第236話 にげるものおいかけるもの

 辺りが真っ暗になる。

 バサバサと辺り一面から音がして、口に何かが突っ込まれる。

 口に広がる青臭い香りと苦み。

 それから、大きく身体がゆれ、冷たい地面に投げ出された。

 よろよろと起き上がり、口の中にあるものを吐き出す。

 小さな木片や、葉っぱの切れ端。

 なんとか余裕ができて、辺りを見回すことができた。

 地面だと思っていた物は延々と続く木製の道。ここは世界樹にあるハイエルフの里だ。

 そんなオレの視線の先に、カスピタータが中腰で膝に両手ついた格好をして立っていた。


「世界樹に突っ込んだ。世界樹の枝にぶつかり落下しかけていた……受け止めた」

「そこをあたしがまとめて拾ったわけさ」


 ぜえぜえと荒げた息を整えながらカスピタータが言葉を絞り出すように言い、それにモペアが説明を加える。

 キョロキョロと辺りを見回すと、ジグザグに逃げるオレ達の飛行島と、それを追いかける巨大飛行島が見える。

 置いていかれた?

 不味い。

 あのままではじり貧だ。なんとかしないと。

 焦るオレの視線の先に、小さな飛行島が映った。

 あれだ!

 あの飛行島に乗り、追いかけることにしよう。

 すぐさま行動を開始する。


「何処に行くんだ?」


 カスピタータの声が聞こえる。


「飛行島に乗って、追いかける」

「今回の一件は我々ハイエルフの責任だ。こちらでけりをつける」


 短く答えたオレを追いかけながらカスピタータが言う。


「知るか。オレの仲間が乗っているんだ!」


 吐き捨てるように言って走り続ける。問答する時間も惜しい。

 ほどなく最も近い飛行島へとたどりつく。

 小さな小さな飛行島だ。

 灰色のゴツゴツした岩の上部は平らで、その上に茶色い土が盛られている。さらにその中央には、小屋が建っている。

 大人3人がなんとか入れる程度の小さい小屋。

 そんな小さな小屋へと乗り込む。


「私も同行する。貴方の指示に従う。だから……連れて行ってくれ」


 そこにはカスピタータが立っていた。先回りされていたようだ。気がつかなかった。

 だが、カスピタータが協力してくれるのであれば、その方がいい。

 ぶっつけ本番のオレより飛行島を動かすのは上手いはずだ。


「わかった。ラスボスを追いかける」

「ラスボス?」

「あの巨大飛行島だ」

「了解した。私に任せてくれ。飛行島の操作には慣れている」


 足下を凝視してカスピタータが飛行島を動かす。

 扉を開け放ち、小屋の入り口に立ち、外の様子を見る。

 カスピタータはずっと足下を見ているのに、的確に動かすことができるようだ。


『ゴォン』


 大きく飛行島全体が響き震えた。

 一瞬だけ、凄い加速を感じて身体がよろめく。

 開け放たれた窓から外を見ると凄いスピードが出ていた。

 ぐんぐんと巨大飛行島に近づいているのがわかる。


「あと少し……」

「私は愚かだったのか……裏切りにも気がつかず。それでも、今でも、2人を……」


 巨大飛行島から目を離さず呟くオレの背後からカスピタータの声が聞こえた。


「カスピタータ……さん?」

「いや、忘れてくれ。2人の始末は私がつける。ところで目的の飛行島に追いついたらどうするんだ?」

「乗り込む」

「それから?」

「あの飛行島には、魔導具ノイタイエル……光り輝く石が見えた。アレをどうにかする。そうすれば飛行島は止まる。そのはずだ」


 推測にしか過ぎないが、勝算はある。

 巻物で動きを止めた後、再度動き出した飛行島。

 その時から、あの城にあったノイタイエルは光り輝き、バックドアの制御ができなくなった。

 加えて、双子の言葉。


 ――その巻物をお渡しなさい。

 ――愛するあの方が言われたとおり、その巻物は全てを統べるのですね。

 ――その巻物を止め、全てを委ね、お渡しなさい。

 

 巻物を止めろと言った。つまり、あの巻物が起動したままだと不味いのだ。

 2つのエンジンがあり、そのうち1つが、あの光り輝くノイタイエルだとすれば辻褄があう。


「わかった。貴方達の飛行島と、巨大飛行島、両方とも垂直に上昇し続けているようだ。一気に近づく」

「まかせる」


 カスピタータの言葉を聞いて、外を見る。

 遙か上に、2つの飛行島が見える。真上に逃げるオレ達の飛行島を巨大飛行島が追いかけるような構図だ。

 オレの乗っている飛行島は速度を上げ、ぐんぐんと巨大飛行島へと近づく。


「一旦追い越す! 真上から乗り込む!」


 小屋の奥からカスピタータの大声が聞こえた。

 その言葉どおりに、一気に巨大飛行島を追い抜く。

 真上からみると円形をした飛行島だ。オレから見て上端に城がある。そこから伸びる二本の腕のように、円形の飛行島の縁に沿って城壁が伸びている。それは円周3分の2程度のところで終わっていた。城壁の両端は物見用の塔があり、そこに至る城壁も、城壁とは言っても分厚く、通路のように往き来できるような形だ。

 壁で取り囲まれた中央付近にはうろつくミノタウロスが見えた。

 あのミノタウロス共と戦う気はない。

 やつらと遭遇しないルートで一気に城へと乗り込む。幸いノイタイエルは周りの壁が破壊されているため、上空から丸見えだ。

 一気に空からノイタイエルに近づけば、ミノタウロスと遭遇することなくノイタイエルだけを始末できるだろう。

 サクッとノイタイエルをなんとかして、サクッとこの飛行島へと戻る。

 ミノタウロスの事を考えると、運の要素が大きい。

 だが、迷っている暇はない。ここで動けなければ、オレ達は全滅だ。


「カスピタータさん! 地面から10メートルくらいの所で止まってくれ! ミノタウロスは無視して城へ乗り込みたい!」

「10メートル? 何のことだ?」


 しまった。長さの単位が違うんだった。

 確かトッキー達が、ペソだか何だか言っていた。

 時間も、距離も、単位が違う。

 異世界に対する理解が、まだまだ不足していることを実感する。


「オレ達の背丈、5つ分くらいの高さ!」


 だから、別の表現で高さを伝える。


「大体……6……いや7ペスソス……わかった」


 そうそう。ペスソスだ。そんな呼び方だった。

 すぐにガクンと衝撃があり、乗っていた飛行島が止まる。正確には飛行島の上昇に合わせ上昇しているのだ。


「もう少し、城へと寄せる。ちょうど良いところで降りてくれ。私も後を追う」


 外をみるオレの背後からカスピタータの声が聞こえる。


「ありがとう!」


 振り向き、礼をいった瞬間のことだ。

 背後からヒィンという甲高い音が何度か聞こえ、立て続けに爆発音がした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る