第237話 ほしふり

「あれはもしや……」


 カスピタータが顔を上げて大きく目を見開きこちらを見ている。

 見ているのはオレではない。オレの背後にあった何かを見ていた。

 振り返ってみるが、何もない。

 だが、背後で爆発音はした。

 そろそろと、飛行島の端に近づき、下を眺める。


「凄いな」


 巨大なクレーターが三つほどあった。あの大きな飛行島の3分の1がえぐれている。ミノタウロスの姿はない。全滅したのだろうか。

「あれは星降りだ……どういうことだ……」

 やっと声を出せたといった調子で、カスピタータがトボトボと言葉を発する。


「星降り?」

「対……軍隊用魔法。対軍魔法だ。ヨラン王国の宮廷魔術師団が使っていたのを1度見たことがある」


 対軍魔法。星降り。その名前の響きから一つの可能性にいきつく。

 上からミノタウルスを狙い撃ちしたのだ。こんなことができるのは、1人しかいない。ノアがやったのだ。

 そう思うと気が楽になる。ノアの援護があって敵は減った。懸念材料だったミノタウロスは消えた。これで魔道具ノイタイエルを何とかするのに十分な余裕ができる。


「カスピタータさん。オレは行く」


 そう言って、飛翔魔法に、鎧を作る魔法を詠唱する。

 横殴りの風が強く、取り出した手帳の取り回しがもどかしい。

 その間にカスピタータは、よろよろと小屋から飛び出し、オレの側にしゃがみこみ下を見る。


「2人は……」


 カスピタータが力ない声で呟いたと同時、飛行島がすごいスピードで急降下した。

 間一髪で飛び上がり、転がり込むようにノイタイエルの側へと降りる。


『ドォオン』


 爆発音のような飛行島が墜落した音があたりに響く。

 降りる直前に見た表情が抜け落ちたカスピタータの顔から、茫然自失し集中を途切れさせたことがわかる。

 結果的に、コントロールを失った飛行島は、上昇しつづける巨大飛行島にぶつかることになった。オレ達の飛行島と違い、他の飛行島はある程度の継続した集中が常に必要なようだ。

 チラリと下を見て、カスピタータが無事なのを確認し、ノイタイエルを見やる。

 半透明な緑色をした円柱がふわふわと空中に浮いている。強い輝きが眩しい。

 透き通った緑の輝きを放つノイタイエルは、綺麗で思わず見とれる。

 だが、いつまでも見とれているわけにもいかない。

 看破の結果は魔導具ノイタイエル。大型だが、他の飛行島にもあった魔導具ノイタイエルと表示上の違いはないようだ。

 取りあえず近場にある石を拾い上げ、投げる。ゴンと鈍い音がして、石ははね返る。とりあえず触っても爆発するとか、そういうことはなさそうだ。

 だが、ふわふわと浮いているにもかかわらずノイタイエルは石をぶつけられても空中に浮いたままだ。次に思いっきりタックルしてみることにした。

 弾力があるかのように、押し返される。だが、ノイタイエルは元々あった位置からずれた。

 もっとも、ゆっくりと最初の位置にはもどったのだが、手応えを感じる。

 もう少し強い力を加えれば、きっと外れてくれそうだ。


「お前達は……」


 オレがノイタイエル相手に格闘している時に背後から声が聞こえた。

 後ろを振り向くと、ツインテールが1人立っている。


「もう1人は?」

「下に……ミノタウロスだけを狙い撃ちするなんて、忌ま忌ましい」


 星降りによって作られたクレーターの方を彼女は見ていた。

 その視線の先には、接近戦での戦いを繰り広げるカスピタータと、そしてもう1人のツインテールの姿が見える。

 ミノタウロスの姿は見えない。


「ミノタウルスは打ち止めか?」


 オレの問いには答えず、ツインテールの1人は右手にもつ杖をこちらへ突きつける。

 正直なところ、ツインテール2人はカスピタータが抑えてくれることを期待していた。

 今までの戦いぶりを見る限り、オレには勝ち目がない。

 だが、逃げるなんて気はさらさらない。

 この場を切り抜けノイタイエルをどうにかしないと、皆の命にかかわるのだ。

 さて、どうしようと思った時に、目の前のツインテールが突如大きく後へ飛んだ。

 見ると先ほどまで彼女がいた場所に、白い短剣が突き刺さっている。


「カスピタータ!」


 彼女が忌ま忌ましげに言った一言で、カスピタータが投げたことがわかった。

 ツインテールのもう1人を相手しながら、こちらにも意識を向けてくれていたようだ。


「フラケーテア! お前達2人の相手は私だ!」


 カスピタータの声が響く。

 ツインテール2人よりもカスピタータは強い。

 1対1なら案外早く決着がつくかもしれない。

 そうであれば、ここで足止めしつつ、ノイタイエルをどうにかする方法を考えるべきだろう。

 とりあえず、自分の影から移動式のバリスタを取り出し、目の前のツインテールに向ける。

 トッキーに手伝ってもらって、すでに矢がつがえられた状態で固定してある。

 木の杭を外せば、発射される。そんな仕組みだ。


「どうするつもりですか?」

「さあ? どうするつもりだろう?」


 目的は、カスピタータがもう1人のツインテールを倒すまでの時間稼ぎだ。もし、目の前のツインテールが、カスピタータの方へ行けば、これでノイタイエルを打ち抜くことができる。牽制と、ノイタイエル排除の布石。一石二鳥の考えだ。


