思います。思いません?」
魔法……そうか、魔法があるんだった。
そうだよな。単純に一人2時間も抱きつくわけ無いか。
「簡単抱きつき魔法とか作ってるのか」
「え?」
ハテナって感じのカガミのリアクション。
「違うの?」
「身体強化で乗り切ろうと思ってたんですが……そうですね。そういうのもいいと思います」
身体強化か。力業。確かにつかまるのは楽になるだろうが、2時間はつらい。
オレにはカガミやミズキの熱意は理解できない。
だが、オレがやらなきゃピッキー達が、また立候補しそうだ。さすがに危険だろう。
「とりあえず、近くまでよってみて、実物みてなんとかなりそうだったらってことでいいだろ?」
渋々といった調子でサムソンがとりあえずの案をだす。
「そうっスね。無理だったら撤退ってことで」
そんな話で、エルフ馬を手に入れるための行動を始める。
夜は楽々つかまり魔法の研究。昼は、エルフ馬の捜索。
「おっかしいー」
「おかしい。おかしい」
ラッレノーの娘2人と一緒に探す。
ところが、いざ探してみるとなかなか茶釜は見つからない。
2人の女の子とノアが、やや仲良しになったので悪くはないが、エルフ馬探しは面倒くさい。
「生息範囲が広いですからね。見つからない時は本当に見つからないんですよ」
様子を見に来たラッレノーが、慰めるようにそういった。
「そうそう、こんな大きい大平原でエルフ馬を1匹見つけるなんて大変だぞ」
「大変だぞ。1日や2日で諦めちゃダメだぞ」
この子達の言う通りなのだろう。広大な大平原で走り回るエルフ馬を見つけるというのは大仕事だ。
「空から見たら……って思ったけど、駄目っぽい」
空から探していたミズキも、お手上げといった様子で着地する。
2人の女の子が、楽しげに案内し、たまに様子を見に来るラッレノーに慰められる。
2日3日と、茶釜といわれるエルフ馬に遭遇できない日々が過ぎる。
そんな間もダラダラとテントで過ごすことが多い。カガミは熱心に抱きつき魔法を作っている。抱きつくと言うより魔法の鞍を作る魔法らしい。
正直2時間も抱きつきたくないので、オレとサムソンも手伝う。
大平原の生活は悪くない。
肉だらけの食事がいいのだ。
毎日毎日違うメニューが出ているので、飽きずに過ごせる。
昨日はハンバーグだった。それも特大サイズ。
ミンチにした巨獣の肉を焼いて食べる。
「これを食べるんですか?」
「もちろん」
巨大なハンバーグが出てきたときは、食い切れるかと心配になったが、楽勝だった。ハンバーグを切った時に出る肉汁に思わず「おー」と歓声がでた。しかも、あれほど肉汁があるにもかかわらず、しつこくない。口に一切れ入れると肉汁が溢れる。まるでスープのように大量の肉汁だ。少し冷めた様子のハンバーグが残念だと思っていたが、これはやや冷めていて当然だ。熱々だと確実に口の中を火傷してしまう。そんなハンバーグは、塩だけの味付けのはずなのに、ほのかにコンソメに似た風味があって美味しかった。
「元は燻製肉ですからね。狩ってすぐ焼いた肉とは味が違うのですが、気に入っていただいて料理する者も喜んでいますよ」
「早く大王様の許可が出るといいっスね」
「うん、これは、もう、ぜひとも焼き肉が食べたいな」
これより凄い焼き肉に、期待が膨らむ。
ついでにノアの誕生日プレゼントも、彼らが色々と手伝ってくれることになった。
特に大きなのが、魔法陣の提供方法だ。
オレ達が用意した魔法陣を、遊牧民たちが刺繍してくれることになった。加えてテントをまるまる一つ使って、誕生日会場を作ることにもなった。ラッレノーの家族以外の遊牧民達も手伝ってくれて、かなり大掛かりなものになる。
出席人数だけで、おそらく50人は超えそうだ。
皆、やたらと乗り気。町に行って、飾りや食べ物を買ってきたりと、色々と動いてくれる。
こんなに大がかりな催しになるとは思わなかったが、ノアの誕生日を沢山の人が祝ってくれるという状況が嬉しい。
そして、日々は過ぎて、5日目。
ついに凶暴だといわれるエルフ馬。通称、茶釜を見つけた。
遙か遠くに、小さく見える。
オレにはわからなかったが、身体強化の魔法により視力も強化されているミズキと、望遠鏡を持っている獣人達3人には判断できるようだ。
立ち上がり、目の前にいる敵を威嚇しているらしい。
茶釜が威嚇している敵、それならオレにも見える。
知っている巨獣。有名なヤツだ。
「大口だ! お父さんに、教えなきゃ」
「逃げて、教えなきゃ」
2人の女の子が、大口と呼ぶ巨獣。
それは映画などで見るティラノサウルス、そのものだった。
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