「当たりませんよ?」


 バリスタを見やり、ツインテールがあきれたように言う。


「そうかな? ところでさ? この飛行島はあの方のプレゼントにするんだよな?」

「えぇ。こんなになってしまっても、まだ地上では見ることのできないものですもの」

「だが、こんなボロボロのお城をもらって、あの方っていうのは嬉しいんだろうかな? ちなみにどんな人なんだ?」


 時間稼ぎの話題になるネタが、彼女達の言うあの方しか思い浮かばない。

 それに気になることもある。


「フラケーテア! 早く、そいつを殺して!」


 もう1人のツインテールが、早口でまくし立てるように声をあげる。

 あの調子だと、あと少しでカスピタータが勝ちそうだ。


「だ……そうだよ」

「そうね、早くお前を殺して、姉さんの元にいかないといけない」


 意識して軽い調子で、そして作り笑顔で言ったオレの言葉に、苛ついた調子のツインテールが応える。

 やはり、彼女から見てもカスピタータがかなり優勢なのだろう。

 作り笑顔が、本当の微笑みに変わる。


「ところでさ、殺す殺すと言っているが、逆にオレから反撃を受ける可能性は考えないのか?」

「何?」

「このバリスタで全てだと思っているのか?」


 全てだけど。何かあると思わせて、動揺させたい。

 今一番不味いのが、彼女が冷静にオレを潰しにかかることだ。

 ついでに、2人の話を聞いていて気になったことがある。確認のためにも話を続けたい。

 だから、その辺りをつついてみることにした。

 無言の彼女に言葉を続ける。


「オレと、カスピタータ……さん。たったの2人で、この飛行島に乗り込んだ。わざわざ世界樹で一度降りてな。その意味がわからないのか?」

「何がいいたいの?」


 実際は転げ落ちたわけだが、思わせぶりの言葉と、いっぱいいっぱいの笑顔で続ける。


「勝算があるからだよ」

「どうせ振り落とされたのでしょう? あの世界樹に突っ込んだ時に」

「なるほど、そういう考えもあるのか」


 にべもない調子で、真実をつかれる。

 普通に考えたらそうだよねと心の中で呟く。


「最初に会った時、私達を無力化すればよかったではないですか?」

「カスピタータさんに任せていたんだよ。真実を聞きたいっていうからさ。だが、今更そんなことを言うわけにもいかない。このまま放置していたら、上を飛ぶ仲間が危ない。だから、今回は本気でいかせてもらう」


 目の前にいるツインテールは無言でオレを睨み付ける。対処を考えあぐねているのだろう。右手に持った杖はオレに突きつけられ、左手の拳は固く握りしめられいる。

 しばらく沈黙が続いた。


「それでも、私は、あの方のために」


 出た。あの方。

 オレは2人とあの方との関係について、気になっていることを聞いてみる。


「そうだな、あの方のために一生を捧げるってことだろう。オレはそれにとやかく言うつもりはないよ。何かのために一生懸命になるってのはいいことだ。それに、貴方がもし、仮に死んでしまえば、きっともう1人の彼女があの方と一緒に幸せに過ごすんだろう?」


 ツインテールの顔がハッとした表情に変わる。

 その表情に俺の思惑が当たっている可能性を感じ、更に畳み掛ける。


「いいじゃないか、愛してるんだろう? 愛する人の幸せのために、自分が犠牲になる。そしてもう1人が幸せな人生を送る、自己犠牲の精神じゃないか。きっと2人は手を取りあって、貴方に感謝するんじゃないかな」

「そんな……そんなのってないわ」


 思った以上に動揺している。

 こいつらは二股をかけられている状態なんだ。自分がいなくなったらもう1人が幸せになる。

 そんな状況で冷静にいられるかどうかっていうのが気になっていた。

 実際、元の世界で二股かけて刺されたヤツだっているわけだしな。いや、この場合はお互いが好きなことを知っているから……どうでもいいか。よくよく考えたら、ただの片思いだとかいろいろなケースがある。

 まぁ、結果オーライだ。

 それにしても、オレがやっていることも非道だな。背に腹はかえられないけど。


「フラケーテア! 早く!」


 再度、カスピタータと戦っているツインテールの声が響く。


「いや、いや、いや。私は、あの方を姉さんだけに……姉さんだけに独り占めさせたくない!」


 目の前のツインテールは、オレに杖をつきつけたまま、もう一方の手で頭を抑え首を振る。

 そんな彼女の左手から何かが落ちた。

 そしてそれとほぼ同時に、巨大飛行島が大きく揺れた。

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